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想影  作者: らきむぼん(raki)
1/4

前編

 こんにちは、こんばんは、rakiと申します。

 昨年七月、僕も今以上に未熟だった頃、初の短編作品として投稿させてもらいました『面影リグレット』ですが、読んでくださった方から、分割した方が読みやすいというアドバイスを頂きましたので、連載版を作らせていただきました。

 この小説は短編『面影リグレット【お題:面影】』を修正、改訂、加筆した上で分割し連載の形にしたものです。短編『面影リグレット【お題:面影】』を読んでいただいた方々には、ほぼ同じ内容ですので、お読みにならないことを推奨いたします。

 もともと、この拙作はお題小説です。お題は「面影」ということで、面影にまつわるお話を執筆させてもらいました。ジャンルは色んな見方がありそうなのでよく分からないのですが、実験的な意味合いも込め、決めさせていただきました。

 少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 七月二十一日



 その日の朝は日照り雨だった。

 空は眩しいほどに明るく、薄くかかった雲のベールは遥か彼方の太陽の光を受けて白く輝く。しかしそんな中、細かな雨粒が斜めに降りる。

 《彼女》は視界の端で、その存在を僕に訴える。雨なのに傘はない。腰の辺りまである長い黒髪。顔は――そう、顔は見えない。その長い髪の毛が顔の前にかかり、表情すら全く伺えない。真っ白なワンピースは風もないのにゆらゆらとなびき、そのせいか《彼女》は体を左右に揺らしているようにも見える。肌は青白く、生者のそれでは――ない。

 それだけのことが判る。今日《彼女》がいるのは道路を挟んで五十メートル以上も離れた所。アパートとアパートの間の僅かな隙間でこちらを向いている。高校への通学路の何でもない歩道で、僕は《彼女》に関して、それだけの情報を感受出来る。服装も、生気のない肌の蒼白も。それが不思議であり不気味だ。

 ――否、不気味だが不思議ではない。僕は《彼女》がどんな姿なのか知っているんだ。それも当然、僕は《彼女》をもう幾度となく見ているのだから。

 しかし、僕は《彼女》が誰なのか知らない。なぜ僕の前に現れる? 何者だ? なぜ、僕にしか見えない? 僕に何がしたい!? 僕に何をさせたい!?

 ――お前は、誰だ?

 まさか――。

「危ない!!」

 背後から声がした。

 目の前にトラックが迫っていた。通りがかりのおばさんが、凄い剣幕で何かを叫んでいる。

 トラックはこちらに向かって突っ込んでくる。十五メートル、十メートル……。

 そこで我に返った。 

 ――死ぬ!!

 僕は右手の方向に向かって思い切り飛んだ。

 凄まじい轟音と共に、目の前でトラックが電柱に衝突し、大破した。



 危機一髪だった。トラックの運転手は突然の心臓麻痺でアクセルを踏んだまま気を失ったらしいことが後に分かった。

 だが、そんなことはもはやどうでもいい。

 《彼女》がこれ以上僕の前に現れたら、頭がどうにかなりそうだった。《彼女》を見る度に考えてしまう。《彼女》が何者なのか、いったい誰なのか、なぜ僕にしか見えないのか。暴走したトラックが目の前まで接近していることに気付かないほどに考え込んでしまう。

 言い知れぬ恐怖心があった。

 誰だか判らないはずの《彼女》が、誰だか判ってしまいそうで――それが、怖かった。



 行きの通学路で死にかけたことも忘れ、僕は学校で無心に授業を受けた。何もなかったかのように、一歩も動かずに自分の席に座っていた。いや、その姿は周りからすれば何かあったように見えたかもしれない。

 友人に話し掛けられても、「疲れてるから」と追い返した。幸い、僕に友人は少ない。入学から四カ月が経とうとしているが、入学前から僕は奇妙な幻覚に悩まされ、友人など作れるはずもなかった。数人追い返せばそれで済んでしまう。追い返した数人の名前ですら、覚えているか怪しい。

 僕の視点はほとんど変わらなかった。むやみに動かずに、じっとしていれば、《彼女》を見ずに済む。

 ここ数ヶ月はずっとこんな感じだ。最近の僕はどうかしてる。ただの幻覚に、何を悩まされているんだ――――。

 帰りのショートホームルームを終え、僕は机に顔を伏せた。そのまま微睡みに溶け込むのを、ただじっと待った。

 ――――放課後。

 目を覚ますと、かなりの時間が経っていた。激しい頭痛が僕を襲う。まるで目を覚ますことを体が拒絶しているようだ。あまりの痛みに唸りを上げる。

 教室の時計に目をやると、七時四十五分を差している。思い返すと夏至を過ぎてもう数週間だ。この時間帯になって、ようやく窓の外が暗みがかる。窓際の前から二番目の席。外の様子は自然と目に映る。

 ――何度、この見晴らしの良い席に困らされたか……。

 開いた窓から暖かい風が吹き込む。背後で小さな金属音がした。

「やっと起きたかい? 真田夏樹さなだなつきクン」

「……!?」

 誰もいないと思っていた背後から声が響いた。真田夏樹……僕の名前だ……。

 僕はゆっくりと声のする方向へ振り返った。

 僕の眼前に佇んでいたのはクラスメートの男子だった。ワイシャツの袖を肘の少し前まで捲り、同じように制服のズボンの裾も膝下まで捲り上げている。シャツのボタンは第三ボタンまで外しており、胸元に白と黒の勾玉を組み合わせたような太極図のネックレスを覗かせている。髪は赤みがかった茶髪、右耳には星形の形状の金属輪のあしらわれたピアスが目立つ。どう考えても教師に目を付けられる不良スタイルだ。こいつの名前は――覚えていない。派手な名前だったのは記憶に残っているが。

「あんた、いつからそこに居たんだ?」

 僕は不快感を隠そうともせずに言った。気を遣う理由もない。話すのはこれが初めてだ。

「キミが眠る前から居たけれど、その質問、いささか奇妙ではないかい? ボクはこのクラスの生徒なんだしさ、ここに居たところで何ら不思議はないだろ?」

 目の前の不良は、チャラチャラした恰好の割には理路整然と話す。

「……あんたの言うとおりだ。だが、理由もなしにこの時間帯まで教室にいるという点で奇妙なのはあんただ。僕は至極当然な問を発したはずだ」

「あんたあんたってさぁ。ボクにはしっかりと名前があるんだよ、真田クン。……いや、そうか、覚えてないだけだね。ボクの名前は安倍等含あべらがん。それから、ここに居る理由もあるよ。キミが目覚めるのを待っていたんだ」

 そう言うと安倍はこちらを指差した。

 ――何だ、コイツ。全て見通したような目をしている。

「……僕に何の用があるんだ? 悪いが僕は疲れてるから、お前に付き合ってる余裕はない」

「つかれてる? あぁ、疲れてる……ね。確かにキミはつかれてるよ」

「……何でお前が、僕が疲れていることを知ってるんだよ。……いや、まあ確かにあんだけ爆睡してりゃそう見えなくもないか……」

「違うね。真田クン、キミは『疲れている』んじゃなくて『憑かれている』んだよ」

「……!? 今、何て……?」

「だからさっ。キミは憑かれているんだ、物の怪に」

「…………物の怪?」

「そう、物の怪だ」

 安倍等含は右口角を上げて、確かにそう言った。

「……見えてんのか?」

「主語を補ってくれないか? 真田クン」

「白い服の……女だよ」

「面白いな、真田クン。大抵の女子高生は白いワイシャツを着用してるけどね……それとも、白い服の『普通じゃない』女の話かな?」

 安倍は下等生物を見るような目で僕を見下して言う。僕は徐々に苛立ちを募らせていた。

「…………安倍、お前は《彼女》の正体を知ってるのか? アレは何だ。何で僕の前に現れる。お前は何を知ってるんだ?」

「言ったろう、それは『物の怪』だ。だが、悪霊の類じゃない。ただキミの前に現れるだけの存在。キミが気にしなければ済む話さ。害はない」

「ふざけるな! お前が何で《彼女》の存在を知ってるのか分からないが、害がないはずないだろ! 僕はずっと悩んでるんだ! 今朝だって、アレの事を考えていて、死にかけた!」

「……だろうね。キミがアレを気にしないでいるのは不可能だ。何故ならアレはキミが発端で発生した物の怪だからね。……ボクがキミと一対一で話せる状態を作ったのは、ボクの善意をもってキミの悩みを解決してあげようと思ったからだ。クラスメートが《面影》を自身に引っ張り込んでいるのはボクとしても好ましく思わないからね」

 安倍はそう話して、右耳のピアスを指先で軽く弾いた。ピンッと音を立ててピアスが揺れる。

「オモカゲ? 何だよ、それ」

 僕は尋ねずにはいられなかった。本当は「物の怪」というものの意味がまず解らないのだが。

「既に亡き者の姿さ。……真田クン、ボクが言うのも変だけれど、キミはオカルトを信じちゃう質かい? 普通の人は、まずは『物の怪』に対して納得がいかないはずだけれど」

「……僕は《彼女》が幻覚であると信じようとしていた。だが、お前が《彼女》を知ってるなら、その線はない。人ならざる者、異形の存在だってことにした方が辻褄が合う。僕にとってアレはそれだけ異常だ」

 僕がそう言うと安倍は薄ら笑いを浮かべた。

「そんなら話が早い」

「《彼女》はいわゆる『霊』なんだな。何で僕に憑いた?」

「霊……ねぇ。うーん……。……時に真田クン。キミはその女が誰か知らないのかい?」

「……あぁ、知らない」

 ――知らないはずだ。知らない……はず。

「《面影》なんだから、キミが知らないのはオカシイなぁ。既に知っている姿がキミに見えてるはずなんだが。……まぁね。気持ちは分かるよ、真田クン。だけれども、キミがそれを認めなければボクも解決策を伝授出来ないんだ」

「認めるも何も、僕は何も知らない」

「質問、キミの親、兄弟、親戚に最近亡くなった人はいるかい?」

「いない」

「じゃあ、特別仲の良かった友達が亡くなった?」

「……いや、ない」

「じゃあ……キミにとって大切だった誰かが亡くなった……とかは? まぁ、これは前の質問と重複してるけども……」

「…………」

 ――大切な誰か。

 安倍のその言葉を聴いた瞬間、ある少女の顔が頭に浮かんだ。

 あいつが霊になるなんて……。あいつ――結城小夜ゆうきさよが僕の前に現れるなんて……あるはずが……ない。

「幼なじみが……一年前に……。だけど……」

「……それだ。真田クン、その子に間違いない。何故早く言わなかった?」

「違う! 《彼女》は……小夜……じゃない。だいたい……髪で隠れて顔が見えないんだ」

「真田クン、それが確固たる証拠さ。キミが認めたくないから顔が見えないんだよ。認めろよ、真田クン。キミが認めなければ、問題は解決しない」

 安倍ははっきりとした口調で、問い詰めるように言い放った。

 もはや認めざるを得なかった。僕は、《彼女》が死んだ幼なじみの小夜であることを認めたくなかったんだ。

 心の中に、頑なに拒み続けていた何かが、すっと入り込んだ心地がした。体が重く感じた。

「……小夜は……何で僕の前に……」

「キミが、何かやり残しているからさ」

「……小夜は、僕のせいで死んだんだ。僕なら小夜を救えたんだ。だから、小夜は僕を怨んでる」

「ばかだな、真田クン。ボクは悪霊の類じゃないって言ったろう。……まぁいいや。まずはキミと幼なじみ……何だっけ、えーっ……小夜チャンか。真田クンと小夜チャンに関して、詳しい話を聞きたい。ホントは事情は聞く必要はないんだが、キミの場合、念の為に……ね」

 安倍が僕に近づきながら言った。

 安倍等含。初めて話すというのに、僕に何が起きているのか、全て見通しているようだった。

 もはや、この風変わりで謎に満ちた男に頼るしかなかった。

 僕は、安倍に訝しげな視線を送りながらも、全てを話すことを決めた。




お読みいただき感謝いたします!

中編に続きます。

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