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千年王国ものがたりエイシア創記  作者: みづきゆう
第七章、遥かなる大地
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二、出発(2)

 庭には、すでに紅竜と白竜がそろっていた。エルが、ベランダに出てきた。


「ライアス兄ちゃん、その馬、変装しなくていいの? 二頭とも、すっごくめだつよ。」


 二頭のそばにいたライアスは、ベランダのエルを見上げた。


「エル、にあっているよ、その格好(かっこう)。ぼくも昔、女の子に()けて、よくサラサの町に遊びに出てたんだ。さすが、ぼくの息子だ。」


「息子じゃなくて、兄ちゃんでいいだろ。フクザツな関係は、もういいよ。」


 ライアスは、ベランダに移動した。


「なんだよ、もう一人のお母さんって呼んでくれてたじゃないか。まあいいや。今から、ちょっとおもしろいもの見せてあげるよ。エル、紅竜と白竜にむかって、ライアス兄ちゃんと父ちゃんの命令で、めだたなくなれって言ってごらん。」


「言ってどうするのさ。命令なら、兄ちゃんが、すればいいじゃないか。」


「言ってごらん。でなきゃ、出発できないぞ。」


 エルは、チェと言い、言われるままにした。とたん、白竜は、灰色がった色に、紅竜は、赤茶系の地味(じみ)な色合いに体色が変化した。びっくりしているエルに、ライアスは、


「白竜と紅竜は、ドラゴンの中でも特別なんだよ。もともと、この島の守護神みたいな存在で、非常に力がある神竜(しんりゅう)だ。双頭の白竜に変化することもできるから、体色を変えるくらい簡単にできる。この二頭には、馬車を引いてもらう。」


「えー、乗れるんじゃなかったの?」


「馬車の方が長旅では楽なんだよ。話、きいてなかったのか?」


「きいてない。なんだよ、がっかり。」


 レックスは、


「港までは乗れるから、それでいいだろ。ライアス、エルを白竜に乗せてくれ。その方が、からっぽの馬を引くよりいい。エル、たづなはお前がとるんだ。ただし、白竜をたたいちゃだめだぞ。」


「わかった。でも、見た目がああじゃ、白竜乗ってる気分、出ないな。」


「ごちゃごちゃうるさいな。置いていくぞ。」


「いい子にするよ、もう! けど、父ちゃん、なんて偽名(ぎめい)つかうんだよ。ぼくがフラムなら、父ちゃんはなんて名乗(なの)るのさ。ウォーレンとかじゃないよね。」


理屈(りくつ)っぽいな、お前。ったく、だれかとそっくりだ。ウォーレンでいいんだよ。めずらしくもない名前だしな。」


 ライアスは、


「だれかって、だれだよ。ぼくじゃないよね。」


「お前だ。お前の息子なんだしな。」


 エルは、


「だから、フクザツな関係は、やめてって。わけ、わかんなくなるしさ。」


 レックスとライアスは、顔を見合わせた。そして、笑い出してしまう。エルには、なんで二人が笑ったのかわからなかった。


 船は、ダリウスの港を出港した。エルは、はじめて見た海に大はしゃぎだった。けど、夕方近くになり、はしゃぎすぎて船酔(ふなよ)いをしたらしく、船室でぐったりしていた。ライアスは、王家の剣を使い、エルを眠らせる。そして、甲板(かんぱん)に出てきて、()れゆく海をながめているレックスによりそった。


 ライアスは、シエラに変化した。レックスは、


「もう、複雑な関係は、終わったんじゃなかったのか?」


「こうしていたい。やっぱり、君が好きだから。」


「クリスに会えなくてさびしいんだろ。おれが代わりか。」


「たぶんね。でも、こうしていたい。」


 レックスは、シエラの栗色の頭を見てほほえみ、海をまたながめた。


「いつまでも子供じゃないんだな、エルは。エルと二人で向き合って話すことなんて、今までなかったから、あそこまでいろんなことが、わかるようになってたなんて、気がつかなかった。子供の成長って早いものだな。」


「きっと、この旅で、エルもいろんなことがわかると思うよ。君もそうして、父親の背中を見続けていたんだろ。エルも、この旅で、君と言う父親を見続けるはずだから。」


「父親の背中ね。当時のおれには、父親なんて、飲んだくれて女の尻ばっかり追っかけまわしている、だらしない男にしか見えなかった。こんな最低の親もいないんじゃないかって、まじめに考えてたくらいだ。」


「でも、ちがったろ。」


「ああ、ちがった。時がたつにつれ、その大きさやすごさが、わかるようになった。今のおれじゃあ、とてもじゃないが太刀打(たちう)ちできないよ。」


「ぼくは、父さんが好きだったよ。こまかいことなんて考えずに、ぼくを受け入れてくれたしさ。なんだかんだ言いつつも、(かたき)の娘のシエラを君の妻にしてくれたし、大きな男だったと思う。とてもね。」


「ああ、大きかった。ほんとにな。」


 海風が、黒く染めたレックスの髪をなでる。レックスは、シエラをそっと抱きしめた。


 

 大陸東側の港湾(こうわん)都市へ到着したのは、ダリウスの港を()って五日後だった。港は今、漁業の最盛期で、次々と到着する漁船からの水揚(みずあ)げが、ひっきりなしに続いている。レックス達親子が港に下りた時も、大量の魚が港中に充満(じゅうまん)していた。


「父ちゃん、すごく(くさ)い。魚ばっかりじゃないか。」


 ライアスは、


「今年はかなりの大漁みたいだね。これ全部、近くの加工工場に運ぶんだろうな。でも、これだけ大漁じゃあ、さばくのも大変だろうな。エル、今夜は魚料理だぞ。楽しみだろ。」


「魚はもう、船でたくさん食べたよ。お菓子が食べたい。」


 レックスは、


「ずいぶん、活気(かっき)があるな。部族だってきいたから、もう少し、部族っぽい町かと思ってた。」


 ライアスが笑った。


「ここは、この港を中心にした港湾都市だよ。クライス族の領地だ。東側には、都市と呼んでいいくらいの大きな町がいくつもあるんだ。港にある漁業組合に行こう。そこで、馬車の手配(てはい)ができる。アッシュさんの知り合いと言えば、すぐに出してくれるよ。」


 それでもって、手配されていた馬車、昔、レックスが荷運びに使っていたような(ほろ)付き荷馬車が、組合の倉庫におさまっていた。レックスは、受け取りのサインをし、船でいっしょに運んできた紅竜と白竜を荷台を取り付けた。


 レックスは、


「さて、町に出て、旅支度(たびじたく)の用意でもするか。生活必需品に食料に、えーと、着がえも、もう少し必要だな。薬も買わなきゃな。この幌、雨よけ用の油が、だいぶ切れているみたいだな。それも買って()り直さなきゃ。」


 エルは、


「そんなの使用人にさせればいいじゃないか。父ちゃんがすることでもないだろ。」


「使用人はいない。全部、自分達でするって約束だったじゃないか。エル、さっさと馬車に乗れ。夕方になる前に準備を終えてから宿に行くぞ。ライアス、今夜の宿は、あらかじめ予約してあるんだよな。」


「ああ、今夜だけはね。エルもはじめての旅だから、上等な宿を用意してある。」


「上等かよ。ふつうの宿でもよかったのにな。まあいい。どうした、エル。さっさと乗れ。」


「どうやって乗っていいかわからない。馬車って言うから、ふつうの馬車かと思った。荷馬車なんて、きいてない。」


 レックスは、やれやれとエルを抱き上げ、御者(ぎょしゃ)席に置いた。


「かたい、座布団(ざぶとん)ないの? お尻、痛くなっちゃうよ。」


 レックスは、どれだけ王子様なんだと思ってしまう。けど、そういう自分も、やわらかいイスになれきってしまってるせいか、かなり、すわり心地が悪い。レックスは、ムチではなく、行けと紅竜達に命令した。馬車は、ガラガラと走り始める。


 町は、港同様、活気にあふれていた。道の両側には、びっちりと出店が並び、魚をはじめ、野菜、果物、肉、穀物、乾物、そして軽食やおかずを出す屋台が並んでいる。レックスは、時々馬車を止めつつ、保存がきく食料を中心に荷台につめこんでいった。


 エルは、お腹がすき始めた。レックスは、馬車を止め、屋台から野菜や肉をたっぷりはさんだ大きなパンを買い、エルにわたした。


「どうやって食べるの。ナイフとフォークほしいな。お皿とナプキンも。」


「そのまま、かぶりつけ。口のまわりを(よご)したら、(そで)ででもふいておけ。」


「やだ、きたない。」


 エルは、パンをレックスに返してしまった。レックスは、エルを横目でチラとながめたあと、かぶりついてしまう。そうして、おいしそうにムシャムシャ食べてしまった。指についた、ソースとか油をなめてしまう。


 じっと見ていたエルは、


「父ちゃん、すごくきたないよ。昔、運び屋だったって、ほんとだったんだね。」


「信じてなかったのか。でなきゃ、馬を荷台につけるなんて、できやしないさ。おい、腹の虫がさわいでるぞ。あげパンの屋台が見えてきたな。いい(にお)いだ。さあ、どうする。」


 エルは、てこずりながらも、なんとかパンを食べきった。汚れた指を父親のマネをしてなめてしまう。そして、うんざりした顔をした。レックスは、大きな金物屋で馬車をとめた。


 エルをつれて店内に入り、調理器具や食器類、その他、日用雑貨などを購入したあと、薬屋で薬品類をそろえ、他にもいくつかの店に行き、必要だと思われる物すべてを馬車に()み、やっと宿へと向かった。


 夕方だった。エルは、なれない荷馬車でつかれきってしまい、古い座布団を枕にして、荷台で横になっていた。そして、マーレルの感覚で言えば、けっして上等とは言えない宿に()き、すぐに眠ってしまう。


 レックスは、やれやれと思いつつ、息子の寝顔をながめた。ライアスは、


「エルはたぶん、朝まで起きないよ。ぼくが見ているから、食事に出かけたら。」


「十歳でこうだもんな。五歳じゃあ、とてもじゃないが、たまったもんじゃなかったろうな。しかも、命からがらの逃亡生活じゃあな。親父が、イライラしていたのもわかる。」


 ライアスは、ほほえむ。


「だから、つれてきたんだろ。エルのため、と言うよりも君自身のためにね。旅は始まったばかりだよ。エルもそのうちなれるさ。めげない、めげない。がんばれ、お父さん。」


「お前は気楽(きらく)でいいよ。」

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