表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

第1話 告白

サークルの打ち上げ。


二次会のカラオケボックスは、アルコールの匂いと安っぽい芳香剤、誰かが順番に歌っている流行歌の重低音や喧騒で満たされていた。



お開きの時間になると、三次会に行く集団から逃げるように、先に会計を済ませて店を出た健斗けんとを追いかけた。

三月の夜風は、火照った頬には少し冷たすぎる。



「……健斗!ちょっと待って!」

呼びかけると、少し先を歩いていた健斗が足を止めた。街灯のオレンジ色が、彼のアスファルトに伸びる影を長く引き伸ばしている。彼はゆっくりとこちらを振り返った。その瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。酒のせいか、それとも夜の闇のせいか、いつもよりずっと深くて読み取れない。



「……あかりも帰る組か?他のみんなは三次会?」

「……もういいの。それより、話があるから。そこの公園で。良い?」



心臓が、耳の奥でうるさいほど鼓動を刻んでいる。


大学一年の春に、このサークルで出会ってから、もう二年が経つ。

ちょっとしたことで競い合ったり、サークルの企画で頭を悩ませる指先を眺めたり。いくつもの時間が積み重なって、私の中の『好き』という感情は、もう自分一人では抱えきれないほど膨れ上がっていた。



サークルメンバーにも相談したが、すっかりバレバレだったようで

「健斗が好き?うん、みんな知ってる。というかまだ付き合ってなかったんだ。絶対成功するから、さっさと告っちゃいなよ」と後押しも受けて、今日、この気持ちにケリをつけることを強く決意していた。



「あのね、私……健斗のこと、ずっと好きだった。……付き合ってほしい」

誰もいない、夜風に揺れる木々のさやさやとした音が包む小さな公園。


飾らずに、ストレートに。

溜めに溜めた言葉を出した瞬間、世界の音が消える。



健斗は表情を変えず、ただじっと私を見つめている。一秒が、一分にも感じられる沈黙。彼はふう、と肺の中の熱を吐き出すようにため息をついた。

「……あー……。……悪い。ちょっと考えさせてくれ」



想像もしなかった一言が、私の足元から地面を奪い去り、代わりに氷のような冷気で全身を包み込んだ。

……成功を確信していた周囲の言葉が、今は耳の奥で、無責任な雑音として鳴り響いている。



健斗だって、馬鹿じゃない。私が彼を特別に思っていること、飲み会でいつも隣に座ろうとすること、彼に嬉しいことがあれば私が誰より喜ぶこと……。

周囲もわかっているほどなのだから、彼は当然、私が自分を好きなことを『知っていた』はずだ。



それなのに、出た答えは『保留』。



健斗の脳裏には、一瞬でさまざまなリスクが浮かんでいた。サークル内のバランス、共通の友人たちの顔、そして何より、今の『仲の良い同級生』という均衡が崩れることへの恐怖。

彼はこのつかず離れずの居心地の良さを壊したくなかった。



けれど、私の次の言葉が、彼の防波堤を粉々に砕いてしまった。




「待って!……なんでもするから。健斗が望むなら、私、何をされても良い。健斗の理想の女の子になるから……だから、そんな、『考えさせて』なんて言わないでよ…!」



自分でも引くぐらい必死だった。情けないし、重いし、最低な告白だ。

待った結果がOKである確率は高いだろう。けど、振られる可能性は?

時間が経って冷静になれば、より敗北の匂いが強くなるのでは……?


彼を失うくらいなら、自分のプライドなんていくらでも切り売りできる。

そう思った結果、出した言葉だった。



ふと、健斗の視線が、私の握りしめた手に落ちていることに気づいた。



(なんでも、する……?)

その言葉が、健斗の理性のスイッチを狂わせていた。



もし、この『あかり』という、無垢で、自分を全肯定してくれる存在を、自分だけの歪なルールで染め上げることができるとしたら。今まで誰にも言えず、深夜の妄想の中にだけ閉じ込めていた『黒い欲望』が、アルコールの勢いを借りて喉元までせり上がっていた。



一度口に出せば、もう元には戻れない。清廉な『サークルの仲間』としての自分は死ぬ。絶交されるかもしれない。それでも、目の前の、自分の事が好きで、何でも聞いてくれるという、その必死な瞳が、彼の中の獣を呼び覚ましてしまった。



「……ほんとに? なんでもするって、言ったよな、今」

「うん!嘘じゃないよ!!」

被せるように畳みかけ、彼の手を、力を入れてぎゅっと握る。



健斗は私の手を振り払わなかった。代わりに、彼は一歩、私のパーソナルスペースを侵すように踏み込んできた。鼻先が触れそうな距離。アルコールの匂いに混じって、彼特有の清潔な、でも男の子らしい匂いが鼻腔を突く。



「じゃあさ……今……ここで、脱げって言ったら?できる?」

心臓が跳ねた。羞恥心が全身を駆け巡り、肌が粟立つ。逡巡したが、けれど、それ以上に『彼に求められている』という歪な高揚感が勝った。



私は震える手で、ブラウスの第一ボタンを外す。



「……いいよ。健斗が見たいなら」

「……待って」



健斗が、第二ボタンに掛けた私の震える手を、上から力強く、けれど静かに制した。彼の指先は、夜風にさらされていたはずなのに、驚くほど熱い。



「いや、脱がなくていい。……その代わり、もっと別のことしてよ」

「何……かな?」



一度大きなため息をつき、決意したように私を見る。

「……お……おもらし、してみて。……今、おもらしするところ、見せてほしいんだよね」



「……え?」



(おもらし……?おもらしって…あの?)

脳が言葉を拒絶した。聞き間違い。あるいは、高度な冗談なのか。



けれど、至近距離で見つめる健斗の目は、驚くほど真剣で、同時に狂気を孕んで据わっていた。



「……前からずっと……見てみたかったんだよね。女の子が、おしっこを限界まで我慢して、どうしても耐えきれなくなって……そのまま漏らしちゃうところ」



その言葉には、酔った勢いの軽薄さなど微塵もなかった。もっと根深く、何年も彼の中で発酵し続けてきた、誰にも言えない本音の重みがあった。


健斗は私の反応を楽しむように、さらに声を潜めて続ける。

「あかりが俺を好きで、なんでもするって言うならさ……今、そのままおしっこしてみてみよ。そしたら返事、OKしてもいい」



足の力が抜けそうになった。


憧れていた彼の内側に、こんなにも歪で、湿り気を帯びたどす黒い欲望が隠されていたなんて。

羞恥、困惑、そして理解しがたい興奮が混ざり合い、私の思考は飽和状態に陥り、停止した。



「……無理。そんなの、……無理だよ……っ!」

「だって、なんでもするんだろ?」



健斗の手が、私の頬に触れた。熱くて、優しい、拒絶しがたい愛撫。



「無理なら、いいよ。……この話は、なかったことにしよう」

その冷たい響きに、私は弾かれたように彼の袖を離した。



逃げ出したい。でも、彼を掴んでいたい。

矛盾する感情に引き裂かれ、私は何も答えられないまま、夜の闇の中へ逃げ出した。



背後で健斗がどんな表情をしていたのか、確かめる勇気なんて、今の私には一欠片も残っていなかった。

ただ、心臓の鼓動だけが、逃げる足取りに合わせて『おもらし』という卑猥な響きを何度も何度もリフレインしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ