撤退
全然書く時間がない。
3/5からまた書き溜め作るからもうちょっと待っててください。
なんとか野営地に戻ってきてようやく一息つくことができた。しかし、想定される様々な過酷な状況に対応できるよう訓練に訓練を重ねてきた隊員達といえど流石にその顔には疲労が浮かんでいる。
無理もない。松田三曹の戦死で心理的なダメージを受け、加えて転移してからの片時の油断も許されない極限状況に思ったより精神をすり減らしている。とどめとばかりに先程の波状攻撃と長時間の撤退戦で体力も限界を迎えているのだ。
(キツいな。皆消耗しているのに後詰めはない。逃げ場のない島で死ぬまで戦えと命じられた旧陸軍の兵士たちもこんな気持ちだったのだろうか。…いや、弾も飯も無限に補給される俺らの方が随分マシだな)
そう思うと、まだまだ弱音は吐けない。だがそうは言ってもキツいものはキツイのだ。
見れば膝に手をついている隊員もいるしタイヤに背をもたれて座り込んでいる隊員もいる。そしてどうしても野営の準備が昨日までより遅くなっている。
(こりゃ、限界が近いかな)
流石にこんな状態でもう何日もこの場にいることは出来ない。王都に帰るか?いや、あの来た道を戻るにせよ長距離移動中に疲れ果てて事故ったらそれこそ大惨事だ。そもそもまだ3日しか経ってないし、中ランクも数える程しか討伐していない。このまま帰るわけにもな…
「隊長、お疲れ様です」
コーヒーの入ったコップを両手に持ってそう声をかけてきたのは、特科分隊長の岸辺大輝一等陸曹。現在は森へ討伐に行っている日中、野営地の警戒・防衛を担当している特科分隊の長、つまり我々が「帰る場所」の守備隊長だ。
なぜ特科がこの任に就いているかといえば、単純な話討伐において役に立たないからだ。迫撃砲は間接照準と言って、他の火器とは違い大きな山なりの軌道を描いて砲弾を命中させる。これは平地での戦闘や敵味方の位置がわかっている正規戦闘においては非常に有用だが、裏を返せば発射までに弾道計算と発射薬の調整という作業が要るということで、銃や砲のように直感的な射撃ができないのだ。
魔物討伐は対ゲリラ戦闘のようなもので、森の中どこからいつ襲ってくるかわからないし、敵の位置が正確にわかるわけではない。更にGPSが使えないので正確な弾道計算には測量も必要となり余計に時間がかかる。わざわざ高機動車から切り離して撃つのはタイパが悪いし、撃つ前に決着がつくことだってあり得る話だ。
そういう訳で特科は野営地の防衛任務についているのだが、今日の突然の火力支援を決めたのもこの男だ。
「岸辺さん。いつもありがとうございます。今日の火力支援、助かりました」
ちなみに敬語で喋っているのは岸辺一曹の方が年上なのと、普段他所の部隊にいるからだ。先遣隊最年長なので若い隊員からは「親父殿」と慕われている。
「無線で状況を聞いてるだけでは余りにも歯痒くてね… それよりも、やはり我々が戦闘するにはちと環境が悪すぎますな。上空からの情報は欲しいところですね」
「とは言え、ドローンじゃ座標情報までは分からないですし、衛星でもない限り無理でしょうね」
「でしょうなァ。ま、そもそもドローンの所属は偵察隊ですしね」
もはや所属云々を気にすることができる状況ではないのだが、この辺りまだ部隊としての慣習が抜け切っていないのだろう。
「それはさておき、出撃した隊員はだいぶお疲れのようですな。野営準備はウチの隊に任せて休んでください」
「あぁ、有難う。そうさせてもらう…が、その前に各分隊長とゼインを呼んできてくれ」
「了解。軍議ですかな?」
「まあそんなところだ」
数分後、日中に特科が射撃指揮所として使っていた天幕にこの部隊の幹部メンバーが集まった。
「よし、揃ったな」
ゼインが天幕に入ってきたことを確認し、話を始める。
「皆今日は疲れただろう。楽にしてもらって構わない。さて、早速本題だが、俺は明日の出撃を中止しようと思う」
そう言った瞬間、安堵の空気が流れる。やはり今日のこの疲労状態で明日も同じような敵に遭遇した場合もたないと感じていたのだろう。
「そして今日撃滅した魔物の群れがおそらくこの辺りの魔物の総力だったのだろう。昨日まで感じていた森からの魔物の気配が今は一切感じられない」
「同感です。そもそもこんな森の一角にあんなに魔物がいること自体、スタンピードが発生していたとはいえ有り得ません。おそらく何者か、上位の魔物が集合をかけたのでしょう。だとすれば周辺にすら既に魔物はいない可能性が高い」
俺の発言に具体的な補足を付けて同調したのはゼインだ。現地人がそう言うなら間違い無いだろう。
「というわけで、明日は午前中に休息をとり午後から陣地転換を行おうと思うのだが」
「確かに休息は必要ですが、この野営地では何もやることがないですよ。寝るといっても寝袋か車中泊ですし、魔物がいないとはいえ気が張る者も少なくないでしょう。それに戦闘糧食のバリエーションもそろそろ尽きてきます。メシは士気に直結しますから」
盲点だった。確かにここ数日は単調な糧食ばかりで、缶詰よりはマシだしかなり美味いとはいえ流石に飽きてくる。しっかり休めといっておきながらメシがそれでは士気も上がらんだろう。
ただ時間を取れば休息が取れると思った自分の考えを恥じるしか無い。それにここでその問題に気付けるのは普段から過酷な普通科を見ている桐生三尉ならではだろう。
「それもそうだ。ゼイン、この近くに部隊を収容できる程の村はあるか?」
「ないこともありませんが……この辺りの村の住民はとっくに避難してますので、もぬけの殻ですよ。そんな村に行くくらいだったら多少距離がありますが領主が治めている街まで行ったほうがいいと思います」
「領主…ということは貴族か。あまり良いイメージは湧かないな」
「この辺りを治めるアルヴェリオン公はほとんど悪い噂を聞かない御仁ですよ。アルヴェリオン公爵家は建国にも関わった名門で、王侯貴族の中でもかなり上位に位置しているのですが、驕らず謙虚で人あたりも良く、領民に慕われていると聞いています。今回のスタンピードでも発生直後に自ら私兵を率いて森に近い村の住人が避難する時間を稼いだとか」
「なるほど、聞く限り心配することはなさそうだな。で、その街までどのくらいかかる?」
「馬車で2日ほどですから、80kmくらいでしょうか」
「ならそこまで遠くはないな。数日そこで休暇とするか」
「それに、この世界での常識を知るには街に行くのが一番ですよ」
「確かに。では明日、我々は街へ向かう。異論がある者は?」
誰も声をあげない。不満そうな顔をしてる奴もいない。これなら大丈夫そうだ。
「よし、では各隊にこの事を通達。そしてできるだけ休め。今日の野営は特科がメインでやってくれるらしいからな」
ワザと岸辺一曹の方を見て言えば、周囲から苦笑が漏れる。この調子で少しでも隊全体の空気も和めば良いのだがな。




