第壱戦、時機到来(2)
シエラは、うれしそうに産まれたばかりの女の子、クリスティアを抱いていた。ルナが以前、死産してたので、なおさら、初孫の誕生がうれしい。
「はーい、おばあちゃんですよ、クリスティアちゃん。かわいい。エルが産まれた時のこと思い出しちゃう。しかも女の子だしさ。女の子、すごく欲しかったんだ。」
ベッドでぐったりしているマルーが、孫をうれしそうに抱いているシエラを見つめた。
「お義母様は、まだお若いではありませんか。クリスティアには、大きなお母さんと呼ばせますわ。」
「それは、レックスに言ってちょうだい。たぶん、そんなこと考えてるはずだからさ。私は、おばあちゃんでじゅうぶん。」
「でも。」
シエラは、笑った。
「よく、がんばったわね、マルー。あなた、私の誇りよ。」
マルーは、うれしそうにほほえんだ。シエラは、
「でも、エルも薄情ね。名前、決めて、すぐに仕事にもどっちゃうもんね。もう少し、マルーを、ねぎらってあげてもいいのにさ。」
「彼の笑顔だけで満足してます。期待していた男の子でなかったから、どうしようかと思いましたが、この子の顔を見て、かわいい娘だと言ってくれたので、本当にうれしかったです。」
「産まれれば、男も女もないのよ。もう、産まれてくれただけで、ありがとう、なんだしね。きっと、すてきな女性に育つわ。すごく楽しみ。」
「そう言って下されば、うれしいです。」
シエラは、そばにいた乳母に赤子をわたした。
「じゃあ、私はそろそろ養護施設に行くわね。養護施設の子供達、あなたの赤ちゃんの誕生、楽しみにしていたから教えてあげなくちゃね。」
マルーは、驚いた。
「え、これからですか? でも、お義母様、一睡もしていなんじゃあ。」
「あなたにくらべたら、たいした事ではないわ。でも、本当に良かった。これ以上、長引いたら、どうしようかと思ってたけどね。夜になったら、またくるから。」
シエラは、行ってしまった。乳母は、マルーを休ませるために赤子を別室へとつれていく。マルーは、少し眠ろうと思った。けど、出産が終わって間もないせいか、神経が高ぶっていて眠れそうもない。
ユリアが、ひかえめに室内へと入ってきた。 ユリアは、手に持っていたふきんをかけたトレーを、マルーのベッドのわきのテーブルに置いた。そして、マルーの顔を心配そうに見つめる。
「ケーキ、焼いたの。マルーが好きな栗の甘煮をたくさん使ったの。少し食べてみる? 陣痛、はじまってから、何も食べてないんでしょ。」
ユリアは、ケーキを小皿に乗せて、マルーにわたした。
「ありがとう。あまり食欲ないけど、これだったら食べられそう。ユリアのケーキ、おいしいもの。」
「おめでとう、マルー。今日からあなた、お母さんね。」
「ユリアもお母さんじゃない。産んだのは私だけど、産まれてきた子は、私達二人の子よ。そして、ユリアが子供を産んだら、その子も私の子よ。」
ユリアは、ほほえんだ。
「私の赤ちゃんか。いつ、産まれるのかな。私もマルーみたいに早く産んでみたいな。」
「そのうち、産まれるわよ。それよりも、エルのお世話お願いね。私、しばらくは、別室で体を回復させなきゃならないから。」
「早く、元気になってね。私、毎日、ケーキ焼くね。明日は何がいいかな。」
「桃のケーキが食べたいな。梨でもいいわ。」
「わかったわ。じゃあ、これから町に出て材料さがしてくるね。瓶詰めなら、売ってるはずだから。」
「使用人にたのめばいいのに。」
「ダメダメ。こう言うのって、つくる人が、ちゃんと良し悪し見極めなきゃね。人にたのむと失敗すること多いんだ。夕方までには帰るから、それまでゆっくり休んでね。」
ユリアがいなくなったあと、マルーは食べかけのケーキをテーブルに置き、目をつぶる。長時間、続いた出産で、思いのほか体力を消耗している。食べることさえ、つかれてしまう。
(少し眠ろう。眠ったら、食欲がでるはず。お義母様みたいに、私も自分のお乳で、赤ちゃん育ててみたい。そのためには、うんと食べなきゃ。)
その夜、夕食がすんだあと、ユリアは一人、離宮の厨房でロウソクの灯りをたよりに、ケーキの下ごしらえをしていた。桃の瓶詰めが手に入ったが、思ってたよりも甘味が少なく、そのままではケーキにつかえないため、砂糖をくわえ、煮なおす必要があった。
一人、トロトロとナベの火に当たっていると、だれかが厨房に入ってくる。エルだった。マルーはすでに寝たという。エルは、ユリアが手を動かしているナベを見つめた。
「あ、桃だ。ねぇ、これから何を作るの? え、桃のケーキ? ぼく、大好きなんだ。マルーが残した栗のケーキ、おいしかった。お腹いっぱいって言うから、ぜんぶ、食べちゃったんだ。少し、味見していいかな。」
ナベに、フォークを入れようとしたエルの手を、ユリアはたたいた。
「ダメ。マルーのためにつくってんだから。エルに味見させたら、ぜんふ、食べちゃうじゃない。」
「食べないよ。ちょっと味見するだけだって。アチ、甘いけどおいしい。ケーキよりも、このまま食べたほうがいいんじゃない。」
エルは、フーフーしながらフォークにさした桃の切れ端を食べている。ユリアは、桃がこげないよう、ナベをまぜながら、
「いいわ、少しだけなら、桃をわけてあげる。でも、手伝ってくれたらね。」
「ぼく、作るより食べるほうがいい。」
「ダーメ。エルはいつもそう言って、手伝ってくれないしさ。はじめて会ったときは、手伝ってくれたのにね。フラムちゃんは、いい子だったのにな。」
エルは、赤くなった。
「あのときは、ケーキが食べたかっただけ。旅していて甘いもの、あまり食べられなかったから、ケーキにつられたんだよ。もう、フラムはよしてくれ。父ちゃんに言われて、しかたなしに変装してたんだからさ。」
ユリアは、笑った。
「ほんと、まさか、男の子だったなんてね。でもあの時は、妹ができたみたいで、すごく楽しかったの。たった一晩でお別れするのが嫌になるほどにね。」
「ラベナ族から、お嫁さんもらうってきいて、乗り気じゃなかったけど、まさか、ユリアがくるなんてね。びっくりしちゃった。父ちゃんもずるいな。ずっと、秘密にしてるなんてさ。」
「陛下から、じきじきに私をって、御指名があったのよ。でなきゃ、私みたいな平民が、あなたの側室になれるわけないしね。
でも、私にも家族にも、なんの説明もなかった。あの日とつぜん、首都から族長様のお使いがやってきて、私を族長の養女にすると言って、しぶるお母さんとおじいさんを強引に説得して、私をあそこから連れ出した時には、もう何がなんだかわからず、ずっと泣き続けていた。
首都の族長様の家にいても、なんのために私を養女にしたのか説明されず、礼儀見習いとか立ち居ふるまいとか厳しく教えられ、外出も禁止され、どんなに帰りたくても、お前の家はここだと言われ、もういやだと思った。
族長様と奥様に、ひどいことをされたわけじゃない。ただ、理由もわからず、強制され続けてたことが、とてもつらかった。二年すぎて、私があきらめかけたころ、運命を受け入れたと言ってもいいのかな、そのころになって、ようやく族長様が理由を話してくださったの。
信じられなかった。どうして私なのかと、なんどもたずねたわ。そのたび、族長様が、先方の御希望なのだからと、そればかり。あなたと陛下の顔を見て、ようやく、理由がわかったと言う訳。」
ユリアは、ナベを火からおろし、調理台の火をおとした。