あと1回
疲れ切った体を引きずり、俺は夜の列車に乗った。
急な案件で寝不足に加え残業が続き、心身ともにぐったりと疲弊していた。
座席に腰を下ろし、腕を組んで寝たふりをする。
目を閉じ、車内のざわめきと走行音に身を任せていると、こんな日に限って、酔っぱらったような、ボケているような老人の喚き声が近付いてくる。
「うわぁ……疲れてるのに、勘弁してくれよ……」
しばらくすると、俺は疲労のせいで本当にうとうととしだす。
丁度、うるさい声もこの車両へ入ってきたようだ。
ちょうどいい、少しくらい本当に寝てしまおう……。
降車駅が近付くアナウンスではっと目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、俺の顔を覗き込む老人の顔だった。
「うっ……」
悲鳴が喉につっかえる。
ぽっかりと空いた空洞のような目が、くっつきそうなほど近くにあった。
老人が、ニタリと、意味ありげに目を歪ませる。
「あはははは~~!」
体が跳ね、思わずのけ反った。
周囲の乗客は、ちらりと見たような素振りもなく、スマホに視線を戻す。
俺の心臓はバクバクと鳴る。
老人はさらに顔を近づけ、低く言った。
「あと、1かぁ~い……」
そして、何事もなかったかのように立ち去る。
残された俺は、手すりを握りしめたまま、しばらく固まっていた。
次の日、同僚に話すと、笑って聞き流されてしまったが、後1回が一体何なのか、胸の奥に不安を抱えながら、俺は自転車をこぐのだった。




