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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
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六、接触(1)

 ひょんなことから同伴(どうはん)するはめになった、カイサと言う医者、馬車に乗せた瞬間から、メルーザのことをグチり始めた。


「たしかにいい女だ、メルーザは。今でも、あの色気だしな。若いときなんて、ゾクゾクするほどの美人でさ。それこそ、あっちこっちから、引き手あまただったんだ。けど、跡継ぎだったんで、あのジジィが(かた)(ぱし)から(ことわ)ってた。おれも、頭がよくなかったら、まずは、結婚なんてできなかったしな。」


「じゃ、なんで捨てたんだよ。未練があったから、もどってきたんだろ。」


 男は、ムッとして、御者席であぐらをくんだ。


「引きぬきの時、メルーザにいっしょに行こうと言ったんだ。けど、父親を一人残して行くのができないと言われた。あの村じゃあ、どのみち(かせ)ぎはしれてたしな。それに、おれを留学させた借金が、かなり残ってたんだ。それも、ヤバイとこから借りててさ。毎月のごとく、取立(とりた)てがうるさかった。」


「そう言えば、そんな事どなってたな。借金返すためだって向こうもわかってたのに、どうしてこうなったんだ。」


「メルーザは、おれが首都に行けば帰ってこないと思い込んだんだよ。都会には、誘惑(ゆうわく)が多いしな。現に、何人かの女と遊び程度につきあったし。」


「だから、捨てられたと言ったのか。借金返したら、すぐに帰ってくればよかったじゃないか。」


 カイサは、笑った。


「借金返して、少し金をためたら帰るつもりだったんだよ。けど、同盟とかで、バテントスと戦争になっちまって、それで軍医として、戦場連れて行かれて帰るに帰れなくなった。やっと戦争が終わって帰ってみると、ちっちゃな女の子がいるじゃないか。それで、家には入れなくなって、遠目(とおめ)に見ただけで引きかえした。再婚したのかと、その時は思ったからさ。」


「で、誤解だってわかったから、いま、帰ってきたのか。」


「たまたま、この村の住人が首都に出稼(でかせ)ぎにきていて、飲み屋でバッタリ会ったもんでね。おたがい知った顔だったし、いろいろと話をしたんだ。それで、メルーザの娘の真相を知ったんだよ。あそこの家は、ジジィが旅人の話をきくのが好きだから、それこそ、いろんな連中泊めてるから、その中のだれかの子供だってな。」


 レックスは、そうだったのかと言った。誤解や思い込みが、夫婦間の亀裂(きれつ)()んでしまったのである。レックスは、メルーザもカイサも、どっちも気の毒になってきた。


(なぜ、相手を信じることができなかったんだろう。信じることさえできれば、この二人は、こういう結末にはならなかったはずだ。ユリアも、サイモンの娘なんかじゃなくて、こいつの娘として産まれることができたはずなのに。)


 カイサは、


「ま、人生いろいろさ。借金は返したし、イリア時代に使ってた医学書もあの家に残してきたし、メルーザだけでも、なんとかやっていけるはずだ。おれもまた首都の病院にもどって、人生のやり直しでもするかな。」


 じっときいていたエルが、質問してきた。


「ねぇ、カイサさん。ユリアのお母さん、好きなの。ね、好きってどんな気分なの。ユリアのお母さん、抱きしめたいってこと?」


 あまりの無邪気(むじゃき)な質問に、カイサは苦笑した。レックスは、


「こいつ、この前通った村にいた男の子が忘れられないんだよ。それで、人を好きになるってどういうことか、知りたがってるんだ。」


 カイサは、


「あんたら、父娘、実に美形だね。メルーザも気になって仕方(しかた)なかったんじゃないのか。おい、娘。好きなるってな、好きになった相手が、気になってどうしようもなくなるなんだ。忘れられないって、その通りになる。目をつぶって、そいつのことが、真っ先に頭に浮かんだら、恋したって言うんだよ。」


 エルは、真っ赤になった。そして、ケーキの(つつ)みをきゅっと抱きしめる。カイサは、


「そうそう、そんな感じだ。今、その包みをそいつと感じて抱きしめたんだろ。まちがいない、恋だよ、そりゃ。」


「ね、父ちゃん。また会えるよね。一回限りってことないよね。絶対会えるよね。」


「ああ、お前がそう思うならな。いつの日かわからないけど必ず会える。だから、そのケーキの味を決して忘れちゃだめだぞ。」


 エルは、うんと言い、包みをほどいてケーキを食べ始めた。カイサは、荷台に入り込み、エルのそばで寝始(ねはじ)める。レックスは、なんだかえらい荷物を(ひろ)ったもんだと思ってしまう。


(首都の大病院につとめているんなら、いろんな情報知ってるはずだ。医者という職業柄、部族の上層部とつながりがあるかもしれない。うまくすれば、この男のつてをたどり、接触できる可能性もある。)


 ラベナ族の本音にたどりつけるかもしれない。レックスはそう打算(ださん)して、この男を乗せたのである。ライアスは、


「情報収集も熱心なのはいいけど、君がそこまでする必要はないと思うよ。まあ、この男は、ここいらの情勢(じょうせい)にはくわしいはずだから、案内役にはもってこいかもしれないが、それ以上は、おすすめできないね。身分がばれるとも限らないしさ。」


「そうかもな。けど、知ることができることは、できるだけ知っておきたいんだよ。同盟も、サイモンのとき、一回結んだだけだ。それも、おれのクリストン時代の同盟でしかない。イリアほど、こっち側とマーレルは接触(せっしょく)してないのが現実だ。クリストンは、どこまで、こっち側と接触があるのか、それを知りたいんだよ。」


「イリアを味方につけたマーレルに対抗するために、クリストンが東側と接触してる可能性有りと、君は考えてるんだね。ぼくもそう思う。」


「ああ、でなきゃ、ここまでデタラメな東側情報を報告書にのせるはずはない。シゼレはたぶん、このままでは、マーレルに吸収されてしまうと(おそ)れているんじゃないか。」


「現時点では、ぼくもそう結論した。ゼルムは、マーレルの属州となったし、カイルも今のところは、ロイドとの関係上、マーレルと足並みがそろっている。そして、クリストンは、一番、ぼく達と縁が深い土地だ。だからこそ、逆に警戒も強くなる。」


「ライアス、念のため、シゼレの娘。たしか、エルと同じくらいの女の子がいたはずだ。その子を、エルの側室としてマーレルにいれよう。シエラだけじゃあ、たりなくなるかもしれない。」


「ああ、ソファラだね。でも、それだけで、クリストンの動きを(おさ)えることはできないだろう。逆にシゼレの警戒心を強くするだけかもしれない。」


 レックスは、馬の足並みをはやめた。そして、背後の男を警戒する。ライアスは、


「完全に寝てるから大丈夫だよ。レックス、ダリウス王朝を廃止し、エイシアを統一して、エイシア王朝をたてたほうがいい。」


「お前もそう思ってたのか。おれもそう思ってたとこだ。三国の宗主(そうしゅ)はダリウスとなっているが、現実には、それぞれバラバラな国の寄せ集めにすぎない。時代はすでに、海外とのつながりへと向かっているし、これまでのやり方では通用しなくなる。


 エイシアは一つの国だけでいいんだよ。大陸にくらべれば、たいした大きさでもないし、イリアなんか、もっと広大な領土を持っているしな。」


 レックスは、エルを見つめた。いつのまにか、カイサとともに眠っている。


「ダリウスの名を()ぐ者は、おれが最後でいい。もともと、おれが島に持ってきた名前だ。だから、持ち帰る。」



 ラベナ族の首都エルバは、ゼルムのナルセラに、なんとなく雰囲気(ふんいき)が似ていた。都市の大きさも、だいたい同じで、はじめてきたわりには、親密感みたいなものを感じさせる町だった。


 カイサは、とある大きな病院の前で馬車から降りた。


「乗せてくれてありがとう。おかげで道中、退屈せずにすんだよ。メルーザと寄りをもどすために、やめてしまった職場だったが、院長にたのんで、もう一度やとってもらえるよう、交渉してみるよ。たぶん、またやとってもらえるはずだから、娘が転んでケガしたら、おれ、カイサを指名してくれ。治療代、安くしてやるから。」


 レックスは、大きくて威厳(いげん)のある病院の建物を見つめた。病院というよりも、どこかの貴族の大邸宅みたいだ。


「また、やとってもらえるって、お前、かなり腕いいんだな。こんな大病院、やとってくれと言っても、なかなかやとってくれないぞ。」


「ま、ここは、族長一族の御用達(ごようたつ)の病院でもあるからな。設備も充実しているし、医者も腕がいいのが多いし、他部族からも治療にやってくるほどだ。もち、金持ち限定だがな。それに、部族内でも、イリアに留学した医者は貴重なんだよ。だから、引きぬかれたんだ。」


「族長一族の御用達? じゃ、お前、族長と会ったことがあるんだな。」


「族長は、病院には縁の無い男だ。けど、子供が入院してる。じゃ、おれはこれから、院長に会いに行く。お前さん達はどうする。」


「しばらく、ここにいるよ。そうだ、お前からの紹介で、この病院の下働きにでも、おれをやとってくれないか。首都を娘に見学させてから、母親の実家に行く予定だったが、旅費が心細くなってたんだ。ここの病院なら、給料が良さそうだからな。」


 カイサは、よしたほうがいいと言った。


「病院の下働きね。金はいいが、病気をうつされる可能性もあるし、体力的にもきつい仕事ばかりで、長続きしないかもな。それでもよかったら、おれといっしょにきてもいいぜ。」


 レックスは、馬車を病院の敷地内に入れた。そして、エルをつれて、カイサとともに裏から建物に入る。院長は、愛想(あいそ)のいい初老の男だった。院長とは言っても、医者ではなく、族長一族の者で病院の経営を担当していると言う。


 院長は、もどってきたカイサを喜んでむかいいれ、レックス達親子に病院職員のための寮を紹介してくれた。


 院長は、下働きよりも、看護担当の仕事をすすめてくれた。看護人がたりなかったらしい。レックスは、看護なんてしたことはない。できないと言うと院長は、医者の指示に(したが)って、患者を運んだり、食事させたり、入浴させたり、トイレにつれていく補助程度の仕事だと言う。


 いっしょにくっついてきているライアスは、(ことわ)るなと言った。


(患者や医者から情報引き出す絶好(ぜっこう)のチャンスだよ。それが目当(めあ)てで仕事するんだろ。下働きよりも、かなりの好条件だ。とにかく断るな。)


 レックスは、乗り気ではなかったが引き受けた。給料は、予想してたよりずっといい。院長室を出たカイサは、ニヤニヤしながら、レックスに言った。


「補助程度ね。たしかに補助程度だが、死ぬほど(いそが)しいぞ。覚悟しておいた方がいい。」


「なんか、すごい職場だな、病院て。なんか、自信なくなってきた。」


「ま、金目当てだけじゃ続かないのは事実だ。この仕事に使命感もってなきゃな。」


 エルが、レックスのズボンをひっぱった。


「ねぇ、父ちゃんが仕事しているあいだ、私は何をしていればいいの。一人ぼっちなんていやだよ。退屈だしさ。」


 カイサは、


「そうだな、フラムちゃんはかわいいから、おれの助手ってのはどうかな。おれがつかれたとき、肩をもんでくれる助手だ。」


 レックスは、


「娘には手を出すなと言ったろ。フラム、退屈だろうけど寮で待っていろ。」


「えー、そんなのやだ。」


 車椅子(くるまいす)の男の子が、三人のそばを通り過ぎた。エルよりずっと小さい。カイサは、


難病(なんびょう)で長期入院している子だ。かわいそうだが、治る見込みはない。友達もいなくて、一人ぼっちなんだよ。そうだ、フラムちゃん、院長に話を通すから、あの子の友達になってくれないか。そしたら、退屈しないだろ。」


 エルは、少し考えた。


「うん、それでいいよ。あの子、名前なんて言うの。マーシュ君。わかった。」


 カイサは、レックスにすばやく耳打ちをした。


(ここだけの話だが、あの子は、族長の十六番目の子だ。産まれた時から、病気がちで、この病院で過ごしてきている。母親は、ほとんど毎日ここにきている。フラムちゃんならたぶん、母親にも気に入られるはずだ。フラムちゃんて、お前と違って、上品なとこあるじゃないか。それに、とびっきりの美少女だしさ。)


 レックスは、しめたと思った。

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