六、接触(2)
病院にやとってもらうことになったレックスは、手狭な寮に荷物をいれ、荷馬車と馬は敷地内であずかってもらう手はずをととのえ、その翌日から仕事に入った。
カイサの言ったとおり、目が回るほどいそがしい。食事、入浴、フロ、トイレ、男性病棟はまだいい。女性病棟に、応援にきてくれと言われて行ったら、応援の仕事よりも、レックスの美貌にさわぎ立てた御婦人方の接待だけで終わってしまった。
そして、夜になりやっと仕事が終わったレックスは、寮のかたいベッドで、ぐったりしている。エルは、
「父ちゃんでもへばることあるんだね。はじめて見たよ。」
「なれない仕事したんだ。体がつかれたと言うより、気を使いすぎてつかれた。お前、あの子とうまく友達になれたか。」
「まあね。でも、内気な子だよ、マーシュ君。弟みたいだけど、リオンとぜんぜん違う。リオンは、暴れん坊だしさ。」
「で、何、話したんだ。」
「うーん、お空の星のこと。あの子、星が好きなんだよ。いつか、星がいっぱいの夜空を、流れ星のように飛んでみたいって言ってた。」
「あの子のお母さんに会ったか?」
「朝から、きてるよ。マーシュ君のこと、よろしくって言われた。お姉さんになってくれってさ。」
「気に入られたのか、よかったな。」
「ね、父ちゃん、父ちゃんのこと、マーシュ君のお母さんに話してみる? うまくすると、族長さんに会えるかも、あれ?」
レックスは、もう寝ていた。よほどつかれていたようだ。エルは、父親の体の下から毛布をひっぱりだし、かけてやる。そして、つかれた寝顔にキスをした。
(大好きだよ、父ちゃん。)
エルも寝てしまった。
二日後、レックスは、マーシェのいる個室へと向かった。マーシェは南側にある族長一族専用の病棟にいる。専用病棟には、監視がいて、出入りの人間をチェックしていた。
「ウォーレンです。院長の指示でまいりました。通してくれませんか。」
「フラムさんのお父さんですね。お話はきいております。どうぞ、お通りください。マーシェ様がお待ちです。」
監視は、専用病棟に通してくれた。マーシェの病室の扉のそばで、エルはレックスを待っていた。
「うまくいった? 父ちゃん。」
「ああ、よくやったな。うまい具合に、マーシェに、おれに興味を持たせてくれたな。」
「マーシェは、ぼくが旅してるって言ったら、旅の話をききたいって言ったんだ。それで、ぼくよりも、父ちゃんにきいたほうがいいって言ったんだよ。」
レックスは、エルの頭をなでた。
「それが、よくやったと言ってるんだ。母親は、きてるか。」
「きてるよ。マーシェ君とお話してる。父ちゃん、マーシェ君のお母さん、すごくきれいな人だから、浮気なんかしないでね。」
「しつこいな、お前も。」
レックスは、失礼しますと病室に入った。エルもあとからついてくる。レックスよりずっと年下の若い母親が、レックスを見て軽く会釈をした。
エルは、
「マーシェ君、この人が、私の父ちゃんだよ。昨日、会いたいってマーシェ君言ったから、連れてきたよ。」
青白い顔をした男の子が、ベッドからほほえんだ。若い母親が、
「イリアから、いらしたというのは本当ですか。息子がそれで、あなたに興味を持ってしまって、どうしても会いたいと言い出したものですから。息子に、イリアの話をきかせてやってくれませんか。私は、宮殿以外のイリアは、あまり知りませんから。」
レックスは、ギクリとする。
「あ、あんた、いやあなた様はひょっとして、イリア王女様? こんなにお若かったのですか。おれ、いや私はてっきり、もっとお歳を召した方かと、いやその失礼。だって、きいた話では、族長は、もう五十近くになるとかなんとか。」
王女は笑った。
「私、まだ十九歳ですわ。マーシェは、私が十五の時に産んだ子です。私、七歳で、ここへお嫁にきましたから。」
七歳と言ったら、マルーがマーレルにきた年齢よりも下ではないか。
(マジ? 七歳と、当時三十半ば過ぎくらいの男が結婚したのかよ。夫婦より、父娘じゃないか。あれ、でもなんか変だな。昨日、入院患者からきいた話では、族長には、二十を過ぎた子供が何人かいるって言ってた。と言うことは。)
王女は、
「そんなに驚かないでください。一般では、非常識な年齢かも知れませんけど、イリアの王族ではふつうなんです。身分的に、正妻になってますけど、その役割をしている方は他にいらっしゃいますし、私は娘ですね。」
レックスは、あせった。
「あ、すいません。でも、それじゃあつらくないですか。正妻なのに娘なんて。」
「気にしませんわ。主人も、主人の子供達も、私を大事にしてくれますし、それに、そのほうが、もとからいた妻達の手前、よいのです。私、新参者ですから。」
レックスは、この若い母親の気持ちがわかるような気がした。かつての自分も、マーレルの新参者として、もとからいた者達に、ずいぶん気を使ったものだ。
「それよりも、イリアの話をきかせてやってください。旅の話もおねがいします。」
レックスは、ライアスにバトンタッチした。イリアの話なんて、報告書以外知らない。
王女は、エイシア人であるレックスを、イリア人と信じて疑わなかった。今のイリア人は、王女もふくめて非常に混血が多い。国の北と南では、顔立ちや肌の色が驚くほど違う。
王女は、ライアスの話を、マーシェよりも熱心にきいていた。時々、涙ぐんでいるところを見ると、一人異国に嫁いでくる辛さや悲しみが、どれほどのものだろうと考えさせられてしまう。
マーシェは、
「ねぇ、またきて、お話してね、フラムのお父さん。ぼくのお父さん、いそがしくて、お見舞いにきてくれないから。」
母親は、
「私からもおねがいします。院長にたのんでおきますね。」
レックスは、専用病棟をあとにして、また決められた仕事に取りかかった。そして夕方、院長室に呼び出され、専用病棟に配属された。専用病棟にいるのは、今のところ、マーシェだけだ。つまり、マーシェ専用なのである。
翌日、レックスが、マーシェの病室に顔を出したら、朝からきているはずの母親は、まだきていなかった。どうやら、今日はおくれてくるらしい。レックスは、看護というよりも子守だなと思いつつ、マーシェに色々な話をしていた。そのうち、調子に乗り始め、ドラゴンの話をしてしまう。
「おれの知り合いが、エイシア島にいるんだ。そいつからきいた話なんだけど、そこの王様は、真っ赤なドラゴンを従えてるそうだ。そのドラゴンは、ふだん、真っ赤な馬に姿を変えていて、王様以外、命令はきかないし乗せない。王様が、ドラゴンに飛べと命令すれば空を飛び、馬車で何日もかかる道を、すぐに飛んで行ってしまうらしい。」
エルは、調子に乗りすぎと父親の背中をつっつく。マーシェは、
「ぼく、カルディア族の騎竜隊の話ならきいたことあるよ。でも、ドラゴンなんて、だれも見たことがないって。騎竜隊もほんとにいるか、お父さんでさえも知らないんだ。エイシア島にもドラゴンがいて、王様が従えてるなんてすごいね。きっと、ものすごく偉い王様なんだね。」
「いや、それほどでも。必要にせまられたから、強引にたのみこんで従えて、」
エルが、レックスの足を思いっきりふんづけた。
(正体ばれちゃうじゃないか。ったく、自分からバラしてどうするんだよ。)
マーシェは、
「空を飛べるのか。いいな。」
レックスは、
「そう言えば、お前。夜空を飛んで星を見てみたいなんて言ってたな。星が好きなのか。」
「好きじゃないよ。夜はこわいもの。でも、ぼくがもうすぐ行く場所だから、見ておきたいと思ったの。そうすれば、死ぬのこわくなくなるかもしれない。あ、お母さんにはないしょだよ。」
シンとなった。気まずい。コンコンと音がする。たすかったと思った。母親が、若い男とともに病室に顔を出した。
「主人の長男のバイスです。フラムちゃんとお父さんの話をしたら、どうしても会いたいと言ったので連れてきたのです。この人、イリアに興味があるんです。」
精悍な顔つきの若者である。レックスの顔を見たとたん、不機嫌になったところを見ると、どうやら、この若い母親に気があるようだ。
(何がイリアに興味あるだよ。心配になって、偵察にきただけじゃないか。しっかし、無理もないな。歳も近いし、これだけの美人なら、いくら親父の嫁だと言っても、どうしようもないよな。)
母親の様子も観察してみる。こっちも、無理もないようだ。レックスは、めんどくさくなって、長男坊を病室からつれだした。そして、うんとはなれた場所で、露骨に問いただしてみる。怒るかと思ったが、長男、バイスと紹介された男は笑い出してしまった。
「まいったな。あなたのような人は初めてだ。あなたの言うとおりですよ。父が、彼女を子供あつかいして、相手をまったくしないんです。結婚した当初からです。彼女と実質、夫婦なのは私なんですよ。マーシェも私の息子です。マーシェは知りませんがね。」
「歳がはなれすぎているからな。それに、七歳の嫁さんもらったって、養女とおんなじだしな。だから昨日、正妻の役目をしている女が別にいると言ったのか。このことは、親父は知ってるのか?」
「知らないはずないでしょう。家族なのですからね。まあ、公認の仲ですよ。」
「じゃなんで、最初からお前の嫁にと、イリアから彼女をもらわなかったんだよ。そしたら、こんなややこしいことにならなかったじゃないか。彼女、昨日、イリアの話きいて泣いてたぞ。立場的につらいんじゃないのか? いくら、公認の仲だからってさ。」
「その時は、どうしても必要だったからです。父は当時、族長の地位を他の男と争ってたんです。その戦いに勝つために、どうしてもイリア王女が必要だったんです。それで、イリアの援護を受けて、族長になれたんですから。」
レックスは、ため息をついた。
「じゃ、もう彼女は必要ないだろ。父娘関係でしかなかったら、さっさと離婚して、お前に彼女をわたせばいいじゃないか。」
「それができたら、なんの苦労もしないんですよ。彼女は、父の妻です。たとえ離婚したとしても、父の妻だった女を息子が妻とすることは、許されることではありません。」
「めんどくさいさ。好きなんだろ。実質夫婦なんだろ。」
「そうですが、部族の者が賛成しませんよ。どうあっても無理です。このままでいるしかないんですよ。私は彼女を愛していますし、妻としているのは彼女だけですから。」
「じゃ、親父におれを会わせろ。話つけてやるから。」
さすがにここまできて、長男バイスも、目の前の男に疑問を感じ始める。
「あなた、いったいだれですか。イリアからきたという話ですが、本当にイリア人ですか。昔、エイシア島から同盟を持ち込んだ男と、言葉の感じが似ています。父に話をつける? 族長の父が、ただの看護人に会うはずもないでしょう。それを会わせろと言うあなたは、本当は何者なのですか?」
レックスは、ドキリとした。
「あ、いや。すまん、つい興奮して。彼女の昨日の涙を見たからだと思う。それに。」
エルが、走ってくる。
「父ちゃん、マーシェが、マーシェが紫色になってビクビクしてるんだ。ケイレンだってお母さんが。」
バイスは、真っ青になった。マーシェの名前を呼び、飛んでいく。病室には、カイサがすでにきていた。マーシェは、蒼白となり、激しくケイレンをし、今にも息絶えそうだ。
カイサは、
「マーシェ様はすでに、なんどかケイレンを引き起こしています。体力的にはもう限界ですし、ここまでひどいケイレンならば覚悟した方がいいでしょう。できる限りのことはしてみますが。」
そんな・・・、マーシェの母親はバイスの胸に顔をふせた。エルは、なんとかしてと父親の顔を見上げる。レックスは、カイサにマーシェの病気をたずねた。
カイサは、
「心臓だよ。産まれつき、心臓が悪いんだ。よく、ここまで持ったものだよ。ふつう、もっと小さいうちに死んでいる。」
レックスは、ピアスを杖にもどした。ピアスがとつぜん、長い黄金の杖に変化したのを見て、母親を始め、バイス、カイサはびっくりする。レックスは、
「ライアス、力をかしてくれ。心臓の機能を正常にもどす。エルの友達を決して死なせはしない。」
レックスは、杖をマーシェの心臓につきさした。スッと食い込むのを見て、母親は気を失いかけた。バイスは、何をするとレックスにつかみかかろうとしたが、ライアスが現れ、バイスをおさえた。
「信じて。必ず治るから。彼は、奇跡の王だ。」
レックスは、もてる霊力をすべて杖へと集中した。マーシェのケイレンがおちついてくる。まもなく、パクパクしていた呼吸が正常にもどり、体の紫も消え、スヤスヤと眠っていた。
レックスは杖をぬいた。母親とカイサが急いで、マーシェの胸を見る。傷一つない。そして、杖には血などなかった。三人は顔を見合わせた。ライアスが、マーシェの状態を調べ、もう心配ないと言い、消えた。
カイサは、
「心臓の音が正常にもどっている。何が起こったんだ。ウォーレン、その髪、お前、金色だぞ。」
レックスは、自分の髪を見た。どうやら、強い霊力を使ったせいで、染めた色が取れてしまったようだ。レックスは観念した。
「これが、おれの地毛なんだよ。黒く染めてただけだ。この子の本当の名前は、エルシオン。男の子だ。そして、おれは、まあ信じるかどうかしらないが、レックス・ダリウス・レイ。とうぜん、エイシアの国王だ。」
バイスは、
「エイシアの国王。お前がか。あの奇跡の王?」
「族長に会わせてくれ。そのために、こうして忍んできたんだから。」