一、招待(1)
その年の春、レックスは、イリアからの使者を通じて、秋に開催されるイリア国王の即位三十周年の記念行事に招待された。招待を受けたレックスは仕事が終わった夜遅く、執務室でライアスと、その事にかんして相談をしていた。
ライアスは、
「イリア国王は、君に会いたがってるからね。クリスから、君の話をきいてるから興味もってんだよ。仕事はシエラにまかせて、旅行程度に考えて気軽に行けばいいよ。」
「クリスからじゃなく、お前がいろいろと吹き込んだせいだろ。三日に一回は、向こう行ってるし、朝帰りなんかもしょっちゅうだしな。」
レックスは、意味ありげに笑った。ライアスは、
「・・・君のそばにいない限り、実体化はほんの短時間しかできないのに、変にかんぐる必要もないだろ。それに、クリスは、霊体のままのぼくだと見えないしさ。話をするときだけ見えるようにして、あとは、クリスの寝顔を見つつ、朝までいっしょにいるだけ。」
「シゼレみたいに、クリスの霊能力、開けないか?」
「クリス自身がいやがってるんだよ。いつだったかの呪詛さわぎで、ひどい目にあってるし、見る必要の無いものは、できるだけ見たくないって言ってた。それに、彼女、そういう能力に興味無いしね。」
「それなのに、幽霊と付き合うなんて、クリスも物好きだな。イリア国王は、お前のこと、どう思ってんだ。」
「最初は、びっくりしてたけど、付き合うことについては反対されなかった。イリア国政に関与さえしなければ、いつでもどうぞって言われた。ちなみに、ぼくのこと知ってるのは、クリスとイリア国王だけだよ。」
「クリスがマーレルにきてから、もう三年、いや四年になるか。そのかん、よく根気よく通いつめたものだな。お前の事だから、すぐにあきて通うのをやめるかと思ってたんだがな。」
「・・・お前の事だからってなんだよ。ひどい言いよう。」
「いや、感心してんだよ。肉体が無いのに、そこまで愛する事ができるのは立派だってな。まあ、お前は、おれにとっては、生きている人間そのものだしな。人を好きになっても当然だと思ってる。で、クリスはいい女になったろう。男は、もうやめたんだろ。」
「女にもどるつもりはないって。本人は結婚よりも仕事って考えてるし、下手に女にもどると、いつまでも独身ってわけにはいかないしさ。政略結婚でなくても、彼女、美人だしさ。」
「つまり、いくらでも求婚する男がいるってわけか。それがいやだから男でいいってことかよ。」
「クリスは今、重要なポストをまかされてるんだ。国王も、クリスを嫁に出すなんて、もはや考えていないようだしね。」
レックスは、頭をかいた。
「優秀な女は、めんどくさいな。だから、お前が惚れたんだろうけどもさ。まあ、その話はともかくとして、記念式典は秋だしな。今は春になったばかりだし、まだ半年あるのか。イリアの首都までの移動は、まともに行けば、一ヵ月かかるしな。式典をはさんで何日か向こうに滞在して、もどってくるまでに二ヵ月から三ヶ月か。ずいぶん、長旅になるな。」
「けっこう、マーレルを留守にするんだよ。君が留守にしているあいだ、だれに仕事をまかせるのか、ちゃんと決めておかないといけないからね。」
「決めるも何も、シエラにまかせろと、お前、言ったじゃないか。まあ、昔と違って、今のマーレルは体制がキチッとしてっから、おれが数ヵ月留守にしたって、どうってことないしな。何かあったら紅竜で飛べば、一日以内にマーレルに帰ってこれるし。」
「じゃ、イリア国王には、そういう返事でいいんだね。」
「大げさな歓迎は、いらないとつたえておいてくれ。おれも一度、昔、自分がいた場所を見てみたいと思ってたとこなんだ。」
「今のイリアに、昔の面影なんてないよ。じゃ、すぐに行って、向こうにつたえてくるよ。」
「ライアス、たまにはシエラとゆっくりしてやってくれよ。あいつ、さみしがっているしさ。」
「いつまでも、恋人じゃないんだよ。ぼくが、シエラから自立したのと同じように、シエラもぼくから自立しなきゃね。ぼくが肉体を持っていれば、とっくの昔に、それぞれの家庭を大事にしているはずだ。魂だけとなって、ぼくがシエラをたよったばかりに、それが遅れただけなんだよ。」
レックスは、
「なんか、三人が三人、バラバラになって、それぞれの人生おくってるって感じだな。クリスがくるまでは、あれだけ密着してたのにな。まあ、おれとシエラは夫婦だし、バラバラと言っても、密着していることにはかわりないがな。
けど、おれはおれとして生きているし、シエラはシエラとして生きているって感じなんだよな。やっぱり、バラバラか。お前という接着剤がいなくなって、なんか、以前ほど、シエラと親密感がなくなってる気がしてるんだ。」
「シエラのこと、もう愛してはいないのか。」
レックスは、首をふった。
「シエラとは、いろいろあったしな。まあ、これからも、いろいろとあるだろうけど、結婚して後悔はしていない。おれのよきパートナーだ。」
ライアスは、ほほえんだ。
「シエラをたのむよ。君がシエラの夫であって、本当によかった。でも、これだけは約束する。ぼくは、どんなことがあっても、君から離れない。たとえ、クリスと別れる事になろうとも、ぼくは君のそばにいる。」
「早く行けよ。クリスが待ちくたびれているぞ。」
ライアスは消え、レックスは執務室から居住区へともどった。シエラはすでに寝ている。眠っているシエラにキスをし、自分もベッドに入った。
そして、翌朝、ライアスは、王夫妻の寝室に帰ってきた。シエラは、朝帰りをした兄から、ムッとして顔をそらす。朝帰りすると、シエラはいつもこうだ。レックスは、
「ライアスには、お前よりも大事な人ができたんだ。もう、四年近くになるし、ヤキモチばかり妬いてないで、すなおに祝福してやったらどうだ。」
シエラは、だまったまま着がえをし、朝食は子供達と取るからと言い、寝室を出て行ってしまった。レックスは、ため息。
「ったく、三十女が何やってんだか。」
ライアスは、
「レックス、イリア国王は、紅竜で一日だったんなら明日にでもどうぞ、なんて言ってたよ。すぐにでも君に会いたいってさ。気分的には、客じゃなく、君を息子として迎えたいようだ。」
「息子? おい、お前、マジで国王に何を吹き込んだんだ。会ったことないのに、えらい気に入られようだな。」
「ぼくが、しょっちゅう君のこと話してるから、他人じゃなくなってるんだよ。」
「おれにとっては他人だ。」
ライアスは、笑った。
「イリア国内じゃあ、君、有名人なんだよ。真紅の馬に騎乗し、ドラゴンをあやつり、奇跡を起こす美貌の英雄王。それもあって、イリア国王は、君にすぐにでも会いたいわけ。ウワサのスターにね。」
「なんだよ、それ。だいたい、奇跡の英雄王ってのは、もとはと言えば、お前の演出だろうに。第一、おれは舞台役者じゃない!」
レックスは、怒った。ライアスは、
「まあまあ、そんなに熱くならないで。別にいいんじゃない。見た目と中身が一致したんだしさ。もう、見た目だけってバカにする人、いないんだし。」
レックスは、頭が痛くなってきた。
ライアスは、
「それはそうとして、イリア訪問には、エルも連れて行こうよ。早いうちから他国を見せて、外交感覚をやしなっておいた方がいい。エルの時代には、もっと外交が活発になるし、それにともなって、きっと、いろんな事が起きてくる。だから、そういう事態にそなえて、君がエルのために何ができるか、今から考えておかなければならないんだよ。」
レックスは、うーんとうなった。
「エルのためね。おれも、そんな歳になったんだ。ずっと突っ走ってきて、もうそろそろ、次の世代のことを考えなきゃならなくなったんだな。死んだ父さんが、そうやって、おれの未来をつないでくれたようにな。」
「そうだね。父さんは偉大だったよ。時々、父さんと会って話をするけど、今でも君を心配している。」
「なんで、おれに会いにこないんだろ。即位式の時、それっきりだ。」
「役目は終わったと考えてる。君はすでに父さんを越えているしね。」
「どこが。父さんの苦労にくらべれば、おれなんかぜんぜんだ。ライアス、おれ、いつだったか、この国を飛び出すとかなんとか言ったよな。」
「ああ、言ってたな。それがどうしたんだ。」
レックスは、ベッドから立ち上がり、着がえを引っぱり出した。
「シエラの許可があればの話なんだけど、イリアの式典行く前に、大陸の東側を旅してみたいんだ。おれと父さんが、二人でいろんな場所へ旅したのとおんなじように、おれもエルを連れて、もう一度旅をしてみたい。もちろん、身分をふせての親子二人だけでた。供は連れて行かない。」
「反対はしないよ。夏になれば、マーレルから避暑に逃げ出す貴族が多くて、国会とか開かれなくなるからね。たいした行事もないし、国王の夏休みという感じで休み取って、行っちゃえばいいんだよ。
でも、供は連れて行かなくても、護衛は必要だから、昔、グラセンがやってたのとおんなじように遠巻き警護でいいね。東側の事情を、エイシア国王の目ではなくて、一般人の目で見てくるのも悪くはない。」
「お前なら、そう言ってくれると思ってた。エルのために何かしてやれるとしたら、それしかないと思う。そして、今しかできないはずだ。」
レックスは、昨日着ていた上着を引っぱり出そうとした。ライアスは、違う上着にしろと言う。そして、レックスが着ている服装を、シエラにかわりチェックする。
「はい、これで完璧。君って、ほんと、いつまでたっても服装にこだわらないんだね。ほっとくと、めちゃくちゃな格好してるしさ。」
「お前も、いつまでたっても女房感覚がぬけないんだな。シエラがいないと、すぐにおれの面倒みたがるし。」
「しょうがないだろ。身にしみついた生活感覚は、そう簡単にぬけるものでもないしね。旅に出るんなら、ぼくもついてくよ。エルを君にばかり任せておけないからね。」
「お前も、東側を見てみたいんだろ。すなおにそう言え。」
「うん、見たい。じゃ、決定。シエラにさっそく相談してよ。」
でもって、子供部屋で朝食が終わったばかりのシエラを寝室に引っぱってきて、さっそく相談したが、とうぜんのごとくシエラは猛反対。
「親子二人旅なんて、何かんがえてるのよ。私じゃなくても反対するわよ。どうしたも行きたいと言うのなら、国王訪問というかたちで行きなさい。それなら、許可するわ。」
「それじゃあ、意味ないんだよ。おれは、エルに生の世界の姿を見せたいんだ。エルは産まれてから一度も、マーレルを離れたことはない。王宮での生活がすべてだと思いこんでいる。だから、ふつうの人が、どういう暮らしをしているか、その目で見させてやりたいんだよ。」
「それだったら、エルに変装でもさせて、町に出すだけでじゅうぶんよ。下町の子達と友達になってもらって、時々でいいから遊ばせれば自然とわかることよ。東側に行く必要なんてないわ。何ヵ月も留守にするのも、国王としての責任を放り出しているのとおんなじよ。」
シエラは、完全に怒ってしまった。