弔いと決意
車列から少し離れた小高い場所に、簡易的な祭壇が設けられている。
そこに置かれているのは、松田佑樹3等陸曹の小銃と、ヘルメット、そして階級章。
その前では2人の隊員がシャベルで穴を掘っている。森から切った木でできた、棺を納めるための穴だ。
63名で来た。
62名になった。
その事実が、夜が明けてもなお、じわじわと胸に染み込んでくる。
自衛隊には、戦死を前提とした制度がある。
だがそれは、紙の上の話だ。
演習では何度も「想定戦死」は経験したが、本物は、まるで違う。
俺は、松田3曹の最後の姿を思い出す。
撃てば止められた。
だが、撃てなかった。
それは俺だけじゃない。
誰もが一瞬、躊躇った。
──人の形をしていたからだ。
「……佐伯殿」
背後から、静かな声がかかった。
振り返ると、ゼインが立っていた。鎧は着ていない。夜営用の軽装だ。
ゼインは祭壇の方を見て、少しだけ目を伏せた。
「……彼が、亡くなった方ですね」
「ああ。松田3曹だ」
ゼインは少し考えるように黙り込んでから、言った。
「不躾なことを言うかもしれませんが……それでも、問わせてください」
「なんだ」
「佐伯殿は、あのような死を……想定していたのですか」
簡単な問いだ。
だが、答えは簡単じゃない。
「制度としては、な」
俺は正直に言った。
「だが、現実としては……正直、甘かった」
ゼインは何も言わずに聞いている。
「俺たちは“人型の敵”を撃つ訓練は受けてきた。だがそれは、あくまで人間同士の戦争だ」
「……」
「武器を持っていない、人の形をした“魔物”は、頭では理解していても、指が止まった」
ゼインは、わずかに拳を握った。
「我々にとって、人型の魔物は……最初から“討つべき存在”です」
「だろうな」
「ですが、佐伯殿方は違う。……それが、昨日よく分かりました」
それは責める声じゃなかった。
むしろ、理解しようとする声だった。
「ゼイン隊長」
「はい」
「これから先、もっと死ぬかもしれない」
「……はい」
「だが、昨日と同じことは繰り返さない」
俺は、そう言い切った。
自分に言い聞かせるように。
やがて、時刻になり、全隊が集合する。
整列。
63名でやってきて、62名で並ぶ。
欠けた一人の場所が、はっきりと分かる。
棺を納め、上から土をかける。火葬をしてやれなかったのが、口惜しい。
大きめの石に銃剣で『日本国陸上自衛隊 第17即応機動連隊113分隊 松田佑樹3等陸曹 此処に眠る』と彫り、盛った土の上に建てる。
「──黙祷」
号令とともに、全員が目を閉じた。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
松田佑樹3等陸曹。
年齢、27。
普通科。
家族構成は、実家に両親と妹。
報告書では、たった数行で終わる情報だ。
だが、その裏には人生がある。
「──黙祷、終わり」
俺は一歩前に出た。
全員の視線が集まる。
いつもなら慣れているはずの視線が、今日は重い。
「松田3等陸曹は、任務中に戦死した」
事実だけを、淡々と告げる。
「敵は人型魔物だった。射撃を躊躇した結果、被害が出た」
「……」
「陸上自衛隊創設以来初の戦死だ」
「……」
「責任は俺にある」
隊列が、わずかにざわつく。
「俺が、撃てと命じるのが遅れた。俺が、決断できなかった。だから、松田3曹は死んだ」
逃げない。
上官として、それだけはしないと決めていた。
「だが」
俺は一度、息を吸った。
「次は撃つ。違う人型だろうが、魔物だ。撃たなければ、やられる」
誰も目を逸らさない。
「俺たちはヒーローじゃない。救国の英雄でもない。俺たちは、日本国陸上自衛官だ」
その言葉を、噛み締めるように続ける。
「民間人を守る。仲間を守る。そのために、撃つ。松田3曹の死を、無駄にはしない。それだけは、約束する」
沈黙。
やがて、誰かが小さく敬礼した。
それが連鎖して、全員が一斉に敬礼する。
ゼインと近衛騎士たちも、見よう見まねで頭を垂れた。
その姿を見て、俺は少しだけ思う。この世界でも、弔いは弔いなのだと。
葬儀が終わり、部隊は再び動き出す準備に入る。
空気は、昨日までとは明らかに違った。
重い。
だが、締まっている。
誰も軽口を叩かない。
だが、目は前を向いている。
俺は車両に戻る前、もう一度だけ祭壇を振り返った。
113分隊の連中が松田3曹の墓標の前で手を合わせている。
「……行くぞ、松田」
「俺たちは、前に進む」
そう声をかけることが、彼らにできる唯一の弔いだった。
エンジンがかかる。
濃緑色の車列が、再び北へ向かって動き出す。
もう、後戻りはできない。
害獣駆除なんて口が裂けても言えない。ここから先は──戦争だ。




