乗れませんので
大学に遅刻しそうで、俺は駅の階段を駆け下りていた。
改札を抜けた瞬間、ちょうど目的の列車がホームに入ってくるのが見えた。
少し遠回りになる路線だが、これに乗れればギリギリ間に合う。
ドアが開く。
車内は混んではいるが、まだ押し込めば乗れそうだった。
そのときだった。
「──お客様──この車両は────乗れませんので──」
低く、妙に間延びした声がした。
顔を上げると、車内に立っている車掌と目が合った……気がした。
帽子の影で表情はよく見えない。
ただ、俺の方を見ているのに、視線が合っていないような違和感があった。
「え?」
思わず声が漏れたが、返事はない。
ドアが閉まり、俺はホームに取り残された。
車内には、まだ明らかに隙間があった。
どうして乗れなかったのか、理由を考える間もなく、列車は発車してしまった。
結局、いつもの路線を使うしかなく、大学には遅刻した。
教授に軽く注意され、気分も沈んだまま一日が終わった。
夕方、帰りの電車で、近くに立っていた学生たちの会話が耳に入った。
「ニュースにはならないみたいだけど、今朝○時頃の列車、人身事故で一時間以上止まってたらしいよ」
「え、ニュースにならない事故とかあるんだ」
「基準って何なんだろ」
「彼氏の先輩が乗ってたって。衝撃で顔打って、口の中切ったらしい」
「うわ、サイアク〜〜。可哀想〜〜」
何気ない、どこにでもある調子だった。
その瞬間、理由もなく、確信した。
──俺が乗ろうとした列車だ。
朝のホーム。
閉まるドア。
「この車両は、乗れませんので」
胸の奥が、じわりと冷えた。
あの日から、急いでいる時ほど、電車に乗る前に一瞬だけ足が止まる。
もしまた、同じ声で呼び止められたら。
その時はきっと、理由なんて聞かずに、黙ってホームに残る気がしている。




