八、誘導(2)
レックスは、男の顔をにらみつけるよう見つめた。
「ユードスって、ユードス・カルディアのことか。あの、バテントスの皇子の。」
「はい。ほうぼうさがして、どこにも見つけられず、バテントスと由来のあるカリス族にいるのではと思い、こうなってしまったわけなのです。つかまったついでに、ユードス様のことを調べてみましたが、どうやら、ここには、いないようです。あの、おねがいですから、そんなにこわい顔で見つめないで下さい。」
レックスは、シエラと顔を見合わせた。男は、
「あの、そちらの女性の方は霊体ですね。すぐにわかりました。」
シエラが見えると言う事は、この男は霊能者である。カルディア族には霊能者が多いと、ユードス・カルディアは言っていた。
「見えるのか。なら、信用できるな。おれはウォーレンだ。この女はメルーザ。こっちの男はカイサ。そして、この子はおれの息子で、マーシェって言うんだ。お前は?」
「スザクと申します。お見知りおきを。」
スザクとかいうカルディア族の男がいっしょだから、華麗にドラゴンで空から脱出、なんてできなくなってしまった。
けど、スザクは器用な男で、監視人やあちこちに駐留しているバテントス軍の目をかいくぐり、レックス達をたくみに誘導し、一週間かそこらで、カリス族領内から脱出してしまった。
そして、ナギ族に入ったあと、スザクは、足の速い馬が必要だとか言っておきながら、どこぞで調達したロバに乗り、ノンビリとレックス達のあとからついてきている。
レックスは、
「おい、スザク。カルディア族に行くには、この道でいいんだな。どれくらいかかる? 地図で見ると、カルディア族はずっと北だ。それに、その足のおそいロバは、なんだ。いそいでるんじゃなかったのか。」
スザクは、
「近道を知ってますから、それほどかかりません。もう少し、このまま進みましょう。二日ほどで、近道に出るはずですから。」
エッジとともに白竜に乗っているシエラは、
「スザクさん、近道と言っても、地図で見る限り、たとえ直線距離を使ったとしても、ひと月以上かかってしまわ。あなたの言う近道って、どんな近道なの。」
「それは、部族の秘密ですから。まあ、お楽しみと言うことで。」
三人の大人達は、すでにスザクを、ただの男ではないとわかりきっている。お勤め場からの脱走者という設定も、ウソに決まっている。
一行は、こじんまりとした町にきて、その日の宿をとった。二段ベッドが二つ置いてある相部屋しかない宿だった。
スザクは、部屋に入るなり、下段で寝てしまう。エルも一日中、馬にゆられていたので、スザクが寝ている反対側のベッドの上段にのぼり、こっちもスヤスヤと寝てしまった。
エッジは、町の酒場で飲むついでに情報収集している。帰ってくるのは、必要が無い限り朝だろう。
レックスは、
「エッジのやつも、いろいろといそがしい男だな。こうして、情報収集にかこつけて、遊んでんだろうな。ミランダは、よくなんにも言わないな。」
「ミランダは、自分達を大切にしてくれる限り、夫の行動には、とやかく言わない女なのよ。どのみち、エッジは風来坊で、家庭を持っていても、家なんかにおちつかないしね。」
「おちつかないか。年がら年中、どこかに行ってるしな。仕事というよりも性格なんだろうな。でなきゃ、こういう仕事はできないだろうしな。」
「でも、そろそろ年齢的にきびしくなってくる。エッジはもう、四十代よ。だから、バテントスが終わったら、現場から足を洗うって言ったのよ。まだ、がんばれるけど、それ以上がんばったら、今度は逆に自分が現場の足をひっぱってしまうからね。」
レックスは、ほほえんでいるシエラを見つめた。
「みんな、いつのまにか歳をとるんだな。エッジもおれも、留守番しているシエラもだ。お前だけか、いつまでも変わらないのは。」
目の前のシエラは、二十歳かそこらの姿をしている。シエラは、
「たしかに変わらないように見えるかもね。でも、ちょっとずつ変わってきてるんだよ、これでもさ。そして、いつかは、すべて変わってしまう時もくるはずよ。私が私ではなく、新しい私になった時にね。」
「次、生まれ変わる時か。そうだろうな。そして、その時は、おれもおれでは、なくなってしまってるかもな。そうやって、魂は、いろんな経験をつみながら、常に古いカラを脱ぎ捨てていくんだろうな。もう、寝よう。おれもつかれた。」
シエラは、レックスの体内に消えた。ポッと心が暖かくなる。シエラがいると、いつもこうだ。レックスは、ベッドに入り、さっさと寝てしまった。
翌日も、ノンビリとした旅だった。ロバに乗るスザクに、言われるままの道を進む退屈な道中だ。レックスは、エルといっしょに紅竜の背にゆられつつ、カリス族領地内とは天国と地獄の差だな、と感じていた。
レックスは、
「スザク、そろそろほんとのことを、話してくれてもいいんじゃないか。お前がおれ達の前に出てきたのは、できすぎている。」
スザクは、
「別に、できすぎてはいませんよ。まあ、町で吊るされた、かわいそうな脱走者といっしょに脱出したというのは、あなた方に近づくための方便でしたけどもね。ちなみに、ユードス皇子をさがしているのも方便です。そう言えば、あなた方が興味を持つはずですからね、エイシア国王陛下。」
「やっぱり、おれが目当てだったじゃないか。おれのウワサをきいたから、待ちかまえてたんだろ。でも、なんでわざわざ、あんなとこで待ってんだよ。ラベナ族の首都のエルバにくりゃ良かったじゃないか。」
「そうしろと族長に言われたからです。うちの族長は、あなたに、占領地にされたらどうなるか、見せたかったみたいです。だから、あそこで待ってたんです。いつどこで待てば、あなたに会えるか分かってましたから。」
エッジは、
「おいおい、お前んとこの族長は、まるで予言者みたいだな。いつどこで待てば会えるか分かるなんてな。」
スザクは、
「予言者みたいじゃなくて、予言者なんですよ。未来が見通せるのです。カルディア族は、その予言に従い、いろんな行動をしてきましたからね。」
レックスは、
「昔、クリストンには、お前んとこの部族が、バテントス兵として派遣されてきたぞ。それも予言かよ。」
スザクは、
「彼らは、あなたと戦うより、ユードス皇子を守るために、エイシアへと向かったのです。カルディア族は、皇子の母親となる娘はさし出しましたが、それ以上はさし出してはいません。
バテントスが、他民族で構成された軍団を派遣したとき、港に行き、軍団を送る船にまぎれこんだんです。バテントスは、東側から人質同然にさし出された兵士を、みんなまとめて奴隷軍団としてあつかってましたから、書類の人数がまちがっている程度にしか考えなかったですからね。
それで、適当なところで戦場から逃げ出して、サラサにもどり、ユードス皇子を逃がす手はずでした。ですが、あなたがお芝居をうってくれたおかげで、ずいぶん助かりましたよ。」
「まるで知ってるような話しぶりだな。お前、クリストンきたな。」
スザクは、笑った。
「昨日のように思い出しますよ。あの、双頭の白竜、すごかったですよ。まさか、ドラゴンなんてね。族長は、知ってたんでしょうけど、なんにも言わなかったですから、ほんとにびっくりしちゃいましたよ。」
「お前んとこの族長って、どんな男なんだ?」
「族長は女ですよ。カルディア族は、族長には神官がなるんです。その時の神官としての実力によって、族長が決まりますから、男女は関係ないんですよ。」
エッジは、
「神官ねぇ。と言う事はだ、カルディア族ってのは、他の部族とは違って、族長になるのに血縁は関係ないんだな。」
スザクは、
「いいえ、血縁がとっても濃いですよ。ものすごくね。部族の上位社会なんて、血縁関係だらけですからね。いえ、血縁関係しか無いと断言してもいいくらいですから。」
レックスは、
「どういう社会なんだ。第一、そんなに血縁が濃いと結婚とかできないだろ。」
「カルディア族はですね、他部族と少し変わっている部族なんです。社会の下のほうでの人々の暮らしは、ごく普通で、普通の結婚して家族関係とかも普通ですけど、上になると、神官と巫女と兵士だけになってしまうんです。神官をトップとして、その下に巫女と兵士がいて、部族全体を守り、まとめているんです。」
「神官と巫女と兵士ね。それのどこが血縁が濃いんだ。巫女も兵士も、一般の人達から選ばれるんだろ。」
「下からも選ばれたりしますよ。優秀な人がいたとか、人数的にたりなくなったとかしますとね。ですが通常は、巫女と兵士が結婚して、たくさん子供をつくるんです。
そのたくさん産まれた子供達が親の仕事をついで、基本的に男は兵士、女には巫女になるんです。そうやって、支配階級と、部族を守るための軍隊を構成してるんです。」
「兵士と巫女が結婚ね。そして、産まれた子供は、親の仕事をつぐ、か。けど、それじゃあ、軍隊と言っても小規模なものだろう。なんかあったら、部族を守りきれないんじゃないのか。」
「まあ、カルディア族は山岳地帯に住んでますから、攻められる事は、ほとんど無いですからね。あったとしても、族長の予言で、撃退してしまいますからね。」
エッジは、
「族長は、男よりも女が多いんだろ。巫女ってのは、神官と似たようなモンだしな。兵士は、血生臭い仕事が多いし、神官には向かないんじゃないのか。」
スザクは、
「基本と言ったまでです。男女の関係上、兵士と巫女となってますけど、若手の兵士は、兵士としての訓練を受けつつも、巫女と同じような修行も積むんです。巫女も体力に自信がある女は、兵士としての訓練を受けたりします。
それで、兵士から神官になり族長になる男もいれば、逆に巫女から兵士になる女もいます。まあ、個人の才能に応じて臨機応変ですね。私は、兵士としての才能しか無かったですから、このとおりですけどもね。」
レックスは、
「じゃあ、かなり血縁が濃いんだな。血縁だらけだと、いくら兵士と巫女が結婚するとはいえ、相手を選ぶのは、かなり不便じゃないのか。下手すれば姉妹兄弟に近い相手と、いっしょになったりするんじゃないのか。」
「・・・理解がむずかしいと思いますけど、我々の部族では、より濃い血が喜ばれるんです。サラブレッドをつくるためにそうしてるんです。兵士も巫女も数に限りがありますから、少数精鋭で行くために、そうしているんです。
ですから、完全に父親と母親が同じでない限り、気にしないんです。それに結婚とは言っても、正確には、子供をつくるためだけの結婚です。吉兆を占って、その時の相手を決めたりもしますから、特定の相手は、ほとんどいません。
ま、こういうのって、他では理解されにくいんですよ。そういう理由ですので、あんまり、他部族とは親しくしていないんです。いや、親しくできないんです。理解されないから。」
「じゃあ、恋愛とか無いのかよ。だれかを好きになって、その人と結婚していっしょに住みたいとかさ。」
「上位社会では、男女はそれぞれ別に暮らしています。子供をつくる時だけ男は女のとこに行き、妊娠したら、それでお終いになります。ですから、通い婚です。相手に執着しないんです。みんなして、そういうものだと思ってますからね。
ですが、例外はどこにでもありますよ。どうしてもそうしたいと思ったら、族長の許可を取り、下へと降りて行き、一般の領民と同じ暮らしへともどります。兵士と巫女ではなく、ふつうの領民としての暮らしにもどされるんです。」
「なんか、いやな社会だな。結婚したいと思った時点で追い出されるのか。」
「ですから、理解されにくいと言ったんですよ。」
「すまん。言葉が悪かった。きかなかった事にしてくれ。」
エッジは、
「おれは、めんどくさくなくていいと思うがな。一人の女にしばられずにすむしな。」
レックスは、
「お前がそう言ったの、ミランダに教えてやろうか。」
エルは、父親を見上げた。
「つまり、浮気しても怒られないんだね、カルディア族って。父ちゃんも、カルディア族だったら、よかったんじゃない。」
「どう理解すれば、そういう結論になるんだ、こら。もう、うんと反省したよ。マーレル帰っても、だれにも言うなよ。男同士のヒミツだ。もし、バラしたら、お前がユリアに浮気したって、マルーにしゃべってやる。」
「息子をおどす、ひどい父親もいるもんだね。サイテイ。」
「いまごろ気づいたか。まだ、ユリアが好きか。」
エルは、うなずいた。
「うん、大好きだよ。でも、マルーにも会いたい。なんか、さびしくなっちゃった。」
「そうか。じゃ、帰ったら、みんなして仲良くしような。旅の話をいっぱいきかせてやろう。ただし、浮気はのぞいてだ。」
この日は、こんな調子で終わり山小屋で夜を過ごし、翌朝、目がさめたら、霧が山をおおっていた。
朝食をすませたあと、スザクが、するどい指笛をふく。霧の中を指笛がこだました。ややあってから、空から五つの大きなカゲが、レックス達の前に下りてきた。
灰色のドラゴンだった。大きさは白竜よりやや小さい。灰色のドラゴンには、それぞれ兵士らしき男が乗っていた。スザクは、
「カルディア族の騎竜隊です。私は、騎竜隊で副隊長をしているんです。ここから先は、我が騎竜隊がカルディア族までお送りします。」
エルは、はじめてみる異国のドラゴンに目を見張った。レックスは、
「ほんとにいたんだ。騎竜隊って。」
スザクは、
「この山は、この時期、毎朝、霧が出ます。だから、ここまでお連れしたのです。騎竜隊を他部族の者に見られないようにね。さ、あなたの御高名な真紅のドラゴンと、雪のように輝く白いドラゴンを見せてください。我が一族は、ドラゴンを駆る王を歓迎します。」