自衛隊式野営法
特に景色が変わる訳でもない平原の中央に走る一本の馬車道を濃緑色の車列が土埃を立てながら駆け抜ける。
外を見ても景色が変わらないのだから、外が見えないパトリアの兵員室とあまり変わらない。極たまに現れる村や街のようなものがちゃんと進んでいることを自覚させてくれる。
この世界では街道と街が一体化しているらしく、街道沿いに家屋が並び、そのまま中央通りになっている。人や家畜が近くを行き交うため、街に入るたび速度を落とす必要があった。
外が見えない車内でも、エンジン音の変化や減速の感覚で、隊員たちは「今、街だな」と察しているだろう。
出発後、すぐに今の状況を全隊に説明した。まだ理解が追いついていないのか、もしくは理解した上で現実味のない現実に打ちひしがれているのか、無線で何かが語られることはない。各車内では何か話しているのかもしれないが。
『隊長』
沈黙を破ったのは、24式装輪装甲戦闘車の車長、桐生浩蔵三等陸尉だった。
「なんだ」
『そろそろ日が傾いてきてます。この世界の夜間環境も分かりませんし、初日は早めに野営に入った方が良いかと』
前方を見る。確かに太陽は低くなり、地平線近くで橙色に染まり始めていた。
「同意する。適地を探そう。偵察オート、前方で野営可能地点を探せ。街道からあまり離れすぎるな」
『了解』
ほどなくして、小高い丘と疎らな林に囲まれた場所が見つかった。街道から少し外れ、視界も悪くない。
「ここにしよう。全隊、野営準備」
命令が飛ぶと、隊員たちは淡々と動き始めた。
車両配置、警戒線の設定、テント設営。異世界だろうと、やることは変わらない。施設科がいないので宿営壕を作ったり大型テントで寝ることはできないが、なんとかテントと車両を組み合わせたりして全員分の寝床と警戒所ができるように準備する。
近衛騎士たちは、その様子を少し離れたところから呆然と眺めていた。
「……随分、手際が良いな」
ゼインが感嘆したように呟く。
「慣れてるだけです」
普通科の隊員がそう答えながら、ポールを組み、迷いなくテントを立てていく。
「この布切れで、夜を越すのか?」
「はい。雨風は防げますし、張るのも撤収も早い」
騎士たちは顔を見合わせ、小声で何か話していた。
どうやら「野営=焚き火と毛布」程度の認識らしい。
やがて簡易的な野営地が完成し、周囲に警戒配置が敷かれる。
空はすでに暗くなり始め、遠くで虫のような鳴き声が聞こえていた。
「さて、飯にするか」
その一言で、隊員たちの動きが少しだけ緩む。
取り出されたのは、見慣れた茶色いパッケージ――戦闘糧食Ⅱ型だ。
「……それが食事か?」
近寄ってきたゼインが眉をひそめる。
「そうです。今日は和風ハンバーグと白飯ですね」
「は、箱の中に入っておるのか?」
「温めれば、そのまま食えますよ」
加熱用の発熱剤に水を注ぐと、白い蒸気が立ち上る。
それを見て、騎士たちが一斉に身を引いた。
「うわっ、魔法か!?」
「いや、化学反応です」
数分後、包みを開くと湯気とともに匂いが広がる。
「……美味い」
最初に口にしたゼインが、素直にそう言った。
「肉が柔らかい。保存食とは思えん。我々が持ってきた干し肉なんかとは比べられんな」
「これで数年保つんだから、すごいですよね」
騎士たちは次々と感想を口にし、警戒しながらも箸──ではなくスプーンを動かしていた。
そんな光景を少し離れたところから見ながら、俺は夜の平原を見渡す。
静かだ。
だが、この静けさがいつまで続くかは分からない。
(ここは演習場じゃない。だが……やることは同じだ)
そう自分に言い聞かせながら、俺は夜間警戒の配置を再確認した。




