数の暴力
最初に見えたのは、たった数体だった。
『前方、熱源四』
「……少ないな」
誰かがそう言った瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。
この森で、“少ない”は安心材料にならない。
「止まれ。円形配置。全周警戒」
命令は短く。
車列が減速し、すぐに止まる。隊員たちは慌てない。もう慣れている。
草むらから姿を現したのは、四足の小型魔物。昨日まで散々見てきた、あのタイプだ。
「撃て」
数秒で終わる。
倒れる。
静かになる。
──これで終わり、のはずだった。
『前方、追加反応』
『右側面、さらに反応』
『後方、距離六百、数増加中』
「……来るぞ」
誰かが呟く。
次は八体。
その次は十数。
方向も、ばらけ始める。
「全周、射界維持! 近づけるな!」
銃声が連続する。
確実に当たる。確実に倒れる。
それでも、数が減らない。
『前方、さらに反応!』
『熱源、増えてます!』
「どれくらいだ!」
『……数、三十以上!』
森が、動いているように見えた。
撃つ。
倒す。
だが、死体の向こうから、また出てくる。
「弾幕、薄い!」
「左、寄せられてます!」
「後ろも来てる!」
低ランクだ。
単体なら脅威じゃない。
それは、全員が分かっている。
だが──
(数が、減らない)
魔物たちは、もはや一直線では来ない。
左右に散り、木々を使い、射線の隙を探っている。
「……回り込んでる」
分隊長の声が低くなる。
『熱源、さらに増加』
『四十……いや、五十以上!』
「冗談だろ……」
誰かが息を飲む音が、無線越しに聞こえた。
撃っても、撃っても、間に合わない。
一瞬でも気を抜けば、距離を詰められる。
「後方、接近!」
「近い! 近い!」
一体が、弾を受けながら突っ込んでくる。
倒れない。
勢いだけで、距離を詰めてくる。
「──ッ!」
隊員が後退する。
その一歩が、わずかに遅れた。
魔物が、腕を振り上げる。
次の瞬間。
横から、鋼が叩き込まれた。
ロングソード。
近衛騎士だ。
魔物が弾き飛ばされ、地面を転がる。
「前に出すぎるな!」
ゼインの声が響く。
「止めるだけだ!自衛隊が撃てる位置に押し返す!」
近衛騎士たちは、決して突っ込まない。
剣で受け、押し、隊員の射界へ流す。
そこに弾が重なる。
射撃に集中して背中が開けば、騎士がそこに入る。
連携が成立する。
だが、それでも──
『反応、まだ増えてます』
『六十……七十……』
「……終わらねえ」
誰かが、乾いた声で言った。
俺は歯を食いしばる。
「下がる準備をしろ! ここは捌ききれない!」
その判断が、ほんの数分遅れていたら。
そう思うほど、数は多かった。
撤退しながら撃つ。
止めながら下がる。
森が、牙を剥いたまま迫ってくる。
ようやく距離が開き、魔物が一方向から追いかけてくる展開になる。
「全車、制圧射撃用意!」
『了解、給弾ベルト固定、射撃開始』
全ての機関銃と機関砲が射撃しながら照準を左右に振る。陽が傾き薄暗くなってきた森に蛇のようにくねる曳光弾の弾影が伸びる。
弾薬無制限だからこそできる、面制圧射撃。その効果は絶大だ。撃ち漏らした魔物を高機動車から身を乗り出した隊員が仕留める。
全速で逃げに徹する。車両でなかったら逃げきれなかった。
『射線後方に集団!削りきれない』
「くそッ、ここへきて損害覚悟かよ」
今まである程度の損害が出たら逃げ帰っていたのに、ここへきて肉壁で迫ってきた。
105mm砲で撃つか、と考えた
その時
ドォォン
轟音と共に、魔物の集団が爆ぜた。
「何が起きた!?」
『こちら特科分隊。火力支援を継続する』
拠点の守備で残していた特科隊。その真髄は迫撃砲による高速爆薬投射である。普段は乱戦な上すぐに片付くので出番はないが、長時間魔物の群れに追い回されていたため、無線から位置を割り出して支援砲撃に踏み切ったのだ。
そしてその砲撃は、奇跡的に魔物の肉壁に直撃したのだ。
だがGPSで位置情報の修正ができない支援砲撃がそう続けて命中するわけもなく、やや後方にズレていった。
「砲撃停止、支援感謝する」
『了解』
最初に120mm砲弾が一点に集まった魔物を壊滅させたため、少し残党を掃討するだけでもう追ってくる魔物は居なくなった。
這う這うの体でなんとか森を脱出し、野営地に戻ってようやく一息つくことができた。
誰も、すぐには口を開けなかった。
「……低ランク、だよな」
誰かが言う。
「ああ」
俺は答えた。
「だから厄介なんだ」
ゼインが、森を見つめている。
「数で殺しに来る……聞いてはいましたが」
「実際にやられると、別だろ」
「ええ」
低ランク。
だが、消耗させるには十分すぎる。
(これは前哨戦だ)
本命は、まだ出てきていない。
その事実だけが、はっきりしていた。




