表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
123/174

十二、畏怖(2)

 シゼレは客室にもどり、使用人が用意したお茶をのみ、一休みをしてから帰ろうとしたとき、シエラがやってきた。


「ごめん。レックス、かなり、きげん悪かったみたい。」


 シゼレは、妹を安心させるよう、ほほえんだ。


「陛下も、いろいろと御懸念(ごけねん)が、おありなのでしょう。大陸情勢もふまえて、むずかしい時期にさしかかってきてますからね。お前も、陛下と子供達をしっかり見守ってあげなさい。それと、ソファラをたのみましたよ。」


「うん、まかせて。でも、ほんとにごめんね。私もまさか、ケンカ越しになるなんて、考えてもいなかったからさ。レックス、以前とは、だいぶ変わっちゃったのよね。」


「変わった? どのように。」


「今のレックスは、昔のライアス兄様よ。ううん、ライアス兄様以上だわ。私も、そばにいて、とてもこわいと感じるときがある。何を考えているか、わからないの。旅に出る前もそう感じていたけど、帰ってきてからのレックスは、とてもこわい。でも、かんちがいしないで。私と子供達には、以前と変わらない優しい人よ。」


 シゼレは、


「たぶん、真の王として目覚めたのだろう。エイシアだけでなく、大陸をもせおう王としてね。それが、彼を畏怖(いふ)させる存在へと変えているのだよ。」


「大陸をせおう? なにそれ。レックスは、エイシアの王よ。大陸の王ではないわ。大陸には、東側部族はともかくとして、イリア国王様がいらっしゃるじゃない。大陸のことは、イリア国王様にまかせればいいはずよ。」


「イリアは、もう末期だ。ここ数十年、生き延びたとしても、あの国は解体してしまう。国自体が衰弱(すいじゃく)しているんだよ。陛下も、それをじかに見てきたはずだ。」


「イリアが衰弱?」


「陛下は、お前には何も教えてはいなかったようだな。まあ、現時点では、知らなくてもよいことだしな。私も、知ってても、陛下には報告しなかった。エルシオン殿下の御結婚に、水をさすことにもなるしな。」


 シエラは、ショックを受けた。シゼレは、


「エイシアは、陛下の時代になって(いきお)いを増している。軍事力でも、ぬきんでている。バテントスとまともに戦えるとしたら、エイシアしかないだろう。東もイリアもすでに、エイシア抜きでは、国防もままならない状態になっているようだし。」


 シエラは、ふるえだした。


「そんな、私、何も知らなかった。何も知らされてはいない。それって、レックスは私のこと、信用しなくなったってこと。以前なら、なんでも相談してきたのに。」


「シエラ、すべてを知っていたとしても、お前に明確(めいかく)な答えが出せるのか? もし、出せないと考えるならば、彼が相談しなくなったとしても、やむをえない事だ。だから、陛下と子供達を見守ってあげなさい、と言ったのだ。ここから先はたぶん、お前では、力不足になるはずだ。」


 シエラの目に涙が光った。シゼレは、


「それだけ、(うつわ)が大きくなったと言う事だ。祝福(しゅくふく)してあげなさい、シエラ。」


「ううん、わかってたの。私ではもう、ついていけないって。私、今年中に、政治から手を引くつもりでいるの。ただの妻と母親になるつもり。もちろん、王后(おうごう)としての仕事はちゃんとやるけど、できるだけ、ひかえめにするつもりでいるんだ。」


 シゼレは、妹の肩に手をあてた。


「お前は、ここまでよくがんばった。陛下もそれがわかっているから、こうしたのだと思う。これからのお前の仕事は、重責(じゅうせき)をせおう夫に、できるだけ笑顔と(やす)らぎを与えてやることだ。私も、それが一番だと考えている。」


 シエラは、涙をふいた。


「ありがとう、兄様。やっと、ふんぎりがついた。ごめんね、泣いちゃったりしてさ。」


「お前は、いつまでも変わらない。それでいいんだよ、私のシエラ。兄上をたのんだぞ。」


 兄上、シゼレがライアスを、そう呼んでいたのは、いつのころだったのだろう。シエラは笑った。


「うん、まかせて。なんだか、たよりなくなっちゃってるけど、私がお尻たたいて、レックスの役に立つよう、がんばらせるわ。それと、サイモン叔父様にさ、私がとても愛してるってつたえてほしいの。本人がもう、わからなくなってても、耳元で、そうささやくだけでもいいからさ、つたえてほしいんだ。」


「ああ、つたえておく。お前は、本当に優しい。サイモンにも、その思いが、必ず、とどくはずだ。」


「ソファラは、立派な王女にするわ。そして、すてきな花嫁にしてみせるわ。」


 シゼレは、妹のひたいにキスをした。今度、会えるのは、いつになるのだろう。シエラは、そのまま子供達の部屋へと向かった。



 執務室には、ライアスがきていた。ライアスは、


「軍の倉庫にある設計図が何枚か紛失(ふんしつ)してた。君の予想通りにね。持ち出したのは、クリストンだろう。もう必要のない設計図だったけどもね。今度から、設計図の管理は徹底(てってい)するよう、ロイドに言っておいたよ。」


「うかつだったな。おれも、昼前にシゼレが到着したときくまで、そこまで考えが回らなかった。もう少し早く調べておけばよかったよ。いつごろ、盗まれたんだろ。」


「さあ。何百枚もあるしね。何が紛失しているか、工場総出でしらべるのに、かなり時間がかかったくらいだ。使った設計図は、適当に倉庫に放り込んでいたからね。」 


 レックスは、窓から外をながめた。


「シゼレはもう信用できない。今はまだいいが、いずれ、ゼルムみたいにしなきゃならなくなるだろう。シエラはなんて言うかな。ライアス、ミユティカの時の記憶はどれくらい持っている? 女王のほうだぞ。どうして、今の統治(とうち)形態にしたのか理由を知りたい。」


 ライアスは、


「てっとり早く言えば、今のカイル、クリストン、ゼルム、ダリウス、大陸は、この四分割にそれぞれの領主を派遣(はけん)して、エイシアを支配してたんだよ。けっこう、それがかっちりとした支配形態として、当時のエイシアにしみついててね、何もかも新しくするよりも、大陸が残した遺産のうえに、ダリウスを宗主としてのっかったほうが、より早く国としての体裁(ていさい)がととのうと、当時は考えたからなんだよ。


 まあ、今ほど人口無かったし、中央政府機関もずっと小規模なものだったしね。地方まかせにしたのも、中央の人手不足だったせいもあるんだ。」 


「だが、今は違うと言うことだな。やはり、以前考えたとおり、エイシアを統一して、王は一人にしなきゃならない。そうでなければ、国としての方針を海外にしめせない。」


「いっそのこと、領主を廃止して任期を決めて知事でもおく? ゼルムみたいにさ。」


 レックスは、笑った。


「まあ、おれの時代では、できるかどうか微妙(びみょう)なとこだな。エルに仕事を残してやるのも悪くはない。さて、そろそろ会議の時間だ。お前、出席するんだろ。」


 レックスは、鼻歌まじりに執務室から出て行った。ライアスは、


(ほんとに変わったな。ぼくが想像したより、はるかに大きくなった。そして、どんどん先へと進んでいく。うかうかしてると、おいてけぼりをくらってしまう。)


 ヒョイとエッジが、窓から執務室に入ってきた。


「よぉ、ライアス。何、シケたツラしてんだ? さっきまでいた、シゼレとケンカでもしてたのか。」


 エッジは、ヒモでグルグル巻きにされた紙の束を、いつもの袋から取り出し、執務室の机に放り投げた。ライアスは、チラと束を見つめる。エッジは、


「お前の毒の研究の成果(せいか)だよ。雑刷(ざつず)りして、かなりあったよ。お前が処分する前に、だれかが、こっそり書き(うつ)していたらしい。今じゃあ、お前がいた研究所の財産にもなっている。けっこう、応用がきくみたいで、新薬の開発にも使われているとさ。研究所行って、適当な理由つけておねがいしたら、あっさりくれた。」


「じゃ、シゼレがやったという証拠にならないじゃないか。それだけ、人の手にわたっているならさ。」


「だよな、サイモンもああいう仕事柄、いろんな(うら)みを買いやすいからな。けど、動物実験もひどいようだな、あそこの研究所。ひさんな動物達の、ナントカがいっぱいいた。研究途中で毒にあたって死んだ、死人までいたし。」


「見えるってことはね、そういうリスクもあるんだよ。後悔(こうかい)してるんだろ。」


「情報源が広がって、たすかっている。死人にまで、話、きけるしさ。サイモンのボスが死んだら、だれにやられたか、きいてくるよ。ボスは、そう簡単に成仏しないだろうからな。たぶん、サラサ宮殿で会えるはずだ。」


 ライアスは、エッジを見つめた。


「お前が、そういう能力を持ってること、だれにも知られていないだろうな。こういう仕事をしている以上、知られたら、まっさきにねらわれてしまうぞ。死人に口無しどころか、死人に会いに行って事情をきけるほどだしな。」


「ティムやミランダでさえも、気がついてないよ。知っているのは、お前とレックスだけだ。おれは、エルやカムイの前じゃあ、慎重にふるまってたから、二人とも気がついていない。だれかきたようだ。じゃ、おれは行くぜ。」


 秘書が、書類を持ってきた。ライアスが姿を現し、エッジが置いていった紙束を、(たな)に置くよう言う。あとで、軍に持って行って研究の役にでもたてよう。



 シエラは、リオンしかいなくなった子供部屋で、ミランダに、さっきのことを話していた。


 ミランダは、


「レックスは、シエラ様のおっしゃるとおり、もう別人ですよ。父親や私が、手をやいていたころのレックスではないです。あれが、本来(ほんらい)のレックスなんでしょうね。」


 シエラは、指を見つめた。巻いてもらった髪の毛は大事にしていたが、すでにない。


「どんどん、遠くに行っちゃう。二人で、がんばっていたころがなつかしいな。けど、レックスはもう、ダリウスだけの王様じゃあなくなった。私にできることは、そばにいてあげることだけ。」


 リオンは、ボールをシエラに投げた。少し前までは、このボールを受け取るのは、エルの仕事だった。エルは今、マルーとともに、マーレル商工会議所が開いたパーティに出席している。


 シエラは、ボールを、はいとリオンに投げ返す。にぎやかすぎた子供部屋も、さみしくなってしまった。ミランダは、


「ルナ様は今ごろ、どうしていらっしゃるんでしょうね。レックスが、結婚を許可してすぐに、ロイド様の花嫁となられましたからね。」


「さあね。いい奥さんしてるといいんだけどもね。ジョゼさんは、カムイ君、引き取ってから、もうこっちにこなくなったし、プリシラも双子が産まれたんで、ここの仕事やめちゃったしね。私はいいけど、リオンがかわいそうだわ。いきなり、一人になってしまったんだもんね。」


 リオンは、絵本を持ってきた。シエラが、リオンをひざに乗せ、本を開いた。


「リオンね、レックスと話し合ったんだけど、来年になったら、マーレルの寄宿学校に入れようと考えているの。この子、にぎやかなの好きだからさ。ここにいても、一人だけだしね。」


「でも、それじゃあ、シエラ様がさみしくなられませんか。仕事ももう引退(いんたい)するんでしょう?」


「春になったら、ソファラがきてくれるわ。ラベナ族にお嫁に行くまでのあいだだけど、精一杯、お世話するつもり。」


 シエラは、絵本を読んだ。リオンは、シエラの読むスピードを無視して、どんどんページをめくっていく。ミランダは、お茶を用意しますと子供部屋をあとにした。



 それからまもなく、マーレルに、マルーの兄、クリス・オルタニアが病死したとの悲報(ひほう)が入った。大好きな兄の死をきいたマルーは何日も泣き続け、レックスとシエラは、イリア国王にお()やみの使者を送った。


 年がかわり、ロイドの妻となったルナが懐妊(かいにん)した。レックスの兄ダイスは、カルディア族の子カムイを正式に自分の養子とし、リオンと同じ寄宿学校に入学させる事にした。


 そして、夏になるころ、バテントスに(とつ)いだイリア王女セレシアは、男の子を出産する。母親ゆずりの黒い髪と、バテントスではめずらしい緑色の瞳を持つ子は、王女の希望にしたがい、シグルド・イリアスと名づけられた。


 第八章へ続く。

 親子間の葛藤、夫婦間の考えの違い、そして、変化していく環境、さまざまな人々の思いが交差しつつ、物語は終盤へと突入しました。次章は、いよいよ、宿敵との対決です。時代をおそう闇に、どのようにして主人公達は立ち向かっていくかご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ