八、誘導(1)
レックスとエルは、約束通り一日遅れでカリス領地内へと入った。そして、ルート上にある、小さな村をめざす。
(とりあえず、行けるとこまで行ってみよう。カリス族の首都まではむずかしいだろうが、ギリギリまでねばりたい。)
レックスは、紅竜を村はずれへと下ろした。手早く荷物を紅竜の背からおろす。馬車はすでに処分してきたので、荷物は持てるだけとなっていた。そして、馬にもどした紅竜を地味な色合いに変え、自分達親子は、フード付きマントに身をくるみ、紅竜へと乗った。
エルは、フード付きマントは暑いとぼやいた。だがこれは、カリス族の旅人の平均的な服装だったので、暑くても脱ぐわけにはいかない。それに、この美形親子ではめだちすぎてしまう。
畑をたがやしている年老いた農民に会った。村の様子をきく。農民は、耳がきこえないふりをして、畑仕事に没頭していた。レックスは、あきらめて馬をすすめた。
エルは、
「なんか、愛想が悪い人だね。暑さで機嫌が悪いのかな。」
「よけいな口はきくな。ここは敵地だしな。さっさと村に向かって、水をもらおう。おれも暑くてたまらん。」
小さな集落だった。庭仕事をしている老婆に銀貨をわたし、水と食料をわけてもらおうとした。老婆は、目をゴシゴシこすり、二人を見て驚いた。そして、何かにおびえるよう、周囲をキョロキョロと見回す。そして、
「お前さん達、どこからきなさった? ここは、ナギ族との境に近いから、ナギ族の者か。なんの用があるか知らんが、さっさとナギ族に帰りなされ。小さな子供がおるなら、なおさらだ。それに、この金は使えん。」
「この金は使えないのか。ここらで一般に使われているはずだが。」
「知らないようだから教えてやるが、ここでは、バテントスが出した金以外、使ってはいけないことになっている。水はただでやるから、さっさと出て行ってくれ。」
「バテントスの金だって? いったい、どんな金なんだ。」
老婆は、懐から袋を出した。バテントス帝国の紋章の焼印が押されてあるだけの、小さな木札だった。
「それが金? そんなものだったら、いくらでも偽造できるじゃないか。それじゃあ、まともな生活だってできないだろ。」
老婆は、周囲をまた見回した。さっきから、何を警戒しているのだろう。
老婆は、
「さっきの金、たしか銀貨だったよな。監視人がいないみたいだから、この金と取りかえてくれ。食料もわずかだがわけてやる。たのむ。」
どうやら、裏金として今まで使われていた貨幣が出回っているらしい。レックスは、言われるままに交換した。老婆は、
「たすかった。これで、しばらくはしのげる。よいか、お前さん達。なんの理由があって、こんなとこに来たのか聞かぬが、モノを買いたいときは、その木札にしのばせて銀貨をわたすんだ。
売り手が、手で小さく値段を教えるから、ちゃんと見ておくんだぞ。ただし、監視人が見てない時だけじゃ。でなきゃ、まともに物など買えぬ。さ、さっさと行ってくれ。見られたら、ただではすまんからな。」
「おい、監視人ってなんなんだよ。」
老人は、そそくさと家の中に逃げ込んだ。レックスは、なんのことかわからず、もう少しだれかの話をきこうとして、そのまま村をうろついていた。だが、レックス達の姿を見たとたん、村人達は姿を消すか、知らない顔ばかりをする。それに、老人ばかりが目につく。
ピリリーッと音が響き、若い男が走ってきた。そして、身分証を見せろと言う。レックスは、これが監視人かと思い、紅竜に飛べと命じて逃げた。
空でエルは、ホッと胸をなでおろしていた。
「なんなんだったの、さっきのは。でも、あのおばあさん、ずいぶんおびえていたね。監視人って、そんなにこわいのかな。」
「さっきの村、小さな集落だったが、人が少なすぎる。それに、老人ばかりだった気がする。」
エルは、皮袋につめた水をゴクゴクと飲んだ。そして、プハーッと息を吐き水袋を父親にわたす。レックスは、水を飲んだあと、老婆からもらった木札を見つめた。
いつ見ても嫌なものだと思った。バテントスの紋章は、角の生えた山羊だ。山羊は、国家に奉仕する従順な労働者を意味しているらしい。労働者こそ、国家の象徴であるから、山羊のマークだ。労働者=山羊、すなわち家畜である。
レックスは、木札をしまった。そして、ルートに従い飛び、上空からいくつかの町や村を観察しつつ、最初の合流地へと到着する。そこは、町のはずだった。だが、町とは思えないほど寂れている。
老人ばかり町。ここにくるまでの村や町は、すべて老人ばかりだった。いったい、若者と子供は、どこにいるのだろう。いや、監視人と呼ばれる者は、男女問わず若かった気がする。
エッジとシエラは、この町には、まだ到着していなかった。とりあえず、町に一軒だけの宿へと向かう。宿の老人が、若いレックス達親子を見て、驚いた。
「まだ、子供が残ってたなんて。あんた、どこに住んでたんだ。」
「え、ああ。となりの部族領地との境の山だ。ナギ族の村のほうが近い。こっちきたのは、はじめてだ。」
老人は、あきれたようだ。
「いったい、どんな山に住んでたんだ。まあ、そういう人間もいるらしいがな。じゃ、ついに見つかったんだな。それで、お子さんは学校に、お前さんは、お勤め場に出るってことか。」
「学校? ああ、学校にだ。悪いが、部屋を使ってもいいか。つかれているんでな。馬をあずかってほしい。」
「表にいる赤茶か。でかい馬だな。わかった。部屋は奥だ。馬はこっちで厩舎に入れて世話をしておくから。」
レックスは、奥へと向かった。老人は、ささっと表に出て、紅竜を厩舎に入れたあと、どこかへと向かう。そして、まもなく監視人を数人つれ、もどってきた。
レックス達親子は、つかまってしまった。宿の老人は、監視人から、バッジをもらう。
「よくやった。こいつらは脱走者だろう。お前は今日から、四等市民から三等市民に格上げする。あと、一等上がれば、首都に永住することができ、老後が保障される。これからも、本国のために奉仕するように。」
老人は、うやうやしく頭を下げた。エルは不安そうに父親を見上げている。親子は、警察署みたいな建物へとつれてこられたあと、レックスはエルと引きはなされ、地下牢に入れられた。
先客がいた。ボロボロになった中年の男だ。レックスは、ピアスを使い、傷の痛みを和らげてやる。男は目を開けた。レックスは、
「おい、ひどくやられたようだな。だれにやられたんだ。」
ヒッと男は悲鳴をあげた。そして、レックスから逃げるよう、すみに縮こまる。何かにひどくおびえていた。なんとかなだめ、男は、やっと口を開いた。
「お勤め場から逃げたんだよ。けど、つかまってこのザマだ。罰と称されて、拷問にあった。もう少しで死ぬとこだった。どのみち、もうおしまいだ。お勤め場にもどされれば、あとはひどい仕事にまわされて死ぬしかない。」
「お勤め場ってなんなんだ。そんなにひどいとこなのかよ。おれ、外国人で、つかまったばかりで、なんにもわからないんだ。」
「バテントスに送る物資を生産する工場みたいなとこだ。あちこちの町や村からあつめられた男女が働かされてるんだ。おれは、あまりのつらさに、お勤め場の監視人の目をぬすんで逃げたんだ。」
「だから、町や村には老人しかいなかったのか。じゃ、子供は? 学校とか言ったな。」
男は、苦笑した。
「学校ね。たしかに学校だ。頭の良さそうな子や体力がすぐれた子を選び、バテントスの手先に仕立て上げる場所だ。その中でも特に優秀な子は、バテントス本国に送られ、それなりの地位につき、それ以外の優秀な子は、監視人になったり、帝国軍の幹部候補にされる。そして、選ばれなかった、その他おおぜい子供は大人と同じ工場か、兵隊にされるんだよ。」
レックスは、あぜんとした。バテントスが、あのままエイシアを占領していたら、農地どころか、こうなっていた可能性は高い。
「族長は、どうしているんだ。そんなひどいことをされて、だまっているのかよ。」
「族長は、領民を売りわたしたんだよ。自分達の身の安全と引きかえにな。」
男は、ウ、となった。そして、いきなり床に血を吐く。
「毒を飲まされてた。もう、生かす価値はないと言うことか。」
男は倒れた。レックスは大声を出した。まもなく、監視人がきて、男の体を引っぱっていく。レックスは、ガチャンと無慈悲にしめられる、牢の扉を見つめるしかなかった。
エルが心配になった。引きはなされて、どこに連れて行かれたのだろう。現状を見るために、わざとつかまったとはいえ軽率だった。
レックスは、ピアスを使い牢のカギを開けた。そして、牢屋番をしている監視人におそいかかり、息子はどこかときく。どうやら、一階廊下のつきあたりの奥の物置に閉じ込められているようだ。レックスは、牢屋番を気絶させ地下から一階へといそいだ。
そして、監視人の目をさけつつ、廊下の奥の物置へと行き、猿ぐつわをされているエルを見つけ、あとは適当にあばれつつ外へと出た。そして驚いた。
この建物は、町の広場に面している。さきほど毒殺された男が、絞首台みたいなモノに、見せしめのために吊されていた。かたわらに、脱走者との文字。無残な遺体を見たエルは悲鳴をあげてしまう。
町に出ていた監視人が、こっちに向かって走ってくるのが見えた。レックスは、悲鳴をあげ続けているエルをかつぎ走った。そして、紅竜を呼び、すぐに現れた紅竜に飛び乗り、町を脱出しようとした。
「待ってくれ。おれも乗せてくれ。」
一人のうすぎたない男が、紅竜の前に飛び出た。レックスは、あわてて紅竜をとめる。男は、
「たのむ、乗せてくれ。おれは、広場の男の仲間だ。つかまったら、おれも、ああなってしまう。その大きな馬なら、大人を二人くらい乗せられるはずだ。たのむ、助けてくれ。」
後ろから、監視人が馬に乗り、追いかけてくる。町にこだまする笛の音。レックスは、男を引っぱりあげた。
レックスは紅竜のスピードをあげた。拾ったオプションが後ろにいるので、空へと逃げることができない。レックスは、ピアスを使い、追いかけてくる監視人達に幻術をかけた。
監視人達の動きがとまった。その場でウロウロとしている。幻術にかかり、逃亡者を見失ったようだ。
レックスは、町からうんとはなれた山の中で、やっと紅竜をとめた。さすがドラゴン。全速力で走らせたのに息一つ乱れていない。レックスは、拾った男を紅竜からおろした。
「ここまできたら、もう大丈夫だろう。おれ達は、ツレをさがす。お前を助けるのはここまでだ。あとは好きにしろ。」
男は、
「そんな。こんなとこで、放り出されたら捕まってしまいます。おねがいです。いっしょにつれてってください。」
「だめだ。さっきは、めんどうだから馬に乗せたが、これ以上、おれ達にまとわりつくな。さっさと行け!」
エルは、
「父ちゃん、さっきの男の人みたいになったら、このおじさん、かわいそうだよ。助けたんなら最後まで助けてあげようよ。あ、もう一人のお母さんだ。」
白い雲が、すぐそばの林へと落ちた。そして、まもなく、白竜に乗ったエッジが姿を現す。レックスは、
「エッジ、お前、どこにいたんたよ。町で待ち合わせの予定だったろ。」
エッジは、
「この近くに、バテントスの駐屯地があるんだよ。さきにそっちを見に行ってたんだ。そっちの男は?」
「ああ、これ。拾ったんだよ。町で、えらい目にあった。エッジ、水を持ってないか。エルに飲ませてくれ。」
レックスは、エルに水を飲ませつつ、町でのできごとを話した。エッジは、
「おれもお姫様も、まさか、ここまでひどいとは想像もしてなかった。町なんかで合流するのは無謀だった。そろそろ、お前達が来るだろうと思って、町へ急いでたんだよ。入る前に見つけようとしてな。けど、おそかったみたいだな。」
「でも、そのおかげで、だいたいの現状はわかってきた。若い連中は労働者、そして、老人からは金をとりあげ、どこにも逃げ出せないようにして、この国にしばりつけている。抵抗できないわけだよ。魂をぬかれてしまっている。」
レックスは、懐から木札を取り出した。それを捨て、クツでふみつけた。
エッジは、
「そろそろ日が暮れる。山小屋を見つけたら、今夜はそこで過ごそう。明日早く、こんな場所、オサラバした方がいい。食料は、いくらか調達してきている。」
「ああ、そうしよう。首都の様子を見たかったが、もういい。」
だまってきいていた男が、おずおずと声をあげた。
「あのう、御一緒してもいいんですよね。そこの坊ちゃんが、助けてくれるって言ってましたから。」
レックスは、しぶい顔をした。
「お前、お勤め場から逃げてきたんだよな。ここの事情にもくわしいんだよな。助けてやるかわり、話をきかせろ。」
男は、
「はい、なんでも話します。ちなみに、私はカリス族の者ではありません。たまたま用があり、この土地へきただけなのです。それで捕まってしまい、お勤め場には二ヵ月いました。」
エッジは、
「おい、お前、よけいなことは考えるなよ。」
「なんにも考えません。もう、空腹で、死にかけてますから。」
エッジは、やれやれと首をふった。山小屋で、男はエッジの監視のもと、工場の話をした。
「ここから南に下った場所に、広大な平地があるんです。そこで、私は畑仕事をさせられていました。小麦をつくったり、野菜を収穫したりです。そこは、農地だけでしたが、別の場所に行けば、生活品などをつくる工場もあるときいています。」
「その収穫物は、すべてバテントスに輸送されるのか。」
「だいたいはです。でも、我々の食料も必要ですからね。給料? そんなもの出ませんよ。ただ、家畜のように働かされておしまいです。解放されるのは、老人になってからだとか。結婚はできますよ。ですが、子供があるていど大きくなると、学校に強制的にとられてしまいます。バテントスと友達になって四十年、このような状態にされてから、三十年だそうです。」
「お前、これからどうするんだ。行くあてでもあるのか。」
「部族に帰ります。あの、よろしかったら、そこまで送ってってもらえませんか。助けていただいた、お礼がしたいので。」
エッジは、
「いっしょするのは、カリス族領地内だけだ。となりのナギ族領地へ入ったら、そこでおしまいだ。礼などいらん。さっさと、おれ達の前から消えてくれ。」
「私は、カルディア族の者です。族長の御命令で、行方不明となられた、ユードス様をさがしていたのです。それで捕まったんです。ですから、足の速い馬が、どうしても必要なのです。私から部族への定期連絡が滞っていますので、今度は私をさがしに、部族の者がここへきて、また捕まってしまいますから。」
レックス達は、びっくりした。