表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
107/174

四、負傷(2)

 湖から宿までは、すぐだった。ライアスは姿を消しつつ、宿のそばの、ひと気の無い路地へ白竜を降下させる。そして、エルとともに白竜に乗り、宿へ帰ってくると、車庫のそばの裏庭で、剣をふりまわしているレックスを見つけた。


「父ちゃん、何してんだろ。」


 ライアスは、白竜を厩舎(きゅうしゃ)にもどした。そして、レックスのそばに行く。レックスは、ひたいの汗を腰に下げていたタオルでぬぐった。


「いいところに帰ってきたな。荷台から剣を持ってきて、ちょっと手合(てあ)わせしてくれ。」


「二日酔いは、もういいのか?」


「汗といっしょに、二日酔いなんて流れちまったよ。お前と真剣勝負したい。お前とは、一度もやったことがなかったしな。」


「真剣勝負ね。まあいいけどもさ。でも、エルがこわがるんじゃないか。ナイフも持てないくらいだしさ。」


 レックスは、ブンと片手剣で空気を切った。


「だったら、部屋にもどっていろと言え。これ以上、子供の顔色ばかり、うかがうのにもつかれた。反抗するんなら、勝手に反抗でもなんでもしろ。おれは、おれのやり方でいく。」


 ライアスは、荷台から剣をもってきた。そして、スッと剣をかまえる。エルは、部屋にはもどらず庭のすみで、二人を見ていた。


 キンと剣のまじわう音が、空高く何度も響いた。宿にいた人達が音を聞きつけ、何事(なにごと)だろうと顔を出し始める。最初、剣がまじりあうたびに目をつぶっていたエルも、白熱する真剣勝負に、しだいに心を(うば)われていく。


 まったくすきのない勝負が続き、二人は互角の戦いを続け、そろそろ、ライアスの実体化の時間切れとなった。


 レックスは、


「そろそろ決めるか。しっかし、お前、エッジといい勝負だったってわりには、思ったよりも強くないな。」


「しょうがないだろ。実戦をはなれて、何年たっていると思ってるんだ。君こそ、ふだんの精進(しょうじん)をなまけてなかったみたいだね。」


 レックスは上段から剣をふりおろし、ライアスは下段からわき腹をねらう。そして、おたがいの体に剣がふれるギリギリで動きをとめた。


 見物客から拍手(はくしゅ)があがった。ライアスはレックスから剣を受け取り、車庫へと向かう。見世物(みせもの)が終わり、客が宿へと消えた。レックスは、裏庭にあった井戸の水をくみ、汗まみれの体を水でふいていた。


 じっと見ていたエルは、いつのまにか父親のそばにいた。レックスは、


「髪、まだぬれているぞ。部屋にもどって、タオルを出してちゃんとふけ。おれも体をふいたら、部屋にもどるから。そのあと、昼飯食いに行こう。」


 エルは、もじもじしている。レックスは、


「何か言いたいことでもあるのか。文句なら、もうきかないぞ。」


「ぼくに、剣を教えてほしい。父ちゃんが、あんなに強かったなんて知らなかったから。」


 レックスは、黒く染めた髪の状態を見た。色がうすれてきている。そろそろ、染め直さなければならない。


「エル、お前も強くなりたくなったのか。だが、お前には必要のないことだ。お前が戦場で直接、戦うはめになったら、負けを意味するからな。」


「じゃあ、なんで父ちゃんは、あんなに強いんだよ。ライアス兄ちゃんもだ。それに、ぼくに必要なかったら、父ちゃんだって強くなる必要ないじゃないか。おまけに、双頭の白竜もいるしさ。」


 レックスは、息子の顔を見つめた。


「強すぎる力は破壊(はかい)しかもたらさない。双頭の白竜が、どれだけ(おそ)ろしいものか、お前もわかってるはずだ。呪術師がマーレルをねらったとき、おれは、双頭の白竜で戦った。でなきゃ、勝てなかったしな。だが、山は蒸発し、大きな被害が出た。あれから四年たっても、あの辺りは砂地のままだ。」


「ぼくは、父ちゃんと違って、双頭の白竜を呼べないんだよ。紅竜も白竜も、父ちゃんとライアス兄ちゃん以外の命令、きかないし乗せないしさ。だから、王様なんて(いや)なんだよ。ぼくの代になったら、きっとみんな、弱い王だとバカにするから。」


 エルは、目をこすった。レックスは、


「ああ、そうなるだろうな。おれという、恐怖のタガが(はず)れちまうもんな。けど、お前自身が強くなったって、しょせん何も変わりはしない。だが、お前には、おれには無いものがある。」


「なんだよ、それ。ぼくは父ちゃんみたいな強い霊能力もないし、力だってずっと弱いんだ。」


「頭の良さだよ。お前には、おれにはない頭の良さがある。おれは、ロクな教育も受けず、王になった。十八になっても、字も満足に書けない読めないな。けど、お前には最初から、それなりの教育は受けさせてきたつもりだ。そして、どの教師も、お前を高く評価している。


 お前は、おれよりも、ライアスに似たんだよ。ライアスは、さまざまな知力で戦ってきたやつだ。バテントスと戦ったときもそうだった。圧倒(あっとう)的に不利な状況を、シエラの非力な体を使い、さまざまな戦略を考えてひっくり返したんだ。


 今ある、この東側の同盟も、すべてライアスが考え実行したものだ。ライアスは力ではなく知力で戦い、勝利したんだよ。そして、ライアスがいなければ、今の平和はない。おれは、ライアスこそ、真の英雄だと思ってる。」


 エルは、びっくりした。


「ライアス兄ちゃんが、真の英雄? じゃ、父ちゃんは、なんなんだよ。」


「おれは、できることをしてきただけだ。それ以上でも、それ以下でもないさ。そして、これからもできることをする。それだけだ。」


「ぼくも、ライアス兄ちゃんのようになれって言ってるの? 父ちゃんが英雄じゃなかったから? 父ちゃんよりも、ライアス兄ちゃんめざせって言ってるの?」


「ライアスは、お前の親だ。めざすんじゃない、親であるライアスを()えろと言ってるんだ。お前なら、必ずできる。」


 エルは、父親から顔をそらした。


「わかんない。よくわかなんいよ。どうして、みんな、ぼくに期待するのさ。ライアス兄ちゃんも、父ちゃんも、話していることは違うけど、結局、ぼくに期待してるじゃないか。


 父ちゃんみたいに強くなりたいって言っても、必要ないって言われるし、ライアス兄ちゃんめざせと言われても、何をめざしていいのかわからない。それに、ライアス兄ちゃんだって、父ちゃんとおんなじくらい強かったじゃないか。」


「今はわからなくても、必ずわかる時がくる。おれだってそうだった。がむしゃらに、自分の目の前にある道を突き進んできただけだ。でもそれこそが、自分がめざすものだったんだよ。だから、お前もそうしろ。」


 エルは、ポケットからナイフを取り出した。


「だったら、このナイフの使い方だけでも教えてよ。おそわれたら、目の前の敵を()せって言ったよね。今、ぼくがおぼえなきゃならないのは、このナイフの使い方だろ。ぼく、フルーツの皮もむけないし。」


 レックスは、エルの頭をなでた。


「そうだな。ただ、ナイフ渡されて刺せと言われても、使い方がわからなければ、意味ないんだよな。わかった。朝、起きたら、ちょっとずつ教えるよ。」


 エルは、目をこすった。レックスは、エルを優しく抱く。エルは、


「父ちゃん、もう浮気しないでね。すごく(いや)だ。父ちゃん、とられた気がしたもの。」


「きいてたのか。ああ、ごめんな。もうしない。約束する。」


 その晩、エルは数日ぶりに父親に抱かれて眠った。ぴったりくっついていると、父親からは汗のにおいがする。おそめの昼食を食べたあと、午後ずっと荷馬車の修理やら、荷物の整理やらをしていたからだ。


 エルは、汗まみれになって働く父親の姿を、この旅ではじめて知った。エルが知っている父親の姿は、立派な服をきて、人々の上に立つ国王としての姿だけだったからだ。


 (みずか)ら買い物をし、料理をし、洗濯もする。そして、馬車を自在(じざい)にあやつり、はじめてのはずの道をまようことなく進む。エルは、自分の父親が人の助け無しで、ここまで、さまざまな事ができるなんて、考えもしなかった。


 泊めてもらった農家に、お礼として農作業を手伝い、町のいろんな人と気さくに言葉をかわし、出会ったばかりの人とその場でバカさわぎもしたりする。エルは、そんな父親を、しだいにうらやましいと感じ始めていた。


 エルは、馬車で父親によりそい、ウトウトと寝ていた。そして、町まであと一山という場所で、馬車の車輪がこわれてしまった。エルは、おっこちそうになる。レックスは、エルを抱き上げ、馬車からおりた。


「あっちゃー、なーんかヤバイと思ってたけど、やっぱりヤバかったみたい。」


 ライアスは、


「護衛、呼んでくるよ。非常時だし。」


 レックスは、ライアスをとめた。


「命に危険がない限りは、自力でなんとかする。おれが決めたことだ。こわれたのは車輪だけだし、この程度の修理なら、おれにもできる。部品も馬車に積んであるしな。」


「けど、野宿するはめになるぞ。そろそろ日もくれる。」


 ライアスは、空を見上げた。エルは、


「ぼく、野宿平気だよ。ね、父ちゃん、ぼくにも手伝えることがあったら言って。なんでもするから。」


 レックスは、馬車をできる限り、道のわきにどけた。


「そうだな、とりあえず、他の馬車がこないか見張(みは)っててくれ。ここの道はせまいし、道を半分近くふさいでいるからな。」


 レックスは、荷台がたおれないように(ささ)えをし、車輪をはずした。道具類を引っぱり出す。


「十数年たっても、一度身にしみついた技術は、わすれないものだな。ここをこうして、と!」


 なんとか馬車の修理を終えたのは、日が沈んだあとだった。まだ、完全には暗くなっていなかったので、レックスは大急ぎで夕飯の支度(したく)をし、簡単な夕食をエルといっしょに終わらせた。そして、洗い物は明日の朝にして、今夜は暗くなると同時に荷台で眠ってしまう。


 エルは早く寝すぎたので、夜中にオシッコに起きてしまった。寝ぼけ(まなこ)で荷台からおり、茂みへと行く。長いスカートにてまどりながら、なんとか用をすまし、馬車へもどろうとしたとき、闇の中で光るものを目にした。


 ホタルの大群(たいぐん)だった。エルは、こんなにたくさんのホタルなんて見たことが無い。宮殿の虫かごで、使用人がつかまえてきたのを見て知っている程度だ。


 すごくきれいで神秘的、エルは、その光景に見入ってしまった。そして、気がつくと馬車からだいぶ(はな)れてしまっている。今夜は月が無く、山は真っ暗闇で方向がわからない。エルは、パニックになった。


 オオカミやクマが人をおそう、いつだったか、そんな話をきいたことがある。ウォォーンと何かの遠吠(とおぼ)えみたいな声がきこえ、エルは近くの茂みに身をかくした。そして、ガサガサする音。エルは、ポケットに(しの)ばせてあるナイフを手に取った。


 何か大きなものが、茂みへとやってきた。手のようなものが、自分の肩をつかむ。エルは、まよわずナイフを持った手をのばし、そのまま気を失った。


 目がさめたら、走っている馬車にいた。すっかり朝になっている。レックスは、


「町はもうすぐだ。朝飯は、そこで食おう。」


「父ちゃん、クマは?」


「クマ? ああ、お前をさがしていたら、なんかそんなのいたな。けど、逃げてたみたいだった。それよりもお前、夜中にオシッコに起きたろ。寝ぼけて、茂みなんかで寝てるんじゃない。目、さましたら、どこにもいなくて、さんざんさがしまわったんだぞ。」


「ごめん、父ちゃん。でも、クマ、ほんとに逃げてたの?」


「ああ、たぶんな。暗くて、クマだかなんだかわからんかった。イノシシだったのかもしれない。エル、野宿で、オシッコしたくなったら、必ずおれを起こせ。わかったか。」


 レックスは、荷台へナイフをおいた。


「お前が寝ている近くに落ちてた。血がついてたんで洗っておいたよ。野ネズミが何か()したのか?」


「あ、うん。オシッコした時にいたから、練習したんだ。逃げられたと思ってたけど、あたってたんだね。」


 エルは、うれしそうにナイフをしまった。そして、荷台に転がり、背後(はいご)に流れる景色を見つめている。ライアスが心の声でささやいた。


(レックス、腕の様子はどう。ふさいだけど、痛みとかは。その傷、やっぱり?)


 レックスは、チラと背後のエルを見つめた。そして、名誉の負傷だ、とつぶやき笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ