九、山民(1)
異国のドラゴンも、やはり、紅竜達と同じ飛び方をする。次元をこえての距離短縮の旅だ。はるか下に広がる大陸東の景色がドンドン変化していき、昼前には、北部山岳地帯にある、カルディア族領内へと入った。
スザクは、もっとも高い山の中腹辺りに部隊を降下させた。バサバサとドラゴンが羽ばたきつつ、大きな広場に次々と舞い降りる。すぐさま、兵士が出てきて、ドラゴンを広間の向こうへと連れて行った。
最後に、白竜、紅竜が広間に到着した。レックスは、ドラゴンを馬へともどした。白竜はともかく、紅竜は大きすぎるからだ。スザクは、ここで待っているよう言う。風変わりな民族衣装を身にまとった、美しい女が三人ばかり、やってくるのが見えた。
その中の四十くらいの女が、レックス達の前に進み出た。スザクは、その女にひざをおり平伏する。スザクに合わせて、他の男達もそれにならった。どうやら、高位の神官のようだ。
「ようこそ、いらしてくださいました。私は、カガリビともうします。」
神官の女は、澄んだ声であいさつをした。エルは、父親の服をひっぱる。
「すごい美人。お母さんよりきれいだ。浮気しちゃダメだよ。」
と、しっかりきこえる声でいう。その場にいた者達は声をしのばせて笑った。女達は荷物を受け取り、紅竜と白竜をスザクにまかせたあと、カガリビの案内で、レックス達三人は、山の斜面にそうよう造られた町を上へ上へと歩いた。建物は、山ということもあり、平屋か二階建てくらいで、それほど大きくはない。
「この山は神官区です。神官と、神官につかえる巫女、それを守る兵士達だけが住んでおります。一般民は、下界で、他部族と変わらない生活をいとなんでおります。ここは、上り下りがはげしくて御不便をおかけすると思いますが御容赦ください。私達は、このような生活を、四千年にわたり続けていますから。」
四千年、気の遠くなるような年月だ。レックスは、
「四千年、エイシアの歴史の二倍だな。すごく古いんだな、カルディア族は。」
カガリビは、ほほえむ。
「下界の人間の感覚でいえば、そのように感じるでしょう。でも、四千年は、さしたる時間ではありません。下界の民にとっては四千年でも、私には、つい昨日のことのように感じられます。ここでは、時間は、あまり意味を持たないのです。」
「四千年が昨日?」
「ええ、いにしえの賢人や神々や聖霊達と話をしていると、そのように感じられてくるのです。俗世間をはなれ、山に住んでいるのも、静かな環境で見えない高次の存在と交信するためでもあるんです。それゆえ、大陸に住む者達は、私達をカルディア族と呼んでいるんです。カルディアとは古い言葉で、山に住む人、つまり山民を意味してますから。」
カガリビは山の洞窟へと入った。そして、うすぐらい道をさらに上へと進む。上に行くほど、空気が静寂となり澄み切って行き、俗世間とは明らかに違う神聖な趣につつまれていった。カガリビは、
「もう少しです。まずは、旅のつかれを癒すために、温泉にでもつかってください。御用がお有りでしたら、だれにでも声をかけてくださいね。」
エッジの足が、とまった。
「どうしてもここから先には進めない。スザクは、どこにいるんだ。おれは、男達といっしょにいたい。スザクからは、男女別れて生活してるときいたが、男達の住まいはどこだ。さっき通ってきた場所には、女しか見かけなかったが。」
カガリビは、
「申し訳ございません。陛下にお会いできた感激で、スザクにあなたのことを申し付けるのを忘れていました。男達の住まいは下です。さきほどの広間を左に進むと男の住まい、右が女の住まいとなっているんです。」
そして、荷物を持っている女の一人に、エッジを案内するよう言う。女は、エルの荷物をもう一人の女にあずけ、エッジとともに、もときた道を下っていった。
エルは、
「どうして、先に進めないんだろう。のぼってばかりで、つかれちゃったのかな。」
「まさか。あのエッジだぞ。猛獣並みの体力だけしか自慢できない男が、これしきの上りでへばるわけない。たぶん、だんだん強くなっていく、このシンセイに空気ってやつに、たえきれなくなったんだよ。」
カガリビは、
「陛下もよろしかったら、男達に会いに行ってください。陛下の御来訪をずいぶん、心待ちにしてましたから。」
レックスは、
「スザクから、部族について、いろいろと話をきいたんだけど、どうして、こうしているんだ。ふつうの生活どころか恋愛もダメみたいだしさ。」
「すべては、聖域を維持するためなのです。世俗を持ち込んでは、聖域を維持するのは困難ですから。」
「聖域ね。たしかにそうだな。エイシアでも、位の高い僧侶は、結婚なんていっさいしないしな。でも、おれとしては、さみしい限りだよ。恋愛もできないんじゃあな。」
カガリビは、笑った。
「恋愛しても、相手に執着さえしなければいいんです。ですが、むずかしい事でもあるんです。私も昔、そういう恋をした事がありますけど、執着を取るのにずいぶん苦労しました。巫女としての修行をつみつつ、子供を何人も産む過程ではしかたの無い事です。」
「あんたが好きになった相手ってだれだ。一人じゃないだろ。」
「俗っぽい質問ですね。まあ、恋愛はともかく、夫となった男性は数人いますよ。これでも、十人、子供を産みましたからね。」
レックスは、びっくりした。とても、十人産んだとは思えない。カガリビは、
「平均八人は、産みますよ。それくらい、産まないと数を維持できないんです。そして、修行を終え神官として合格した者は、部族内にある各地の神殿へと、それぞれ派遣されるんです。兵士達も神殿兵士として、各地へと派遣されます。私が産んだ子供達で、この神官区の山に残っているのは半分もいません。」
「神官として合格? じゃあ、巫女が全員神官になれるわけじゃあないんだ。」
「ええ、神官は、族長候補でもありますから、合格するには、それなりの能力が必要なのです。けど、神官だけでは仕事が回りません。神官に合格できる数は、非常に限られていますから、巫女の役目も重要なのです。」
「けっこう、シビアな世界なんだな。年取ったらどうすんだ。俗世間じゃ、子供が面倒みるけどさ。年取ったら、病気とかもするし。」
「ここでは、あまり病気とかする者はいませんから、生涯現役ですよ。元気で働いていて、翌朝コロッとしているのが普通ですね。」
エルは、つかれたように、あくびをした。
「ね、カガリビさん。ご飯食べたら、お昼寝してもいいよね。山小屋じゃ、よく眠れなかったから。」
「もちろんですわ。小さいのに、よくお父様と御一緒に旅をしてましたね。御立派ですよ、とても。」
レックスは、
「でも先にフロに入れ。ちゃんと飯食ってからだ。カガリビって言ったよな。少し、ここに逗留してもかまわないか。いろんなことがあったから、おれはともかく、旅がはじめてのエルはつかれているんだ。イリアの式典まで、少しの間だけでも、ここで休養したい。」
「族長もそのつもりで、お世話をしろとおっしゃってました。イリアまでは、先ほどの騎竜隊がお供いたします。バテントス上空を通過すれば、一日もかかりません。大砲は、高い空までとどきませんので安心してください。」
「敵国の領地の上空通過かよ。あんたらも、いい度胸してんな。なあ、それでなんで、娘なんかバテントスにやったんだ。スザクからきいた話といい、媚びる必要なんか、なかったろ。」
カガリビは、意味ありげに笑う。
「それもふくめて、族長からきちんとお話があります。ですが、さきに、ゆっくりと体を休めてください。お話はそのあとで。」
明るい陽射しの中に出た。どうやら頂上らしい。広い平地になっており、まさしく異国の御殿と呼ばれる建物が、そこにはあった。
レックスは、変だなと思った。ドラゴンから見えた山は、頂上はごくふつうの山だった。木がいっぱいの。
カガリビは、
「結界を張って、わからなくしてあるんです。ここは、族長の住まいともなっており、神事が行われる神聖な場所でもありますからね。入れるのは、ごく一部の選ばれた者達だけです。ですが、あなた様は別です。」
レックスは、苦笑した。
「客だからか。なんか、すごい場所につれてこられたな。でも、いいのかよ、いくら客だからって、こんな俗っぽいおれなんか土足で入れてさ。」
「そうですね。いくら大切なお客様とはいえ、ふつうはお招きしません。イリア国王でもね。でも、あなたは特別なのです。その理由も族長からきいてください。それと、あなたの中に入られている、お方。シエラ様でよろしいのですね。あとで、私についてきてください。お話がありますから。」
カガリビは、レックスとエルを御殿へと連れて行き、その場にいた者にあずけ、シエラをつれてどこかに行ってしまった。レックス達親子は広い座敷に通され、お茶を飲んだあと、湧き出ている温泉に案内され、旅の汗を流す。
ノンビリと温泉につかっていると、先ほどまで旅を続けていたのが、ウソのように感じられる。時間が止まったような、そんな錯覚にもおちいっていた。
(清らかって言うか、聖なると言うか、空気が下界とは全然違う。神殿の祈祷所みたいな感じだ。カガリビか。十人、子供を産んだとは思えないな。四十くらいに見えるけど、あの水気だしな。)
カガリビの美しい肢体が脳裏をかすめた。思わず、頭をブンブンふり邪念をはらう。いっしょに入っていたエルが、顔を見つめていた。
「今、変なこと考えたでしょ。にやけてた。」
「湯につかりすぎて、のぼせただけだ。出るぞ。」
温泉の脱衣場には、よごれた旅装の代わりに、ここの部族の民族衣装が置かれていた。けっこう、ズルズルの衣装で、どうやって着用したらいいのかわからず、二人とも四苦八苦しつつ、なんとかそれらしく体裁をととのえる。
昼食は、見たこともない郷土料理ばかりだった。どれもが、素材を生かしたあっさりとした味付けで、しつこくなく、うまい。エルは、育ち盛りらしい食欲をみせ、パクパク食べていた。
そして、食事が終わり、二人は寝室に通された。フトンが一組しかれていた。そして、その奥の座敷に二組。なんで、三つも必要なのかとレックスは首をかしげた。
エルは、手前の座敷のフトンにもぐりこみ、まだ生乾きの髪のままで寝てしまう。レックスは、寝る気もなく、エルのそばにすわっていた。
ガラリと寝室の扉が開き、黒髪の二十歳前後の美しい女が入ってきた。レックスは、だれだろうと思ったが、それがすぐに、だれであるかわかった。
黒髪の女が、気恥ずかしそうに頭をかいた。
「この体、かしてくれるって。霊体じゃあ、ロクなおもてなしもできないからってさ。」
布団が三つあった理由がわかった。
「お前が、おれとシエラ以外の体を使うなんてな。お前に体をかしている娘は、どうしている。」
シエラは、ペタンとレックスの前にすわった。
「彼女、巫女さんなんだよ。今は、眠っている状態かな。私に体、使わしてくれているあいだ、ずっとそうしているみたい。カガリビさんが、好きなように使ってもいいって。」
レックスは、身を乗り出した。黒い髪に黒い瞳。肌なんか、若くてスベスベだ。それに、俗世間の女にはない清楚さがある。さすが、巫女だ。
「好きなように使えって言われてもな。夫婦で好きなように使われたら、巫女さん、こまるんじゃないのか。やっぱり、返してこいよ。事故なんて起こしたくないから。それに、ここは聖域だし、俗世間持ち込んじゃダメなんだろ。」
「お客だから、かまわないって言ってたよ。それに、ここの女達、十六になる前に、たいてい一人子供産んでるから、気にしなくてもいいって。この巫女さんも四歳と二歳の息子がいて、男達が育ててるってさ。
下では、妊娠している若い女が、ゴロゴロいたよ。カガリビに案内されて、ここにくる時はわからなかったけど、子供もたくさんいた。けっこう、うるさい。まあ、エルと同じくらいの子もいるから友達になれるといいね。」
二人は、ぐっすり眠っているエルを見つめた。シエラは、
「エル、よほどつかれてたんだね。安心しきって眠っている。このまま、明日の朝まで起きないんじゃないかな。」
「夕飯、どうすんだよ。きっと夜中に腹すかして起きるぞ。」
シエラは、エルのフトンをかけなおした。寝相が悪く、手足がはみでている。
「すごく、うれしい。また、こんなことができるなんて。リオンを育てていたころを思い出す。こうして肉体を持って、子供の世話ができるって幸せなことなんだよね。」
レックスは、シエラを抱きしめた。
「黒い髪、よく似合ってるぜ。とてもきれいだ。お前、どんな姿をしていても、美人なんだな。」
「どんな姿をしていても、美人はよけい。体、かしてくれた巫女さんに失礼だよ。まあ、美人でなかったら、かりる気なんてなかったけどもね。」
「みえっぱり。でもまあ、そこがお前らしくていいや。」