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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
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三、苦難(1)

 エルが、目をさましたら、父親は宿の部屋には、いなかった。どこへ行ったのかと不安になっていたら、ライアスが現れ、レックスは宿の裏にいると言う。いっしょに裏へ行くと、父親は、宿から脚立(きゃたつ)をかり、雑貨屋で買った油を馬車の(ほろ)()っていた。


「エル、起きたのか。もうすぐ終わる。そしたら、朝飯食べに行こう。」


「何してるの。」


「ああ、油を塗っているんだ。こうしなきゃ、雨で()れちまうからな。うんとひどい雨だと、だめだけど、小雨程度なら(ふせ)げるからな。」


「どうして、そんな仕事、父ちゃんするの? 下男の仕事じゃないか。」


 レックスは、最後の一塗(ひとぬ)りを終えた。道具類を馬車の道具箱にしまう。


「昨日、言ったじゃないか。何もかも自分達でするって。この旅の間は、おれはただの旅行者だ。どこかの国の王様じゃあない。そして、お前もだ、エル。いや、フラムだったな。」


 エルは、口をとがらした。


「わかってるよ、そんなこと。でも、フラムって呼ぶのは人前だけでいいだろ。旅行だって言うから、どんな楽しい旅行かと期待(きたい)してたけど、こんな下働きする父ちゃんなんて見たくもなかったよ。かっこ悪いよ、英雄なのにさ。」


「おれは、英雄だなんて思っちゃいない。人が勝手にそう思ってるだけだ。下働きするのが、かっこ悪い? 下働きしなきゃ、その上の仕事もできないんだぞ。


 おれは、国王という仕事をしている。国王の仕事をするには、国王にその仕事をさせるために、それこそ、数え切れないほどの下働きがあって、はじめて国王という仕事ができるんだ。


 お前が、宮殿で食べている料理だってそうだ。(どろ)がついている野菜を、下働きの人が水であらって、その上の人が料理してから、お前の口に入るんだよ。泥つきのまま料理して、食べているわけじゃない。」


「わかってるよ、だから、そこまで言うことないだろ。父ちゃんて、こんなにうるさかったっけ? マーレルじゃあ、なんにも言わなかったのにさ。」


 エルは、ムッとして宿へと引っ込んでしまった。



 港湾都市を出発してからまもなく、マーレルからの護衛が現れ、レックスに武器類をわたしてくれた。片手剣が二本、銃が一丁、ナイフが大小三本、それと爆薬類。毒薬を入れたビンまであった。


 レックスは、銃を手にとった。クリストンにいる時に使っていた銃とは、別物と言ってもよいくらい改良され、しかも連射できるようになっていた。これは、完成したばかりの試作品らしい。レックスに実際使ってもらって、使用感をたしかめてほしいようだ。


 銃の使い方の説明を受けたあと、レックスは、銃と片手剣一本を荷台へと置き、小型ナイフを一本、エルにわたした。そして、残りをすべて座席の下の物入れにしまう。


「護身用だ。だれかに(おそ)われたら、目の前の敵はなんであれ、これで()せ。」


 エルは、手渡(てわた)されたナイフを見つめた。エルは、フルーツナイフでさえも持ったことがない。レックスは馬車を出した。エルは、キラキラと光るナイフの刀身をながめつつ、


「襲われるって、ここって、そんなに危険な場所なの? ただの旅行じゃなかったの。」


「旅行だよ。できるだけ、安全なルートを選んで護衛もいるが、万が一という場合(ばあい)もある。自分の身は、最低限、自分で守らなきゃならない。ナイフは、上着のポケットにでもしまっておけ。小型ナイフだし、サヤにしっかりいれておけば(あぶ)なくない。」


 エルは、ナイフを荷台へと放り投げた。


「やだよ、(こわ)いよ。マーレル帰ろうよ。お母さんに会いたい。」


 レックスは、ジロリと横目でエルをにらんだ。エルは、ビクッとして、だまりこんでしまう。レックスは、エルが投げたナイフを拾い、そして、何事(なにごと)もなかったかのよう、馬車を進めた。山へと入った。季節は初夏で、風が気持ちいい。


 レックスは、馬車をとめた。そして、エルに声を出すなと言う。エルは、だれかが襲ってきたとびっくりして、こそこそと荷台へとかくれた。レックスは銃を取り出す。そして、(じけ)みに向けて発砲した。


「こりゃ、すごい。使い勝手が軽い。今まで使ってた銃が、銃じゃなくなるな。ロイドのやつ、よくここまで改良したな。」


 レックスは茂みの中から、野ウサギを(ひろ)ってきた。それを、エルがいる荷台へと放り込む。はじめて見たウサギの死体に、エルはふるえた。


「昼飯用だ。ライアスがもう少し走ったら、水があると言っていた。そこで、昼食にしよう。」


 そして、水場に到着した。エルは、ライアスといっしょに(たき)付け様の(たきぎ)を集め、レックスはそのかん、さきほどの野ウサギをナイフで解体した。それを、ナベに入れ水を張る。


 町で買った携帯(けいたい)用のカマドに(たきぎ)を入れ、ナベをセットし火につけ沸騰(ふっとう)したら灰汁(あく)をすくい、ナイフで切った野菜をまぜ、塩だけで味付けをすました。エルは、父親手づくりの食事に、なかなか手をつけなかった。さっきのウサギの死体が頭にこびりついていたからだ。


 父親に、再三(さいさん)うながされ、やっと口にはしたが、宮廷の味になれた(した)では、まずいとしか感じない。エルは残した。父親は怒った。


「旅行してんだぞ。材料も限られているし、ワガママ言ってないで、全部(ぜんぶ)食え。食べないと、旅を続ける体力がもたないぞ。」


 エルは、泣きそうになった。けど、こんなに(こわ)い父親も始めてた。涙をこらえつつ、無理やり飲み込んだ。


 マーレルへ帰りたい。エルは、(ふたた)び走り出した馬車の中で、涙をこらえつつ、そうつぶやいた。その言葉をきき、レックスは、ある事に気がついた。


 マーレルへ帰りたい、それは、(おさな)いころのレックスが逃亡の最中、なんども、心の中でつぶやいていた言葉だった。レックスは、馬車を走らせつつ、ギュッと目をつぶる。


(エルは、昔のおれだ。そして、エルとこうしているおれは、父さんそのものじゃないか。おれが、怖いと感じていた父さんそのものだ。)


 その晩は、野宿になった。次の宿場(しゅくば)町まで行く道が、山に数日降り続いた雨のせいで地盤がゆるみ、昼過ぎあたりに土砂崩(どしゃくず)れを起こしたとかで通行止めになっており、かなり迂回(うかい)しなければならなかったからだ。


 エルは、荷台で毛布にくるまり、かたい床で眠れない夜をすごしていた。真っ暗な夜の山にこだまする野生動物の()き声。バタタと近くで鳥が飛び立つ音がし、エルはそばで寝ている父親に()きついた。


「フクロウか何かだよ。紅竜と白竜がいるから、動物は(おそ)ってこないから安心しろ。何かあったら、ライアスが教えてくれる。どうした、ふるえているのか、寒かったらいっしょに寝よう。」


 レックスは、ぎゅっと息子を抱きしめた。ふるえていたエルは、まもなく寝息(ねいき)をたてていた。わすれていた記憶が、脳裏(のうり)によみがえってくる。自分もこうして、今は亡き父親の胸にだかれて、夜をすごしていた。


 そして、次の日の昼前、宿場町にたどりついた。レックスは、宿に行く前に食料を調達(ちょうたつ)する。そして、町の食堂にエルをつれていき、食事ついでに店のマスターから、いろいろと話をきいていた。


「盗賊とか夜盗(やとう)(たぐい)は、ほとんど出ないよ。この辺りの街道(かいどう)や町は比較的安全だ。けど、山道に入ったり野宿する時は、気をつけたほうがいい。クマとかオオカミにおそわれた話をよくきくから。」


「ああ、気をつける。」


 エルが、温めたミルクを飲みたいと言ったので、レックスは注文する。ミルクを持ってきたマスターは、


「しっかし、あんた、実にかわいい娘さん持ってるね。あんたもいい男だし、この辺りじゃ見かけない顔立ちだし、いったいどこからきたんだ。」


「イリアからだよ。去年死んだおれの女房が、ラベナ族の出でね。娘がどうしても、死んだ母親の故郷を見たいって言うから、つれてきたんだ。」


「イリアからか。エイシア経由(けいゆ)の海路を使って、ずいぶん遠回りしてきたんだな。バテントスが海側の小国を占領するまでは、陸伝(りくづた)いにこれたんだがな。イリアに出稼(でかせ)ぎにも行けたし、家族ぐるみで(かせ)ぎに行く連中もいて、そのまま向こうに住み着いちまったりしてたしな。あんたの嫁さんの家族もそうだったんだろ。」


「まあ、そんなモンだ。ところで最近、バテントスのこっち側に対する動きはどうだ。イリアとの国境沿いは、いまのところ静かだが。」


 マスターは、むずかしい顔をした。


「カリス族が、また娘をバテントスにとられたらしい。前に出した娘二人のうちの一人が病気で死んだとかでな。あそこの後宮は、女同士の(あらそ)いがひどいらしいよ。特に皇帝の子を産んだ女は、嫉妬の的になるらしく、いびり殺されるって話だ。毒でも()られたんじゃないかってウワサだ。」


「いびり殺されるって、それ、ほんとの話かよ。はじめてきいたよ。そんなんで、よくまた娘を出す気になったな。でも、子供を産んだだけで殺されるなんて、ひどい話だな。」


 マスターは、


「皇帝は、嫁にした女は、一度しか相手しないそうだ。若い時分(じぶん)はともかくとして、もう五十だし、本妻をふくめて数が多くて、人質妻など相手にしてられないらしい。そんな中で、運よく、子を産むことができた女は、大事にされるそうだ。けど、子を産むこともできなかった女は、タコ部屋におしこまれて、そこで死ぬまで暮らさなきゃならない。これじゃあ、嫉妬されてもしかたがない。どっちにしても地獄だよ。」


 ユードス・カルディアの母は死んだときいた。ユードスの母親の死もたぶん、マスターの話と同じかもしれない。レックスは、


「じゃあ、死んだ娘は、子供を産んだってことだよな。その子は、今どうしているんだ。母親がいなければ、そんな修羅場(しゅらば)みたいな後宮じゃあ、生きていけないんじゃないのか。おれは以前、人質妻から産まれた皇帝の子は皇族にもくわえてもらえない、()飯食(めしぐ)いだってきいたことがある。」


「ああ、それは、私も知っている。みんな、知っている話だ。まあ、皇帝の子は、それなりの価値がある。政略結婚の他、中央政府に組み入れたりして、国の中枢(ちゅうすう)(にな)わせたりする。一族総支配で成り立ってるんだよ、あの国は。だから、産まれれば産まれるほど、それなりの使い道はあるんだ。」


「なんか、モノ(あつか)いだな、人質妻も、その子供達もさ。カリス族も、そこまで自分達の娘をモノ扱いされているのに、なんで、(さか)らったりしないんだ。」


「もう、逆らえるレベルじゃないんだよ、あそこは。四十年くらい前の族長が弱腰(よわごし)だったから、それで、つけこまれて言いなりになっちまったんだ。バテントスの政策も受け入れて、古来からの神々を(まつ)った神殿も焼いてしまったって話だし、併合(へいごう)されるのも時間の問題だって、みんな、言ってるよ。」


 話をきいていたレックスは、かなり驚いていた。マスターからきいた話は、クリストンからの報告には無かった。


「じゃあ、あそこが併合されたら、カリス族のとなりの部族が、バテントスの最前線にたたされちまうじゃないか。たしか、その部族は、」


「ああ、ナギ族だ。ラベナ族と仲がいいな。そうしたら、また戦争が始まるんじゃないかって、みんな、不安に思っている。ナギ族とカリス族は、今でも小競(こぜ)り合い程度の(あらそ)いはしているんだ。それが、併合されたら本格的になっちまう。ラベナ族もだまっちゃいないはずだ。」


 レックスは、がくぜんとした。マーレルの情報部は、まだまだ小規模だ。本格的な大陸情報を集めるまでは(いた)ってはいない。それゆえ、大陸情報は、クリストンにたよりきるしかなかった。


(クリストンは、すべてをマーレルにつたえているんじゃなかったんだ。こんな、ちっぽけな宿場町の食堂のマスターが知っている話でさえ、おれは知らなかった。シゼレの方針なのか。)

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