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13/15

入城

 翌日

 予定通り最寄りの街へ向かう。地図とゼインによると、そこは「アストレリア」という街らしい。

 幸い距離は大した事ない。道が悪いといってもそもそもが道なき道を征く事を前提に作られた戦闘車両だ。馬車が通れる街道だったら十分速度は出る。


 城壁が、見えてきた。

 森を抜けてから約1時間半、丘の緩やかな下りの向こうに、灰色の線が横たわっている。

 石を積み上げただけの、素朴だが分厚い壁。王都ほどの威容はないが、確かな防備の意志が感じられた。


「……壁、ちゃんと残ってるな」


 車内で誰かが小さく言った。

 無理もない。スタンピードと聞けば、まず想像するのは崩れた門や焼け落ちた街だ。実際、ここまで来る途中の村、特に森に近い村は悉く破壊されていた。住民が故郷を守ろうとしたのか、木でできた馬防柵のような物も無残な姿を晒していた。

 だがここは違う。壊されてはいない。

 ただ、守ったまま閉じている。

 門は固く閉ざされ、両脇の見張り台に兵が立っている。鎧は使い込まれ、槍の穂先もくすんでいるが、その視線は鋭かった。


「全隊、速度落とせ。銃口は外に向けるな」


 エンジン音が一段低くなる。

 踏み固められた土を、装輪車がゆっくりと進む。

 壁の上、門の隙間、矢狭間。あらゆる場所から視線が集まっているのが分かる。

 好奇心よりも警戒。

 期待よりも不安。

 俺たちは、この街にとって何だ。

 救援か、それとも新たな脅威か。


 車列が門前で停止する。

 土埃がゆっくりと落ち着き、静寂が広がる。

 ゼインが一歩前に出て兜を外す。剣から手を離し、両手を見せる。


「近衛騎士団、ゼイン・ラグナスだ。王都の命により協力部隊を伴っている。開門を願う」


 門の向こうで慌ただしい気配。

 低い声が交わされ、やがて閂が外れる重い音が響いた。


 門が、ゆっくりと開く。

 隙間から見えた街は、暗かった。

 石畳の通り。

 整った建物。

 だが開いている店は少なく、人影もまばらだ。

 人はいる。だが、息を潜めている。

 車列が門をくぐると、空気が変わった。

 視線が刺さる。恐れ、警戒、戸惑い。そして、ほんのわずかな期待。


「……生きてる街だな。でも、元気じゃない」


 その通りだった。

 壊れてはいない。だが活力が削られている。

 陸自車両にしか使われない、防弾性の高いコンバットタイヤが石畳に乗り上げる。

 硬い感触が足元から伝わる。森とは違う、文明の感触。


(此処は、戦場じゃない)


 だが、安全地帯でもない。その事を噛み締めてゆっくり進む。




 やがて、兵士が駆け寄ってきた。


「公爵閣下が、お会いになると」


 ゼインがわずかに息を整える。


「案内を」


 街の中心へ進むにつれ、建物は次第に大きく、装飾も増えていった。


 そして視界が開ける。

 そこにあったのは、白い石で造られた館だった。


 公爵邸。

 高い尖塔。

 左右に広がる翼廊。

 整えられた前庭。

 鉄柵が開かれ、俺たちは敷地内へ入る。


 そこで、強烈な違和感が生まれた。

 公爵邸の前庭は、美しい庭園だった。

 刈り込まれた生垣。円形に整えられた花壇。中央には小さな噴水。

 色とりどりの花が風に揺れている。

 まるでフランスにある有名な宮殿の庭をコンパクトにしたような優美さを持っていた。

 その中を、O D(オリーブドラブ)色の車両が進む。

 直線的な車体。

 無骨なアンテナ。

 武骨な機関銃架。

 まるで、戦場の塊が、絵画の中に迷い込んだようだった。


 兵士や使用人たちが、距離を保ちながら見守っている。


「……場違いだな」


 誰かが小さく言った。

 否定はできなかった。

 車両を庭の端に寄せ、整然と駐車する。

 エンジンが順に止まり、静寂が戻る。

 その静けさの中、俺たちは降車した。

 石畳を踏む足音がやけに大きく響く。


 玄関に着くと、執事のような初老の男が扉を開いた。


「こちらへ」


 案内され、内部へ入る。

 重厚な扉が閉じられると、外の光が遮られた。

 内部は広く、天井が高い。壁には古い戦の絵画と装飾が施された朱塗軸のハルバード。


 赤い絨毯が奥へと続いている。


(建国功臣の家、か)


 歴史の重みが、空気そのものに混ざっている。

 やがて、大広間へ通された。


 奥に一段高い場所。だがまだ誰もいない。

 沈黙が流れる。しばらくすると広間の扉が再び開くいた。

 ゆっくりと、一人の男が姿を現した。

 五十代。

 背筋は真っ直ぐ。

 白髪が混じるが、衰えは感じない。

 何より──空気が変わった。


 威圧ではない。

 だが、存在そのものが重い。

 彼は上座へ進み、静かに椅子に腰を下ろす。

 視線が、俺たちを射抜いた。

 値踏みでも、敵意でもない。

 ただ、見極める目。


「……遠路ご苦労である」


低く、よく通る声。


「私は、フリードリヒ・アルヴェリオン」


 その名が広間に響く。


「この地を預かる者だ」


 沈黙。

 その一瞬、はっきりと理解した。

 この男は、ただの貴族ではない。

 歴史を背負い、民を守り、決断してきた者の目だ。

 そして同時に──


(警戒している)


 俺たちを。

 味方か、災いか。

 まだ、判断は下されていない。

 俺は一歩前に出た。

 ここからが、本当の意味での“戦い”になる。

 銃ではなく、言葉の。

 広間の空気は、張り詰めたままだった。

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