四、二度目の襲撃(2)
レックスはシエラに、兄ライアスの事を話してくれとたのんだ。
「お前、兄貴の事、よく話してるだろ。だんだん興味がわいてきたんだ。神童で有名だったろ。どんな兄貴だったんだ。」
「兄様の事なら、なんでも話してあげる。うれしいわ。レックス、私の家族の事、どう考えてるか心配だったもの。」
「なんにも考えてないよ。けど、男として興味ある。お前の兄貴なら、なおさらだよ。」
シエラは、得意そうな顔をした。
「すっごい、きれいな人。会えばきっとびっくりするわよ。それでね、すごく頭がいいの。女の人に、もてもてでさ。女だけじゃないわ。男の人にも人気あったんだからね。」
「それじゃあ、恋人の一人や二人はいたんだろ。」
「ううん、シエラが一番だって言ってくれた。私以上の女は、いないって。」
なんか、きょうだい、と言うよりは恋人に近いような関係だったんだな。と、レックスは思ってしまう。ライアスのシエラへの態度は、まさにそうだけど。
「お前、もう一人、兄貴いたんだろ。えーと、その。」
「シゼレ兄様。」
「そいつもすごいのか。」
シエラは、ちょっと考えた。
「地味系、かな。ライアス兄様とは、ぜんぜん似てない。子供のころは太ってたし。シゼレ兄様は僧侶になるために国教会で育ったの。たまに、宮殿にもどってきてたっけ。」
「なんで、僧侶なんだ。」
「約束かな。クリストンの跡継ぎはライアス兄様だったから、二番目は権力争いをさけるために教会に行かされるのよ。ライアス兄様が戦争で亡くなられて、シゼレ兄様が教会から連れもどされたの。けど、すぐに亡くなって。私、やっぱり一人ぼっちなのね。家族がみんな死ぬなんて。」
レックスは、シエラをだきしめた。
「そんな事はない。おれがいるじゃないか。シエラ、結婚しよう。おれと結婚して、いっぱい子供つくればいい。」
シエラは、ほほえんだ。
「ありがと、レックス。でも、私、ある人を見つけなきゃならないの。グラセン様と約束したのだから。その人を見つける事ができたら、そうしよう。」
レックスは、自分の長い髪を一本切った。それをシエラの指に結ぶ。
「この髪は、すぐに切れて無くなってしまうけど、おれの気持ちだ。シエラの髪もおれの指にまいてくれないかな。」
シエラは、すぐさま栗色の髪を切り、レックスのごつい大きな指にまいた。二人は笑顔で宿へともどっていった。
翌日、馬車は山間部へとさしかかった。平坦でまっすぐな道の多い街道だったが、ここらあたりは山が多く、うっそうとした森に囲まれた街道が続き、しかも街道は山にそっているので勾配も激しい上、ぐにゃぐにゃとしており見通しもかなり悪い。
まさに、襲撃にはうってつけの場所だった。いつ襲われるか、何も知らないシエラをのぞく三人は緊張でパンパンだった。
そして、馬に水をのませる水場についたとき、緊張はピークに達していたが、このときは何も起こらず、一行は警戒しつつ街道を走っていた。
山間部の橋が落ちていた。マーブルはまたかと舌打ちをしたが、すでに引き返すこともできない時間帯に入っていたので、横道にそれ、わたれそうな浅瀬をさがす事にした。
橋が落ちたのは、ワナではないのだろうか、このまま進むと必ず何かが起きる。けど、引き返しても同じだ。
ライアスは、
「もう少し進んだら川原へ出てくれ。わたれそうな浅瀬を見つけた。」
マーブルは、
「その浅瀬、ワナじゃないのか。」
「たぶんね。けどもう、逃げ道はないよ。ミランダ、昨日あずけたビンはどこにある。」
「そこの箱の中です。割れないよう、白い布でつつんであります。」
「ビンの中に布をさいて入れるんだ。油には、幼虫の毒がにじみ出ている。火をつければ、毒の煙がたつ。君にわたしておく。」
「わかりました。ライアス様は、どうなさいます。」
「ぼくは、レックスのそばにいる。それでいいか。」
マーブルは、ライアスの言わんとしている意味がわかった。
「そうしてくれ。そこのボンクラをたのむわ。お前だけがたよりだ、ライアス。ところで、お前、銃は使えるか。この前、いじってたろ。」
「銃、ああ、あれはいいね。バテントスの大砲見てて、ぼくもあんな感じの武器を考えたんだ。もっとも、ぼくが考えたのは肩にのせてかつげる、小形大砲だったけどもね。グラセンは、いいものを考えたよ。」
マーブルは、手元にあった銃をライアスになげつけた。
「女の体でも戦わなきゃならんだろ。」
ライアスは返した。ライアスは、荷物の中から剣をとりだす。
「いらない。今のぼくの腕では命中はむずかしいからね。王家の剣があれば、じゅうぶんさ。」
「その剣、お前にたしかにあずけたぞ。それは、レックスの身分を証明する唯一のものだ。いざとなったら、お前の手でそれをレックスに返してくれ。」
「・・・それは、シエラの役目だよ。浅瀬が見えてきたよ。覚悟はいいか。」
三人は、うなずいた。
そこは、川幅が広くなっており、流れもおだやかたった。中州があり、草が生えているところを見ると、足場を選べはわたれるはずだ。
ミランダが先行し、足場を調べつつ水の中へと馬車を誘導した。馬は多少ひるんだが、マーブルがたくみになだめつつ、馬は足を半分まで水につかりながら、ゆるゆると進んでいく。
川の半分までわたったとき、川上から丸太が数本流れてきて馬車を直撃した。馬のいななきが山間にこだまし、馬車は横転する。どこからともなく、バテントス兵が三人ばかりあらわれ、水の中へと入っていった。
すでに対岸にわたっていたミランダは、小刀をぬき、敵と戦うべく川を走った。重い鎧をつけたバテントス兵の動きよりも、ミランダのほうが早い。ミランダは、兵が馬車にたどり着く前に切りかかった。
パーン、するどい音が響き、ミランダに気をとられていた兵が一人倒れた。狙撃は正確で、撃たれた兵は水中で動かなくなる。
仲間が倒れた事で、動揺したバテントス兵のすきをつき、ミランダはあっというまに一人倒した。そして、最後の一人はまた、狙撃の餌食になった。
ミランダは、ばしゃばしゃと岸へあがってきた。マーブルが、周囲を警戒しつつ、ミランダのもとへかけよる。
「ミランダ、無事か。」
「なんで出てくるのよ。おとりは、私一人でじゅうぶんよ。」
「バカ、いくらお前が強くても、一人じゃ危険すぎる。けど、なんか拍子抜けだな。」
「あの三人も、おとりじゃなかったのかしら。手ごたえがなさすぎる。動きも、にぶかったしね。」
ミランダが、川の兵を見た。兵の一人の兜が脱げ、頭に血のにじんだ包帯をまいている。ミランダは、
「やはり、おとりね。怪我して、まともに戦えない連中を先に出してきた。バテントスは本気だって証拠ね。ここで、ケリをつけるつもりだわ。あの二人は?」
マーブルは、チラと背後を茂みを見た。
「結界の中だ。剣を使い、馬車の幻を出現させると同時に結界を張り、本物の馬車を見えなくして、ワナをかわすなんてな。グラセンもここまではできなかった。ライアスは、バケモンだな。」
ミランダは、川の中ほどで横転している馬車の幻を見つめた。幻は、さっきより存在感がうすくなっている。術が解けてきたのだ。
「マーブル、結界の中へもどって。川の馬車が消えると同時に、すぐに新手が出てくるわ。」
「今もどったら、場所を教えるようなモンだぞ。あの二人には、何があっても絶対出てくるなと言っている。おれ達だけでなんとかするぞ。」
ミランダは、周囲に注意をはらう。木や草が、サワサワと秋の風にゆれているだけだ。
「やつら、シエラ様とレックスをさがしているのね。あの二人の位置が分からないから、何もしないでいる。」
「なら、こっちから動いてさがすまでだ。」
マーブルが銃をかまえて、その場から動こうとしたとき、どこからとこなく矢が飛んできて、足元の川原につきささった。
「動くなと言う事かよ。こりゃ、こう着状態だね。」
マーブルは、矢が飛んできた方向をにらんだ。敵はもう、そこにはいないだろう。
結界の中のレックスは、
「やっぱり、おれも出るよ。これじゃあ、にらみ合いが続くだけだ。おれが出れば、敵も姿をあらわす。」
「さっきの矢を見たろう。君が出たとたん、今度は足元じゃなく筋肉しかない体にブスリだ。素人の君では、あの矢はかわせない。」
「言う事がいちいち腹立つな。悪かったな、筋肉しかなくて。」
ライアスは、レックスの体をしげしげとながめた。
「立派な筋肉だよ。若くて、しなやかでさ。ほんと、もったいないね。そんないい体もってるのに、荷物運びにしか使ってないなんてね。ねぇ、レックス。乗り移ってもいいかな。」
レックスは、びっくりした。
「ダメ! おれ、そういうのニガテ。とっつくのは、シエラだけにしてくれ。」
「いいじゃないか。友達なんだしさ。シエラと結婚すれば、君はぼくの弟なんだし。かわいそうな兄さんに体かしてくれたってさ。」
「だれが友達だ、兄さんだ。お前、このごろあつかましいぞ。」
シエラが倒れた。ライアスの霊は、有無をいわさずレックスに乗り込み、こんどはレックスの魂をシエラにおしこめてしまう。
「悪いけど少しかりるよ。君はそこで見ていてくれ。君の意識があると、うまく体を動かせないから。」
ライアスは、シエラの手から剣をうばい、シエラに金縛りをかけた。シエラの体に閉じ込められたレックスは、何かを言おうとしても体がまったく動かない。
ライアスは、荷台から片手剣をとりだし、結界の外へ飛び出した。予想通り、矢が飛んでくる。ライアスは、片手剣で矢をはじいた。
矢は、数本ライアス目指して飛んできた。だが、ライアスはたくみにかわしつつ、マーブル達のもとへと走った。
マーブルは、飛び出してきたレックスにびっくりしてしまう。
「バカ、もどれ。死ぬぞ。」
「ちがう。レックスじゃないわ。あの子にあんな事ができるはずがない。ライアス様よ。」
矢は、マーブルをねらって飛んできた。ライアスは、王家の剣を使い、マーブルの前に見えない盾を出現させ、矢をはじいた。
「油断するな、マーブル。」
レックスの声でさけぶライアスに、マーブルはどう反応していいか分からない。ライアスが、あわてているマーブルの横を通り過ぎ、剣を使い念力で対岸の岩をくだいた。
岩がくだけると同時に、かくれていたバテントス兵が姿をあらわす。ミランダが川を走り、マーブルが銃をかまえた。そのマーブルめざして矢が飛んでくる。ライアスが、またマーブルをかばい、銃が鳴り響き、対岸の兵は倒れた。
対岸に、武器をもった兵が二人出現した。そして、こっち側には四人。接近戦には、弾込めに時間のかかる火縄銃は不利なので、マーブルは腰にさげていた片手剣を使う。
ライアスの動きは、まさしくプロだった。レックスの体の性能のよさもあり、苦戦しているマーブルをかばいつつ、戦い続ける。
結界の中で動けないレックスは、その戦いを歯ぎしりしながら見ているしかない。
(クソ。おれの体を好き勝手しやがって。おぼえていろよ。けど、強いな。ライアスは、神童って言われてたけど武芸も強かったんだな。いや、強いなんてもんじゃない。ミランダとおんなじくらいじゃないか。」
戦いは、こちら側の勝利でおわった。マーブルは、血のついた剣を川原に放り投げた。ドカッと川原にすわりこむ。
「全部で十人かよ。まともに戦ってりゃ、絶対勝ち目はなかったな。グラセンの手下に感謝しなきゃな。手負いの状態にして、こっちに送ってくれて。」
ライアスは、すずしい顔でたっている。片手剣は血でぬめぬめしていたが、体には返り血はまったくあびていない。マーブルは、
「お前がいてくれたおかげだ、ライアス。」
「この周囲から、敵の気配は消えたみたいだ。けど、長居は無用だ。ミランダ、悪いけど剣を洗ってくれないか。マーブル、立てるか。」
ライアスは、マーブルを立たせた。マーブルは、服が血にそまっていたが、傷は右腕に少しだけだった。
「あーあ。レックスのやつも、これくらい優しければな。しかし、あいつがよく体をかしたな。」
「めんどくさいから、レックスの魂はシエラにおしこめた。ぼくは、もう引っ込むから、あとはよろしく。」
レックスの手から王家の剣が消えた。消えると同時にレックスがどなった。
「あんちくしょう。文句言おうとしたら逃げやがった!」
マーブルは、血にそまった服をぬぎ、それを茂みへと捨てた。
「うー、さむ。早く着替え出さなきゃ。ミランダ、剣を洗ったら肩をたのむ。」
マーブルは、川の水で肩を洗った。たいした傷ではないとはいえ、剣で切られた傷である。かなり痛むはずだ。レックスは、たづなは自分がとることにした。
馬車は、川の浅瀬をわたったあと街道へともどった。もう、夕暮れである。シエラは、まだ眠っていた。町につくまで目を覚まさないだろう。