邂逅
『前方二百。小型反応、複数』
「止まれ」
即座に停止。もう誰も慌てない。
草むらの向こうから現れたのは、犬に似た魔物だった。
いや、犬というより──骨格が剥き出しの狼、と言った方が近い。毛は薄く、皮膚の下で筋肉が不自然に盛り上がっている。さっきの奴に似ているが
「脚、速そうだな」
「牙が長い。噛みつき特化だ」
誰かが呟く。
感情は混じらない。評価だけが飛ぶ。
「距離百五十。寄せるな。散らす」
MINIMIが短く吠えた。
数秒。
倒れた個体、逃げる個体。
終わりだ。
車列が再始動する。
だが、すぐ次が来る。
『右斜面、動きあり!』
今度は、背の低い人型だった。
人間の子供ほどの背丈。腕が異様に長く、背中が丸まっている。顔は見えない。布の切れ端のようなものを纏っているが、装備と言えるほどのものじゃない。
「……また人型か?」
一瞬、空気が張りつめる。
だが、誰も止まらない。
「武器なし。接近意図あり。撃て」
躊躇はなかった。
小銃の連射。
人型は倒れ、動かなくなる。
静かだ。
あまりにも、あっさりしている。
「……今の、何だったんだ」
「人じゃないのは確かだが……」
ゼインが、遅れて口を開いた。
「《スクラ》ですね」
「名前があるのか」
「あります。下級の中でも最下層。集団で人を襲いますが、単体では脅威にならない」
そう言い切る声に、迷いはなかった。
だが、その直後、彼は付け加えた。
「ただし……」
「ただし?」
「本来、街道近くには出ません」
嫌な感覚が、また一段積もる。
昼食を摂ってからも、同じような戦闘が続いた。
四足の小型。這い回る虫のようなもの。羽音だけで姿を見せない個体。
どれも、撃てば止まる。
撃たなければ近づいてくる。
消耗は少ない。
弾も減らない。
それが、逆に不安を煽った。
「敵が弱いんじゃない」
誰かが言った。
「俺たちが、深く入りすぎてる」
夕方、遠くに人影が見えた。
車列が自然と減速する。
「止まれ。武器下げろ。照準は維持」
簡易で築かれた砦のような施設。その柵の内側に、人影。
鎧。杖。布装束。
「……魔導師団か?」
「可能性高いな」
ゼインが、静かに言った。
「この辺りは、王都直轄ではありませんが、街道警備の魔導師が巡回します」
「敵対の可能性は」
「低いと思われます。ただ……」
「ただ?」
「彼らは、貴方がたを“理解できない存在”です」
それは、こちらも同じだった。
車両から降り、武器を下げた状態で接近する。
ゼインを前に立たせ、俺は半歩後ろに立つ。
柵の向こうから、男が出てきた。
二十代後半。青いローブ。胸に王都紋章。
「……近衛騎士団?」
「そうだ」
ゼインが応じる。
「こちらは、王都より派遣された協力部隊だ」
魔導師の視線が、俺たちの装備に向く。
銃。車両。通信機。
「……聞き及んでおります」
言葉を選ぶような口調だった。
「異界の兵、ですね」
「ああ」
否定はしない。
沈黙。
魔導師は、ちらりと周囲を見た。
「最近、この街道では魔物の動きが妙です」
「どのように」
「群れが、無駄に突っ込んでこない。観察しているような……」
俺とゼインの視線が、一瞬だけ交差する。
「同感だ」
俺は言った。
「こちらも、同じ印象を受けている」
魔導師は、わずかに目を見開いた。
「……やはり」
情報交換は短時間で終えた。
敵対なし。協力も、まだ限定的。
「冒険者たちは?」
「街にいます。腕の立つ者も」
「分かった」
別れ際、魔導師が言った。
「忠告します」
「なんだ」
「魔物に、理屈は通じません。降伏の真似をする者もいますが……」
「……裏切る、と」
「はい」
俺は、頷いた。
「覚えておく」
車列が再び動き出す。もう日暮れが近いので、野営地へ戻る。
隊内は、より静かになった。
銃を持つ手が、自然と締まる。
(この世界の“戦争”は、俺たちの知っているそれと、似ていて、違う)
今日は、血は流れていない。
だが、張り詰めた糸は、確実に細くなっている。
切れるのは、いつだ。
それを考えながら、俺は前方を睨み続けていた。




