第壱戦、時機到来(3)
エルは、
「父ちゃんが、約束守ってくれたんだ。ぼくが会いたいって言ったら、必ずまた会えると約束してくれたんだよ。あの時の君のケーキの味、ずっと忘れた事なかったもの。いまでも、おぼえているよ。」
ユリアは、ナベにフタをし調理台のすみに置いた。
「さて、下ごしらえはお終い。そろそろ寝よう、エル。」
「えー、ちょっとだけ、わけてくれるんじゃなかったの?」
「ケーキが焼けたらね。エルのちょっとは、ぜんぶじゃない。マルーのケーキなんだからね。うんと、おっぱい出さなきゃね。エルのぶんは、切り分けて、ちゃんととっておくから、明日のお楽しみ。」
エルは、なごりおしそうにナベを見ている。ユリアは、エルの手を引っぱった。
「明日、早く起きて、ケーキ作りのお手伝い、おねがいね。エルは寝坊だけど、たたき起こしてあげるから。」
レックスは夜遅く、居住区にもどってきた。シエラは、寝室のテーブルで寝ていた。どんな遅くなっても、シエラは寝ないで待っていてくれる。レックスは、シエラをそっと抱き上げ、ベッドに寝かせた。
(つかれているなら、寝てればいいのにな。出産の面倒みて、養護施設のガキどもの世話までして、おれの帰りを待ってるなんてな。
仕事、やっとやめてくれて、家でノンビリするかと思えば、一年もたたないうちに、親のいないガキども集めて養護施設つくって経営に乗り出すわ、身寄りの無い老人どもの世話をするわ、貧困層の医療や教育にも乗り出すわで、ほんと家に居つかない女だな、シエラは。)
シエラは、うーんとうなり寝返りをうち、すぐまた寝てしまう。レックスは、シエラの寝顔を見つめていた。
(もう、苦労はじゅうぶんだと思えばこそ、おれは、お前に引退するようしむけたんだ。なのに、国の仕事から手を引かせれば、別のこと見つけてやりだすし。まあ、子供が全員、手をはなれて、ヒマだったせいもあるだろうが。)
レックスは、つかれたよう、ベッドに腰をおろした。
(ルナ、マルーの出産を、どう思っているんだろう。結婚してから、ほとんど会わないし、死産だときいても、シエラはともかく、おれ自身、国王という立場から見舞いに行くことさえできなかった。死産してから三年になる。そのかん、妊娠したなんて、きいてない。ロイドも、夫婦間については自分からは話さないし、あの二人の仲は、うまくいってるのだろうか。心配だ。)
レックスは、シエラにキスをし、ベッドに横になった。そして、寝付くと同時に心を飛ばす。行く先は、カルディア族だ。
シエラ(ライアス)が、すでにきていて、カガリビとともにヒナタと遊んでいた。ヒナタが産まれて、下界の時間では五年になる。だが、時間がほとんど意味をなさないカルディア族の聖地では、ヒナタは二歳くらいでしかない。
「ねぇ、もう一回言って。私のこと、お母さんって言ったよね。ヒナタ、お母さんと呼んで。」
ヒナタが、レックスを見て、ニッコリ笑った。そして、たどたどしい口ぶりで、お父さんらしき言葉を言う。レックスは笑った。
「お、やっと、父ちゃんって言ってくれたな。ヒナタは、かしこい子だな。」
シエラは、
「ずるーい。せっかく、お母さんって呼ばせようと思ってたのにさ。」
レックスは、族長はいるかとカガリビにたずねた。カガリビは、
「いつもの神殿で、お待ちしてます。今日はずっと、ヒナタ姉さんがくるのを待ってたんです。早く行ってあげてください。」
「姉さんはいいけど、ヒナタはもうやめてくれ。シエラ同様、まぎらわしいからさ。シエラ、今日はお前もくるか。待ってたんなら、かなり重要な話があるはずだ。」
シエラは、首をふった。
「ヒナタのそばにいる。話なら、あなただけでもじゅうぶんでしょ。」
シエラは、王家の剣をレックスにわたした。
「私の魂の一部を、剣に閉じ込めてあるわ。剣をつたわって話がきけるから。」
シエラは、じーっとヒナタを見つめている。ヒナタが、何をしてもかわいいようで、ニコニコしながら幸せそうに見ている。レックスは、やれやれと思う。
「お前、ほんと、娘からはなれたくないんだな。いっそのこと、マーレルつれて行くか。何年もたってるし、ヒナタのことを話しても、今のシエラなら冷静にきいてくれるはずだ。養護施設のガキどもに、お母さんと呼ばれて、うれしがってるしな。」
「だから、ここでいいの。シエラに取られちゃう。こーんなにかわいいんだしさ。」
シエラは、ヒナタのほっぺたをチョンチョンつっつき始めた。ヒナタは、キャッキャッと笑う。レックスは、
「そういえばお前、旅から帰ってから、シエラの体に入らなくなったな。シエラは髪ものびて、お母さんらしく結い上げているし、着る服も年相応になった。やっぱり、使いづらいんだろ。」
「彼女は、もうぼくじゃない。そして、ぼくも彼女じゃない。おたがいを分身だと信じていた時期は終わったんだよ。話も必要以上にはしていないしね。族長が待ってるよ、行った行った。」
シエラは、ライアスの意識でこたえた。
レックスは、鏡の前にきた。空間がゆがみ、いつも族長がいる庭に面した座敷に行く。族長は、静かにほほえんだ。
「これから、ユードスのもとに行き、彼と話をしなさい。私ができることは、すでにありません。この四年、辛抱強く待ちましたね。」
「ああ、待ったよ、母さん。でもおかげで、東側諸部族の結束もずっと強固になったし、それぞれの部族の役割も決まった。イリア側も、それなりに戦いに備えることが可能にもなった。バテントス国内も、ユードスの味方がだいぶ増えたし、すべて、母さんの言うとおりになった。母さんは、すごいよ。」
「私は、ここで、神示を受け取り、そして、さまざまな未来を見通して、もっとも良いと思われる選択をしているだけです。ですが、すべてがうまく行くとは限りません。良いと思われる未来を選択したとしても、その時次第で、すべてが変わってしまいますから。」
「でも、すごい。」
族長は、いつも変わらない優しい笑顔で、見つめてくれた。
「私がしていることは、あなたが過去してきた仕事なんですよ。あなたが、新しいことを次々と考え、迷うことなく実行でき、エイシアを大陸をふくめて、一番発展させることができたのも、そのためなのです。もともと、未来を見通せる力があるんですからね。」
「必ず勝利する。そして、あの国を解放する。ユードスと話がつきしだい、戦争に向けて準備を開始する。今度は、敵地に攻め入る。二十年前、こっちが攻められたお返しだ。人間を家畜扱いする国の末路がどういうことか、思い知らせてやる。」
「期待してますよ、ヒナタ。ですが、気をつけてください。準備万端だと思われていても、油断や慢心が、すべてを狂わせてしまいますからね。たしかに今、絶好のチャンスではありますが、それを生かすも殺すも、その時の状況にかかわっているのですから。」
「わかってるよ、油断大敵だろ。じゃ、さっそくユードスのとこに行ってみるとするか。寝てたら、たたき起こしてやるよ。」
レックスはそう言い、ユードスのもとに飛んだ。