戦死
焚火は三つだけ。
それも車両の陰に隠すように置き、炎はできる限り低く保っている。
二回目の野営。
日中に獣型魔物と交戦し、隊は確実に「異世界での戦い」に慣れつつあった。
だが、その感覚がかえって不気味だった。
静かすぎる。
虫の声がない。
風はあるのに、森が死んでいるように感じる。
『第一警戒線、異常なし』
定時の無線報告を聞きながら、俺は地図と周囲を見比べていた。
配置に問題はない。警戒線も厚い。
それでも、胸の奥がざわつく。
「……嫌な夜ですね」
隣で、ゼインが小さく言った。
月明かりに照らされた横顔は、昼間と変わらず整っている。鎧を着ていても、どこか都会的というか、育ちの良さが隠れない男だ。
「理由は?」
「理由が分かるなら、嫌な夜にはならないでしょう」
苦笑するような声だった。
俺も、同じ気持ちだった。
その時だった。
──枝を踏む、軽い音。
『警戒線、接触音あり!』
無線が被る。
瞬間、俺は叫んだ。
「全隊、警戒!照明弾はまだ使うな!」
森の縁に、影が立っていた。
二足で。
人と同じように。
心臓が、一拍遅れて跳ねる。
(……人?)
そう思った瞬間、体が硬直した。
銃を向けているのに、引き金に力が入らない。影は、ゆっくりとこちらを見ている。
顔は見えない。だが、姿勢も動きも、人そのものだった。
「……隊長」
誰かの声が震える。
「撃て」
命令は出した。だが、誰も撃たない。その一瞬で、影が動いた。
信じられない速さで距離を詰め、警戒線を越える。
次の瞬間、悲鳴。
「──ッ!」
隊員が倒れた。
喉を押さえ、空気を求めるように痙攣している。
「撃てぇ!」
今度は、全員が撃った。
銃声が夜を引き裂き、閃光が森を照らす。
影は複数いた。
人型の“何か”が、次々と倒れていく。
数十秒後、静寂が戻った。
俺は走った。
倒れた隊員のもとへ。
「……」
もう、息はなかった。喉笛が食いちぎられている。言葉が出ない。
俺の命令が遅れた。
撃てと言ったのに、俺自身が撃てなかった。
ゼインが、少し離れたところで立ち尽くしていた。
「……人型、でしたね」
「……ああ」
それしか言えなかった。
彼は一度、息を吸った。
「斬らねば、殺される。そういう存在だったのですね」
敬語は崩れていない。
だが、その声は確実に変わっていた。
夜明け前、霧が野営地を覆った。
血の跡も、倒れた“それ”の姿も、白の中に溶けていく。
だが、死だけは消えない。
俺は帽子を取り、黙って立った。
戦死。
演習ではない。
訓練でもない。
誰も泣かなかった。
泣く余裕がなかった。
「……俺が撃てと言うのが遅れた」
ぽつりと言った。
「違います」
隊員のひとりが、その言葉を否定した。
「だが」
「隊長が命令した時に撃っていれば、襲われずに済みました。でも、躊躇した。躊躇してしまった。俺も、アイツも。人に似てても人じゃないんだから撃てばよかったのに」
まるで慚愧を噛み締めるように言葉を紡ぐ。そういえば、彼は戦死した隊員と同期で、同じ分隊だった。悲しみは、そして後悔は、誰よりも大きいのだろう。
「違わないが、今はそれを言うな」
言葉は、どれも正しく、どれも間違っていた。
午前六時。
起床ラッパが鳴り響く。
音が霧の中に広がり、隊員たちが起き上がる。顔は疲れ切っている。
だが、目が違った。
(もう、撃たずに済む世界じゃない)
それを、全員が理解した朝だった。




