謁見
広間に、静寂が落ちる。
「……遠路ご苦労である」
低く、よく通る声だった。
「私は、フリードリヒ・アルヴェリオン。この地、アストレリアを預かる者だ」
その名が響いた瞬間、空気が一段重くなる。
白髪が混じるが、衰えは感じない。背筋は真っ直ぐに伸び、椅子に深く腰掛けながらも隙がない。
目が合う。
値踏みする目だ。
だが、侮りも、軽視もない。
俺は一歩前に出た。
「日本国陸上自衛隊第17即応機動連隊第1先遣隊隊長、佐伯亮介一等陸尉です。現在、王国の依頼に基づき魔物への対処を行っています」
ざわり、と周囲の空気が動く。
聞き慣れない単語。
異世界の軍。
公爵はゆっくりと頷いた。
「森での戦い、報告は受けている。門を守る兵も、貴殿らの規律に驚いていた」
視線が鋭くなる。
「…だが同時に、未知の力は恐れを伴う」
正直だ。
「貴殿らの武力は、我々の常識を超えている」
否定できない。
沈黙が訪れる。
やがて、公爵は静かに息を吐いた。
「だが、我が民に刃を向けぬ限り、客人として遇する」
その言葉で、空気がわずかに緩んだ。
「アストレリアは今、スタンピードの余波で傷を負っている。民の多くは避難中だ。貴殿らが敵でないと示すことは、我が責任でもある」
ゼインが一歩進み、頭を垂れる。
「閣下、彼らは信頼に足る御方達です」
公爵はわずかに目を細める。
「……近衛がそこまで言うならば」
一瞬だけ、威圧が解けた。
ほんのわずかだが、柔らかな表情が覗く。
「宿は手配しよう。公爵家直営の宿がある。城壁内で最も安全な場所だ」
「感謝します」
俺が答えると、公爵は小さく頷いた。
「兵を伴わせる。街は静かだが、平穏とは限らぬ」
そこまで言ってから、視線が庭の方へ向いた。
「……鉄の馬を、庭に並べたのは久方ぶりだ。前にあの光景を目にした時、私は幼子だったがな」
わずかに口元が緩む。
「奇妙な光景だが、悪くはない」
その一言で、場の緊張が少しだけ和らいだ。
館を出ると、庭の空気が少し軽く感じられた。
車両は整然と並び、花壇の向こうに噴水が揺れている。
無骨なOD色と、色とりどりの花。
異物同士が、今は静かに共存していた。
やがて宿へ案内される。
石造り三階建て。
装飾は控えめだが、品がある。
「公爵家の庇護下にある宿です。安心してお休みください」
そう言って案内役は去った。
扉をくぐると、木の香りがする。
暖炉の火が小さく揺れている。
隊員たちの顔に、ようやく緊張の抜けた表情が浮かんだ。
「……ベッドだ」
「マジでちゃんとした部屋だな」
小さな笑いが起きる。
荷を置き、装備を外す音がする。
俺は窓辺に立ち、街を見下ろした。
石畳の通り。
夕暮れの光。
静かな、しかし確かに生きている街。
その夜、隊員たちは三々五々、街へ出た。
「食い物、まともなのあるかな」
「パンと肉は確実だろ」
通りに出ると、昼よりも少し人が増えていた。
噂が広まったのか、視線はまだ集まる。
だが、恐怖だけではない。
興味。
俺とゼインはひとつの屋台の前で足を止める。
香ばしい匂いが漂う。
串に刺した肉が炭火で焼かれている。
油が落ち、火が爆ぜる。
「これ、なんの肉だ?」
「山鹿だよ。今日は運がいい」
硬めだが、香辛料が効いている。
「……悪くないな」
「美味いだろ。中々牛肉は手に入らないからな。鹿とはいえ、屋台で出せるだけスゴいさ」
別の店では、濃いスープ。
野菜と豆を煮込んだものに、黒パンを浸す。
素朴だが、温かい。
「糧食よりは百倍いい」
小さな笑い声が上がる。どうやら他の隊員のグループもいたようだ。ちゃんと服を着たこの街の住人と迷彩のズボンにタンクトップという隊員の差がまた面白い。
思わず笑い声を上げてしまった。
「あ、隊長笑わないでくださいよ!戦闘服しか持ってなかったんだから仕方がないでしょう」
「じゃあこの街で適当に見繕って買うんだな。王様に幾らか金は貰ってるぞ」
「おっ、じゃあ明日は買い物してきても良いですか?」
「あぁ、行ってこい」
やりぃ、と喜んでいる隊員を見るとまだ20代の現代人である事を思い出させてくれる。
会計を済ませ外に出ると、ところどころで隊員が歩いている。
甘い焼き菓子を買う者もいる。
蜂蜜の香りが強い。
街の人々は距離を保ちながらも、完全には背を向けない。
子供が、遠くから宿の前に停めてある車両を見ている。
それを見た隊員が優しく声をかけて車両の説明をしている。
広報でもないのに上手いもんだ。
日常が、少しだけ戻っている。
俺は、通りの端でその様子を眺めた。
(悪くない)
森では、ただ撃つだけだった。
だがここでは、話せる。
食べられる。
笑える。
それが、どれほど大きいことか。
遠くで鐘が鳴る。
アストレリアの夜が、静かに降りていく。
そして俺は思う。
この街は、守る価値がある。
まだ知らないことは多い。
だが、ここで学ぶことが、次の森で生きるための力になる。
石畳を踏みしめながら、俺は宿へと戻った。
戦いは、まだ先だな。




