冒険者
夜明け前のアストレリアは、静かだった。
石畳は朝露をまとい、昨日よりもさらに人影が少ない。スタンピードで避難した者たちの空白は、朝になるとより鮮明になる。
宿の一室。
佐伯は、王から下賜された金貨の入った革袋を机に広げていた。
「各自、必要な物資の調達を優先。武具、保存食、衣類、情報収集。無駄遣いはするな。ただし──」
隊員たちを見る。
「この街の経済を回すことも任務の一環だ。節度を守って楽しめ」
緊張がほぐれたように、小さな笑いが起きた。
異世界の街での買い物。
それは警戒と好奇心の混ざった任務だった。
やがて分隊ごとに散っていく背中を見送り、佐伯は一人残った。そこへゼインが現れる。
「行くか?」
「ああ。案内を頼む」
二人は中央区画へ向かった。
石造りの重厚な建物が見えてくる。入口上部に掲げられた剣と盾の紋章。扉を押し開けると、酒と革と鉄の匂いが混じった空気が流れ出した。
木製の長机。壁一面の依頼書。鎧姿の戦士、弓を背負う女、杖を持つ魔術師。視線が一斉にこちらへ向く。
迷彩服。規律正しい立ち姿。異質な存在。
「例の異国兵か……」
ひそひそとした囁きが広がる。
ゼインは気にせず受付へ進んだ。
受付に立つ女性は落ち着いた眼差しをしていた。だがかつては冒険者だったのだろう、立ち姿に隙がない。
「ご用件は?」
「彼に登録を勧めたい」
ゼインの言葉に、周囲がざわめく。
佐伯は一礼した。
「ゼイン、悪いが俺は任務中の軍人だ。登録は見送らせてもらう」
一瞬、空気が張り詰める。冒険者登録を断る者は珍しい。
受付の女性は小さく頷いた。
「所属を明確にするのは賢明ですね」
その言葉で、わずかに緊張が解けた。
だが奥の席から椅子を蹴る音が響く。
大柄な男が立ち上がった。顔は赤く、酒気を帯びている。
「登録もしねぇで顔出すたぁ、随分なご身分だな」
周囲が顔をしかめる。
「やめろ、ローグ」と低い声が飛ぶが、男は止まらない。
「強ぇって噂だけで偉そうにすんな。大体、なんだその見窄らしい格好は」
(なるほど、迷彩柄を知らない人には戦闘服は見窄らしく見えるのか)
自分でも驚くほど冷静にそんな事を考えていると、痺れを切らしたローグと呼ばれた男が叫んできた。
「てめぇ、無視してんじゃねぇぞ!そんな余裕ぶっこきやがって、俺より弱いなんでこたぁ無いだろ?オラ、外だ」
木剣が放られる。
だがそれを拾わず、代わりに部屋の隅に置いてある太めの木の枝から適当に見繕って取る。
(これは、もしかしなくても決闘ってやつかな)
あまり乗り気では無いが、いまローグとかいう奴に何を言っても無駄そうだったので乗ってやることにした。
手に取った枝は先がやや細く、手元の方で二回曲がって根元がややズレた形をしている。銃剣道の木銃に近い形状だが、この世界の者には奇妙に映る。
周りの冒険者たちに促されて中庭に出ると、人垣ができていた。
「そんな曲がった枝で何ができる?舐めてんのか」
「良いんだよ、これで」
「後から木剣に変えろなんて言っても聞かねぇからな?」
そう言うと、ローグは木剣を斜めに構える。どうやらこの世界では片手剣が普通のようだ。動きは洗練されている。さっき小耳に挟んだが、こいつはCランク、一人前の実力者。
対する俺は左半身、中段の構え。普段使う166cmの木銃よりやや短いのでそれだけ気をつけなければならない。
しばしの沈黙。
「始め!」
踏み込みは速い。横薙ぎからの連続攻撃。木剣が空気を裂く。
だが俺は半歩ずつ間合いを外す。無駄な動きはしない。
突きが来る。
それを軽くいなして一度大きく間合いを取る。そもそも銃剣道というのは単発式小銃の先端に着剣して近接戦をする銃剣術というフランス流の戦い方を日本で競技にしたものに過ぎない。そして剣と違って斬ったりすることはできない。基本は突き。短槍と同じような動作だ。
つまり本来剣に対しては分が悪いハズなのだが、今の打ち合いで勝利を確信した。
互いに少し息を整えたところで、ローグが浅い角度で剣を振りかぶる動作をした。そう、この動きを待っていた。
俺はすり足で一歩下がり、身体をわずかに沈め、銃剣の先端を木剣の先端と合わせる。
次の瞬間、ローグの喉元に木銃。
静寂。
ローグは目を見開き、やがて苦笑する。
「……参った」
酒気の抜けた声だった。
俺は木銃を下げ、手を差し出す。
ローグはその手を握った。
ざわめきが、驚きから興奮へと変わる。
「速ぇ……」
「今の、見えたか?」
弓を背負った若い女性が駆け寄る。
「ねえ、最後のアレどうなってるの? 教えてくれない?」
「あぁ、アレは剣先を絡ませて相手が振りかぶった剣の勢いをそのままテコの原理で相手へ返す技だよ」
柳生新陰流の奥義のひとつ、「燕飛」。それを銃剣道で使えるように改良した技だ。
何気に銃剣道の全国大会で優勝した経験もある。といっても参加者はほとんど自衛隊員と自衛隊OBなのだが(そもそも競技人口がごく少数)。
「へぇ〜。よく分かんないけどすごいや。あ、私このギルド拠点にパーティー組んでるミリアって言うんだ。後ろのデカいのが大剣使いのダルク、そこのテーブルに座ってるのが一応リーダーのレオン、あと今いないけど魔術師見習いのシルヴィアってやつと一緒にやってんだ」
「一応とか言うな、れっきとしたリーダーだよ。──俺はレオン・クラディス、剣士なんだ。よろしく」
そう言ってレオンは立ち上がり、握手を求めてきた。それに応じると、レオンの手がかなり手練の剣士のものであることに気づく。
(俺より随分と若く見えるけどな)
恐らく、20歳になる前から戦って生きてきたのだろう。ここはそんな世界なんだ。
「アンタすげぇな。さっき言ってた任務ってやつが終わったらぜひウチのパーティーに入らないか?なぁ、ダルク?」
後ろで見ていた寡黙な大剣使いが腕を組み、低く言う。
「剣筋は通してる。嫌いじゃない」
そう答えると、レオンは我が意得たりとばかりに自信げに向き直る。
「なぁ、どうだ?」
そう言われてもな…
「気持ちはありがたいが、王命でここに来てるから終わった後どうなるかは分からないんだよな」
「そぉか〜。ま、考えておいてくれよ」
明らかに落胆したような声に、面白い奴だなと笑う。
気付けばギルドから最初の敵意は消え、代わりに好奇心と敬意が残った。
ゼインが小さく笑う。
「前にも言ったかもしれないが、冒険者の世界は力で語る場所だ」
俺はギルドの喧騒を見渡す。
登録はしない。任務が終わるまでは軍人だ。
だが、繋がりはできた。
スタンピードの影はまだ街に残る。依頼書の中には「残党討伐」「森の異変」の文字がいくつも見える。
数は減ったとはいえ、脅威は消えていない。
増えていく依頼。
増えていく警戒。
増えていく、未知。
アストレリアはまだ試練の中にある。
その中心で、新たな縁が静かに結ばれた。




