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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
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十一、別離(2)

 とつぜん現れたにもかかわらず、国王はその日の約束をキャンセルして、レックスとエルに会いにきた。そして、夕食時、ウワサのマーレル王を見て、満面(まんめん)の笑顔を浮かべる。


「まさか、お一人でいらっしゃるとはね。東側を御訪問しているとは、きいていましたが、こちらへは、使節団とともにいらっしゃるとばかり考えておりました。せっかく、お()で下さったのに、このようなつまらない、おもてなししかできず、申し訳ない限りです。」


 イリア国王は、人の良さそうな初老の男だった。態度も慇懃(いんぎん)で、いばりちらしたところが無く、好感が持てた。レックスは、


「ドラゴンで移動するさいには、よけいな(とも)は足手まといでしかないのです。そういえば、うちのエッジは今どこに? コウモリみたいな男ですよ。カムイという少年といっしょのはずです。」


 クリスは、


「町へ出て行きましたよ。町の安宿(やすやど)の方がおちつくとか言ってましたから。門衛(もんえい)には、話は通してあります。」


 レックスは、笑った。


「場所がわかればいい。それに、あいつは、用がない限り宮殿にはこないよ。クリス、どうした、おちつかないみたいだな。そんなに、ライアスに会いたいのか。」


 クリスは、赤くなった。イリア国王は、笑い出してしまった。


「いや、遠慮(えんりょ)は、いらないお方だときいてましたが、まさかここまでとはね。本当に、驚かせてくれるお方だ。今夜は、ゆっくりしてください。お話は、明日以降、予定を調整してからにしましょう。」


 いっしょに食事をしていたエルは、大きなあくびをした。それを見た国王は、クリスに寝室に案内するよう言う。レックスは、


「場所を教えて下されば、勝手に行きますよ。クリス殿下に、わざわざ案内してもらう必要はありません。ただの()しかけ客ですからね、我々は。なのに、このような、あたたかいおもてなしをしてくださり、感謝にたえません。」


「でも、宮殿は広いですよ。クリス、案内してさしあげなさい。私はまだ、用がありますので、ここで失礼させていただきます。」


 イリア国王は、そそくさと行ってしまった。レックスは、国王の態度に不自然なものを感じた。それに、寝室へは使用人ではなく、なぜクリス(みずか)らが案内しなければならないのか。


 クリスは、何か言いたそうな顔をしている。レックスは、どうしたのかときく。クリスは、


「お部屋に御案内します。あなたがきて下さる時を、ずっとお待ちしてました。こちらです。」


 用意された寝室までは、さして距離がない。クリスは、エルを先に案内したあと、別室にレックスを入れ、部屋の鍵をしっかりと閉めた。そして、クリスは、驚くべきことを話した。


 ライアスとクリスが、一時的に別れてまもなく、バテントスから、二十歳前後の王女を(むか)えたいという話がやってきた。


 (ことわ)った。王女は、十歳になる前に、すべて(とつ)いでしまうので、その年頃の王女はいないとの理由で。でも、バテントスは、夫と死に別れて宮殿にもどってきた王女でもかまわない、と返してきたのだ。


 クリスは、


「ねらいは、イリアの継承権でしょう。だから、幼い王女ではなく、二十歳前後の王女をよこせと言ったのでしょう。」


 レックスは、


「サラサの時と言い、あいかわらず、占領するためには何重も(さく)を用意してくるな。けど、皇帝は一度相手すると、人質妻は相手しなくなるともきいている。」


 クリスは、首をふった。


「王女を妻にした事実さえあれば、それでいいんです。王女の子など、いくらでも用意できるでしょうから。以前、あなたの妻のシエラ様の偽物(にせもの)が用意されたようにね。」


「断りたくても、今は断れない事情があるんだな。」


「はい。イリアはこの前の戦争から、まだ完全には回復していないのです。こう着状態とはいえ、消耗(しょうもう)戦のような戦いは休戦条約がむすばれるまで続いていたのです。火力的にも不利な状況で、兵数だけで戦っていたのですから、消耗は、かなり(はげ)しいものでした。ですから、現時点で攻められたら、勝ち目はありません。」


 レックスは、イリアの戦力が、ここまで落ちているとは予想もしてなかった。とうぜん、ライアスも知らないはずだ。お互いの国政には関与しない、それが交際ルールだったのだから。


(交際ルールを決めたのも、ライアスに内部を知られたくなかったからだ。なぜ、こんな大国が、うちみたいな島国を重要視するのか不思議に思ってたが、そういう事情があったせいか。しかし、ライアスも生真面目(きまじめ)と言うか、恋愛にのぼせていたと言うか、おい、ライアス、なんとか言え。)


 ライアスは、レックスの中で(ちぢ)こまっている。


 クリスは、


「式典を盛大(せいだい)開催(かいさい)するのも、そのためです。少しでも、国内外に、イリアは、まだ健在(けんざい)だという(あかし)をしめすためでもあるのです。マルーをエルシオン殿下にさし上げ、エイシアとの関係を強化したのも、そうすることでしか、イリアに生き残るすべはなかったからです。今のイリアは、国土が広いだけの王国でしかありません。」


「わかった。けど、どうして、おれにこんな事を話すんだ。王女の話はともかく、イリアの内情までバラす必要もなかったろうに。ライアスと交際ルール決めてまでも知られたくない話だったんだろ。それに、国王からじゃなくて、なんであんたが、しかもこんな寝室なんかで、おれに話したりするんだ。」


 クリスは、ギュッと両手をにぎりしめた。


「姉妹が、自殺したんです。その話をきいてすぐに。彼女の死は()せられているんです。私が代理として向こうにいくしかないんです。王女が、バテントスへ行くのが(いや)で自殺したなどと知られたら、それこそ、この国はおしまいです。」


 レックスは、クリスを見つめた。そして、クリスの肩をつかむ。


「だからって、あんたが犠牲(ぎせい)になることはないじゃないか。仕事に生きる女なんだろ、あんたは。」


「私は、こういう事態(じたい)にそなえて、男として育てられたんです。これも私の仕事なんです。私の(つと)めなんです。私には、その務めをまっとうすることでしか、国を守ることができません。それが、一時的な平和であったとしてもです。」


 レックスの表面意識に、ライアスが飛び出てきた。


「クリス、ぼくだよ。わかるか。だめだ、そんなことをしては。これは、イリアがどれだけ腰抜(こしぬ)けの国か、(ため)すためでもあるんだよ。やつらは、イリアに、戦争をする体力が無いとわかりきっているからね。


 そうやって、一つのことを受け入れると、あとはズルズルと持っていってしまう。あの国に、つけ入れられないようにするためには、きぜんとした態度を取り続けなければだめなんだよ。いくら、おどされてもね。」


「だが、バテントスは、国境沿いに軍を集結してるんだ。あれが、おどしでなくて、なんだと言うんだ。それに、いくら同盟をむすんでいるとはいえ、東側は、烏合(うごう)(しゅう)でしかない。それに、同盟自体にも以前ほどの力は無い。


 たとえ、エイシアがたすけにきてくれようとも、それまでに、国内奥まで侵入されていたら、どうしうようもなくなるだろう。エイシアは遠すぎるから。それとも、双頭の白竜でたすけにきてくれると言うのか。」


 レックスが、出てきた。


「おれは、レックスだ。双頭の白竜では被害が大きすぎる。敵も味方も関係なく、その場にいるものすべてを破壊してしまう。だから、出したくても出せない。お前も、マーレル郊外の被害地を見てるはずだ。」


 クリスは、


「だから、私は、時間を(かせ)ぐつもりで行くんだ。少なくとも、花嫁をもらってすぐには、攻撃してこないはずだ。それに、私もただで行くつもりはない。行くのなら、内部をひっかきまわす程度のことは、意地でもしてみせる。そのかんに、バテントスを(たお)せるだけのを準備をしてもらいたい。」


「それだけの覚悟(かくご)をしていると言うのか。だが、人質となった女がどうなるか、お前が知らないはずがない。子を産んでも産まなくても悲惨(ひさん)なものだ。」


 クリスは、キッとなった。


「だから、どうしたと言うのだ。そんな、くだらないことで、私がひるむと考えているのか。内部は絶対ひっかきまわす。そのためだったら、なんだってするつもりだ。たとえ、この手と肉体を極限(きょくげん)まで(よご)すことになるとしてもだ。」


「手と肉体を極限まで汚す? それがどういう意味か、わかっているのか。それに、汚すまでもなく、そこまでしたら殺されてしまうぞ。若い女が、そんなことを考えるな。姉妹の身代わりになると言うのなら、おとなしく後宮で、じっとしていろ。必ず、助けに行くから。」


 クリスは、ギュッとこぶしをにぎった。そして、(はげ)しい情念(じょうねん)をグッとこらえて、しぼりだすよう言う。


「許さない。私の大切な姉妹を自殺に追い込んだ、あの国を。姉妹には、恋人ができたばかりだった。あの幸せな笑顔を、一瞬で破壊した、あの国をどうしても許せない。」


復讐(ふくしゅう)か。自分の大切なものをうばった国に対して。そのために、自分のすべてを犠牲にすると?」


「たとえ、とちゅう、そのことで死ぬことになろうとも、死ぬまぎわまで、私は戦い続けてみせる。あの国を(ほろ)ぼすために、私が少しでも役にたつのなら、この命、捨て(ごま)になってもかまわない。」


 レックスは、どうしたらよいものかと少し思案(しあん)していた。


「お前と同じことをしようとしている男がいる。ユードス・カルディアだ。おぼえているだろう。」


 ユードスの名を聞き、クリスはビクリとした。レックスは、


「向こうに行ったら、その男と手を組め。お前が生き()びる可能性は、ずっと高くなる。」


「ユードス、あの男とか。あの(おそ)ろしい男と手を組めと言うのか。」


「騎竜隊を見たろ。あれは、カルディア族のものだ。おれは、カルディア族の協力を()たんだよ。そこの族長が、ユードスをおしてるんだ。だから、まちがいない。」


 クリスは、レックスをにらむよう、じっと見つめていた。そして、


「あなたを信用しよう。ユードスとは、どうやったら会えるんだ。」


「カルディア族は、たえずユードスの動きを監視している。おれから、族長に話を通しておく。いずれ、やつから接触があるはずだ。」


 ライアスが、ささやいた。


(レックス、なんていうことを言い出すんだ。危険すぎるよ。それに、クリスをあんなとこに行かせたくない。)


(クリスはもう、とめられないよ。父親の国王ですら、とめることができなかったのに、他人のおれじゃあ、無理だ。なら、彼女が生き延びる方向をさぐったほうがいい。)


(じゃあ、せめて、お別れをさせてくれ。)


 レックスは、心の中で笑った。


(もう、愛してないんだろ。無理に別れ話をしても、こじれるだけだ。もともと縁がある女だ。彼女は、シオン・ダリウスの正妻のイリアだろ。)


 ライアスは、何も言わなくなった。そして、式典は盛大に執り行われ、式典が終わって半月が過ぎたころ、レックス達親子はカムイをつれ、随行(ずいこう)員とともに、マーレルへと帰国する事にした。


 最後の夜、クリスは、ライアスからもらった指輪を、レックスにわたした。クリスは、ほほえんでいた。


「マーレル公とは、こうしたかたちで別れるはめになったけど、()いは無い。そして、あなたを愛したこともね。最初は、好みではないと思っていたが、それは私が幼かっただけだと気がついた。あなたに再び会える日がくるまで、私は生き延びてみせる。」


 レックスは、受け取った指輪を、あらためてクリスの指にはめた。


「おれからの贈り物だ。おれも、こんなかたちで、お前をまた愛するようになるなんて、想像もしなかった。ライアスには感謝しているよ。あいつが、お前との縁をつないでくれたんだ。必ず行く。待っていてほしい。」


 指輪を見つめるクリスの目に、涙が光った。

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