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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
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九、山民(1)

 異国のドラゴンも、やはり、紅竜達と同じ飛び方をする。次元をこえての距離短縮の旅だ。はるか下に広がる大陸東の景色がドンドン変化していき、昼前には、北部山岳地帯にある、カルディア族領内へと入った。


 スザクは、もっとも高い山の中腹辺りに部隊を降下させた。バサバサとドラゴンが羽ばたきつつ、大きな広場に次々と舞い降りる。すぐさま、兵士が出てきて、ドラゴンを広間の向こうへと連れて行った。


 最後に、白竜、紅竜が広間に到着した。レックスは、ドラゴンを馬へともどした。白竜はともかく、紅竜は大きすぎるからだ。スザクは、ここで待っているよう言う。風変わりな民族衣装を身にまとった、美しい女が三人ばかり、やってくるのが見えた。


 その中の四十くらいの女が、レックス達の前に進み出た。スザクは、その女にひざをおり平伏(へいふく)する。スザクに合わせて、他の男達もそれにならった。どうやら、高位の神官のようだ。


「ようこそ、いらしてくださいました。私は、カガリビともうします。」


 神官の女は、澄んだ声であいさつをした。エルは、父親の服をひっぱる。


「すごい美人。お母さんよりきれいだ。浮気しちゃダメだよ。」


 と、しっかりきこえる声でいう。その場にいた者達は声をしのばせて笑った。女達は荷物を受け取り、紅竜と白竜をスザクにまかせたあと、カガリビの案内で、レックス達三人は、山の斜面(しゃめん)にそうよう(つく)られた町を上へ上へと歩いた。建物は、山ということもあり、平屋か二階建てくらいで、それほど大きくはない。


「この山は神官区です。神官と、神官につかえる巫女、それを守る兵士達だけが住んでおります。一般民は、下界で、他部族と変わらない生活をいとなんでおります。ここは、上り下りがはげしくて御不便をおかけすると思いますが御容赦(ごようしゃ)ください。私達は、このような生活を、四千年にわたり続けていますから。」


 四千年、気の遠くなるような年月だ。レックスは、


「四千年、エイシアの歴史の二倍だな。すごく古いんだな、カルディア族は。」


 カガリビは、ほほえむ。


「下界の人間の感覚でいえば、そのように感じるでしょう。でも、四千年は、さしたる時間ではありません。下界の民にとっては四千年でも、私には、つい昨日のことのように感じられます。ここでは、時間は、あまり意味を持たないのです。」


「四千年が昨日?」


「ええ、いにしえの賢人や神々や聖霊達と話をしていると、そのように感じられてくるのです。俗世間をはなれ、山に住んでいるのも、静かな環境で見えない高次の存在と交信するためでもあるんです。それゆえ、大陸に住む者達は、私達をカルディア族と呼んでいるんです。カルディアとは古い言葉で、山に住む人、つまり山民(さんみん)を意味してますから。」


 カガリビは山の洞窟(どうくつ)へと入った。そして、うすぐらい道をさらに上へと進む。上に行くほど、空気が静寂(せいじゃく)となり澄み切って行き、俗世間とは明らかに違う神聖な(おもむき)につつまれていった。カガリビは、


「もう少しです。まずは、旅のつかれを(いや)すために、温泉にでもつかってください。御用(ごよう)がお有りでしたら、だれにでも声をかけてくださいね。」


 エッジの足が、とまった。


「どうしてもここから先には進めない。スザクは、どこにいるんだ。おれは、男達といっしょにいたい。スザクからは、男女別れて生活してるときいたが、男達の住まいはどこだ。さっき通ってきた場所には、女しか見かけなかったが。」


 カガリビは、


「申し訳ございません。陛下にお会いできた感激で、スザクにあなたのことを申し付けるのを忘れていました。男達の住まいは下です。さきほどの広間を左に進むと男の住まい、右が女の住まいとなっているんです。」


 そして、荷物を持っている女の一人に、エッジを案内するよう言う。女は、エルの荷物をもう一人の女にあずけ、エッジとともに、もときた道を下っていった。


 エルは、


「どうして、先に進めないんだろう。のぼってばかりで、つかれちゃったのかな。」


「まさか。あのエッジだぞ。猛獣(もうじゅう)並みの体力だけしか自慢(じまん)できない男が、これしきの上りでへばるわけない。たぶん、だんだん強くなっていく、このシンセイに空気ってやつに、たえきれなくなったんだよ。」


 カガリビは、


「陛下もよろしかったら、男達に会いに行ってください。陛下の御来訪(ごらいほう)をずいぶん、心待ちにしてましたから。」


 レックスは、


「スザクから、部族について、いろいろと話をきいたんだけど、どうして、こうしているんだ。ふつうの生活どころか恋愛もダメみたいだしさ。」


「すべては、聖域(せいいき)維持(いじ)するためなのです。世俗(せぞく)を持ち込んでは、聖域を維持するのは困難(こんなん)ですから。」


「聖域ね。たしかにそうだな。エイシアでも、(くらい)の高い僧侶は、結婚なんていっさいしないしな。でも、おれとしては、さみしい限りだよ。恋愛もできないんじゃあな。」


 カガリビは、笑った。


「恋愛しても、相手に執着(しゅうちゃく)さえしなければいいんです。ですが、むずかしい事でもあるんです。私も昔、そういう恋をした事がありますけど、執着を取るのにずいぶん苦労しました。巫女としての修行をつみつつ、子供を何人も産む過程(かてい)ではしかたの無い事です。」


「あんたが好きになった相手ってだれだ。一人じゃないだろ。」


「俗っぽい質問ですね。まあ、恋愛はともかく、夫となった男性は数人いますよ。これでも、十人、子供を産みましたからね。」


 レックスは、びっくりした。とても、十人産んだとは思えない。カガリビは、


「平均八人は、産みますよ。それくらい、産まないと数を維持できないんです。そして、修行を終え神官として合格した者は、部族内にある各地の神殿へと、それぞれ派遣されるんです。兵士達も神殿兵士として、各地へと派遣されます。私が産んだ子供達で、この神官区の山に残っているのは半分もいません。」


「神官として合格? じゃあ、巫女が全員神官になれるわけじゃあないんだ。」


「ええ、神官は、族長候補でもありますから、合格するには、それなりの能力が必要なのです。けど、神官だけでは仕事が回りません。神官に合格できる数は、非常に限られていますから、巫女の役目も重要なのです。」


「けっこう、シビアな世界なんだな。年取ったらどうすんだ。俗世間じゃ、子供が面倒(めんどう)みるけどさ。年取ったら、病気とかもするし。」


「ここでは、あまり病気とかする者はいませんから、生涯現役ですよ。元気で働いていて、翌朝コロッとしているのが普通ですね。」


 エルは、つかれたように、あくびをした。


「ね、カガリビさん。ご飯食べたら、お昼寝してもいいよね。山小屋じゃ、よく眠れなかったから。」


「もちろんですわ。小さいのに、よくお父様と御一緒に旅をしてましたね。御立派ですよ、とても。」


 レックスは、


「でも先にフロに入れ。ちゃんと飯食ってからだ。カガリビって言ったよな。少し、ここに逗留(とうりゅう)してもかまわないか。いろんなことがあったから、おれはともかく、旅がはじめてのエルはつかれているんだ。イリアの式典まで、少しの間だけでも、ここで休養したい。」


「族長もそのつもりで、お世話をしろとおっしゃってました。イリアまでは、先ほどの騎竜隊がお供いたします。バテントス上空を通過すれば、一日もかかりません。大砲は、高い空までとどきませんので安心してください。」


「敵国の領地の上空通過かよ。あんたらも、いい度胸(どきょう)してんな。なあ、それでなんで、娘なんかバテントスにやったんだ。スザクからきいた話といい、()びる必要なんか、なかったろ。」


 カガリビは、意味ありげに笑う。


「それもふくめて、族長からきちんとお話があります。ですが、さきに、ゆっくりと体を休めてください。お話はそのあとで。」


 明るい陽射しの中に出た。どうやら頂上らしい。広い平地になっており、まさしく異国の御殿(ごてん)と呼ばれる建物が、そこにはあった。


 レックスは、変だなと思った。ドラゴンから見えた山は、頂上はごくふつうの山だった。木がいっぱいの。


 カガリビは、


「結界を張って、わからなくしてあるんです。ここは、族長の住まいともなっており、神事が行われる神聖な場所でもありますからね。入れるのは、ごく一部の選ばれた者達だけです。ですが、あなた様は別です。」


 レックスは、苦笑した。


「客だからか。なんか、すごい場所につれてこられたな。でも、いいのかよ、いくら客だからって、こんな俗っぽいおれなんか土足で入れてさ。」


「そうですね。いくら大切なお客様とはいえ、ふつうはお(まね)きしません。イリア国王でもね。でも、あなたは特別なのです。その理由も族長からきいてください。それと、あなたの中に入られている、お方。シエラ様でよろしいのですね。あとで、私についてきてください。お話がありますから。」


 カガリビは、レックスとエルを御殿へと連れて行き、その場にいた者にあずけ、シエラをつれてどこかに行ってしまった。レックス達親子は広い座敷(ざしき)に通され、お茶を飲んだあと、()き出ている温泉に案内され、旅の汗を流す。


 ノンビリと温泉につかっていると、先ほどまで旅を続けていたのが、ウソのように感じられる。時間が止まったような、そんな錯覚(さっかく)にもおちいっていた。


(きよ)らかって言うか、聖なると言うか、空気が下界とは全然違う。神殿の祈祷(きとう)所みたいな感じだ。カガリビか。十人、子供を産んだとは思えないな。四十くらいに見えるけど、あの水気だしな。)


 カガリビの美しい肢体(したい)脳裏(のうり)をかすめた。思わず、頭をブンブンふり邪念(じゃねん)をはらう。いっしょに入っていたエルが、顔を見つめていた。


「今、変なこと考えたでしょ。にやけてた。」


「湯につかりすぎて、のぼせただけだ。出るぞ。」


 温泉の脱衣(だつい)場には、よごれた旅装(りょそう)の代わりに、ここの部族の民族衣装が置かれていた。けっこう、ズルズルの衣装で、どうやって着用(ちゃくよう)したらいいのかわからず、二人とも四苦八苦しつつ、なんとかそれらしく体裁(ていさい)をととのえる。


 昼食は、見たこともない郷土料理ばかりだった。どれもが、素材を生かしたあっさりとした味付けで、しつこくなく、うまい。エルは、育ち盛りらしい食欲をみせ、パクパク食べていた。


 そして、食事が終わり、二人は寝室に通された。フトンが一組しかれていた。そして、その奥の座敷に二組。なんで、三つも必要なのかとレックスは首をかしげた。


 エルは、手前の座敷のフトンにもぐりこみ、まだ生乾(なまがわ)きの髪のままで寝てしまう。レックスは、寝る気もなく、エルのそばにすわっていた。


 ガラリと寝室の扉が開き、黒髪の二十歳前後の美しい女が入ってきた。レックスは、だれだろうと思ったが、それがすぐに、だれであるかわかった。


 黒髪の女が、気恥(きは)ずかしそうに頭をかいた。


「この体、かしてくれるって。霊体じゃあ、ロクなおもてなしもできないからってさ。」


 布団が三つあった理由がわかった。


「お前が、おれとシエラ以外の体を使うなんてな。お前に体をかしている娘は、どうしている。」


 シエラは、ペタンとレックスの前にすわった。


「彼女、巫女さんなんだよ。今は、眠っている状態かな。私に体、使わしてくれているあいだ、ずっとそうしているみたい。カガリビさんが、好きなように使ってもいいって。」


 レックスは、身を乗り出した。黒い髪に黒い瞳。肌なんか、若くてスベスベだ。それに、俗世間の女にはない清楚(せいそ)さがある。さすが、巫女だ。


「好きなように使えって言われてもな。夫婦で好きなように使われたら、巫女さん、こまるんじゃないのか。やっぱり、返してこいよ。事故なんて起こしたくないから。それに、ここは聖域だし、俗世間持ち込んじゃダメなんだろ。」


「お客だから、かまわないって言ってたよ。それに、ここの女達、十六になる前に、たいてい一人子供産んでるから、気にしなくてもいいって。この巫女さんも四歳と二歳の息子がいて、男達が育ててるってさ。


 下では、妊娠している若い女が、ゴロゴロいたよ。カガリビに案内されて、ここにくる時はわからなかったけど、子供もたくさんいた。けっこう、うるさい。まあ、エルと同じくらいの子もいるから友達になれるといいね。」


 二人は、ぐっすり眠っているエルを見つめた。シエラは、


「エル、よほどつかれてたんだね。安心しきって眠っている。このまま、明日の朝まで起きないんじゃないかな。」


「夕飯、どうすんだよ。きっと夜中に腹すかして起きるぞ。」


 シエラは、エルのフトンをかけなおした。寝相(ねぞう)が悪く、手足がはみでている。


「すごく、うれしい。また、こんなことができるなんて。リオンを育てていたころを思い出す。こうして肉体を持って、子供の世話ができるって幸せなことなんだよね。」


 レックスは、シエラを抱きしめた。


「黒い髪、よく似合ってるぜ。とてもきれいだ。お前、どんな姿をしていても、美人なんだな。」


「どんな姿をしていても、美人はよけい。体、かしてくれた巫女さんに失礼だよ。まあ、美人でなかったら、かりる気なんてなかったけどもね。」


「みえっぱり。でもまあ、そこがお前らしくていいや。」

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