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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第八章、天高く、空の向こう
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第弐戦、準備万端(2)

 レックスは、さしだされた書類を受け取り、それを広げてみた。ユードスは、


「帝国内にある、味方の勢力図だ。表向きは、帝国に(したが)ってはいるが、そこにいる者達はすでに我々の手の内にある。」


「この黒い丸でかこんである場所か。ひょっとして、お(つと)め場と呼ばれる工場や農園か? 数は多くは無いが、バテントス帝国中に()らばってるな。まるで虫食い穴だ。呪術でも使って、たらしこんだのか?」


「人聞きの悪い。必要以上には使ってはいない。この帝国は実力主義だ。より、実力がある者が、つねに上位にたつ。それゆえ、入れ()わりが(はげ)しい。蹴落(けお)とされた者達で不満(ふまん)を持つ者が多い。お勤め場は、最初の出世地でもあると同時に、左遷(させん)場所でもある。」


 レックスは、手に取った勢力図をじっとながめていた。


「つまり、お前がたらしこんだ場所は、そういう者達が多かった、という事か。」


「そういう事にもなる。一度、左遷されたら、二度と返り()きはできないからな。敗者を切り落とすがゆえに、この帝国は強固に見えても意外(いがい)ともろいのだ。」


 レックスは、勢力図を丸めた。


「サンキュ。これ、もらってっていいんだろ。さっそく、みんなで相談するよ。あ、そうそう。マルーに子供が産まれたんだよ。クリスティアって名前の女の子だ。さりげなく、クリスに教えてやってくれ。きっと喜ぶ。何かあったら、また来る。」


 ユードスが、待てと言う。


「セレシアに会わないのか。お前は、ここへは数度きている。なのに、一度も会おうとはしない。」


「会う必要はない。どうせ、おれの姿は、クリスには見えないしな。きちんとしたかたちで、再会できるのを楽しみにしているんだ。だから、結婚しろと言っている。再会したとたん、よりがもどったらどうする?」


 レックスは、ピアスを使い勢力図をマーレルへと送る。ポンと投げた勢力図が空間に吸い込まれるよう消え、それと同時にレックスも消えた。


 ユードスは、クリスとシグルドが眠っている寝室へと足を向けた。クリスは、眠っていなかった。眠っているシグルドを抱きしめ、ずっと起きていた。


「寝てなかったのか、セレシア。」


 クリスは、ベッドから身を起こした。


「眠れない。あの人がきてるような気がした。」


「会いたいのか?」


 クリスは、自分の指にはめられている指輪を見つめた。レックスから、はめてもらった指輪だ。


「分からない。イリアで愛し合った時が、遠い過去のよう。たった四年かそこらなのに、夢、(まぼろし)のように感じられる。今となっては、シグルドもあの人の子なのかどうかすら、よく分からなくなっている。」


 クリスは、指から指輪をぬいた。それを、ユードスにわたす。


処分(しょぶん)してくれ、ユードス。」


 ユードスは、指輪をクリスの指にはめなおした。クリスは、どうしてと言う。ユードスは、


「やつに会ってから決めろ。少しでも未練(みれん)が残っているなら、指輪を捨てたことを後悔(こうかい)する。」


「シグルドの父は、お前だ、ユードス。お前しかいない。あの方との愛は、かりそめの愛でしかなかったことは、すでに理解している。あの方が、真に愛しているのは、シエラ陛下だ。二十年近くにわたり、苦楽(くらく)をともにした(きさき)だけだ。側室すら持たないのが、何よりの証拠だ。」


「なら、なぜ起きていた。やつが来ていたからだろう?」


 クリスは、ギクリとする。


「まさか、本当に来ていたのか? このような夜更(よふ)けに、紅竜でか?」


 ユードスは、違うと言った。


「体は、マーレルに置いてきている。ライアス公と同じだ。だがもう、すでに帰った。お前には、きちんとしたかたちで再会したいとな。だから、指輪を捨ててはいけない。やつはもうじき、お前の前に姿を現すはずだ。」


「始まるのか? やっと。」


「ああ、やっと始まる。待ちに待った時間がな。」


「私も、つれていってくれるだろう。シグルドを育てなければならないとは言え、待つだけの日々はつかれた。何ができるかわからぬが、できることならなんでもする。」


「エイシアと東側連合軍の力をかり、首都リスデンを奪還(だっかん)したのち、すみやかに新皇帝シグルドの即位を行う。紋章は、山羊ではなく黒獅子(くろじし)だ。」


 クリスは、むじゃきに眠り続けている幼い息子を見つめた。漆黒(しっこく)の髪を静かになでる。そして、笑う。


「黒獅子、新帝国を(きず)くつもりか。それも一興(いっきょう)だ。イリアのためを思えばこそ、故国を背にしたのだが、私の心は、すでにイリアにはない。私と息子が生きるべき国を救いたい。私は、バテントスという国すべてを憎んだが、憎むべきはその(おろ)かな体制であり、その国で()らす国民(くにたみ)ではなかった。


 だが、その前にききたい。お前が、皇帝の血を引きながら、なぜ皇帝になろうとしないのか、なぜ、異国の王の血を引く、この子を皇帝にしようとするのか、お前の本心をきかせてもらいたい。」


「きいてどうすると言うのだ。」


「知りたいだけでは、教えてはくれぬのか。」


「簡単なことだ。新帝国は、旧帝国のまちがった遺産など一切(いっさい)ひきつがない。シグルドは、皇子という肩書(かたが)きさえあればいい。必要なのは、帝国ができてから二百年にわたり、大陸をむしばみ続ける()まわしき血を断ち切る、新しい血だ。それゆえ、私は影に(てっ)する。」


「新しい血。だが、シグルドは、ともに二千年の歴史を持つ国同士の(まじ)わりで産まれた子だ。二千年の長きにわたり、(たもと)をわかった民族が、再び一つとなりゆく象徴的な意味合いもある。だが、それのどこが、新しい血なのだ。」


「イリアとエイシアではそうだろう。だが、バテントスでは新しい。」


 クリスは、息子の寝顔を見、フッと笑った。


(けわ)しい道となりそうだな。この戦争が終わってからが真の戦いとなる。だがもう、引きかえすことはできない。ならば進むしかない。」



 その翌日から、マーレルでは、さっそく戦争準備に取り掛かった。レックスは、軍の管理者となっているロイドを宮殿の執務室に呼び出した。


 ロイドは、


「やっとかよ。もう、ずいぶん待ちくたびれたぜ。こちとら、いつでもOK状態だったんだぞ。んで、総大将殿はどうする。軍は、お前がいなくても、じゅうぶん仕事をしてくれるぜ。」


「総大将が、出撃(しゅつげき)しなくてどうするんだ? おれは、そういう戦いはきらいなの。まあ、ゼルム戦役(せんえき)の時は人質だったからな。」


物好(ものず)きだな。王様はだまって、マーレルで留守番してろってんだ。」


「総大将は、エルだ。おれとライアスは、一兵卒(いちへつそつ)として、カルディア族の騎竜隊とともに戦う。」


 ロイドは、マジかよ、という顔でレックスを見た。


「王様が、一兵卒として戦いに参加する? 寝ぼけたことを言うなよ。第一、まだ成人もしていないエルなんかに、総大将できるはずないだろ。マーレルで留守番でもさせとけ。」


「カルディア族は、おれの指揮下でなければ参戦(さんせん)しないんだよ。そういう約束だしな。エルには、マーレルで留守番させるより経験をつませた方がいい。将軍はお前だし、他にもそれなりの人材がいるから、総大将はエルでも問題ないはずだ。ところで、ルナは元気か?」


 ロイドは、一瞬(いっしゅん)だけ、レックスから視線をそらした。


「ああ、元気だよ。死産してから、しばらくは落ち込んでいたけどもな。」


「お前には感謝してるんだ。お前がいなければ、ルナは結婚などできなかった。ルナには、虐待(ぎゃくたい)された時の記憶が無い。だから、何も気がつかないまま、お前の妻となってくれたことを、幸運に思っているんだ。父親として、いまさらながらだが、お前に礼を言いたい。」


 ロイドは、赤くなった。


「な、何、言ってやがんだ、いきなり。おれは当然(とうぜん)のことをしたまでだ。想像通り、美人になったしな。ハハァ、お前、孫を請求(せいきゅう)してるんだろ。マルーに女の子が産まれたから、もっと欲しくなったんだろ。けど、できないモンはどうしようもないだろ。」


「死産した影響なのか。医者の診察は受けているんだろうな。」


「もう、なんとも無いってさ。だから、あんまりあせらせるな。だまって待ってりゃ、そのうちできるよ。ルナはまだ、十八だしな。」


 ロイドは、何か、かくしているようだった。レックスは、それ以上、追求(ついきゅう)はしなかった。

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