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第64条「金品の返還」

 朝からエウスタキウスさんに声をかけたが、元に戻す魔法をかけてもらう日だったので、そちらに注力するようにとやんわりと断られた。

 仕方ないので、自室に戻り、コンスタンティノスさんから指示があった通り、自分の持ってきたものを集めている。


 厚生労働省と書かれた作業着、保護帽、安全靴に安全帯。

 この辺は結構使ったからぼろくなった気がする。

 法律書に是正勧告書や指導票の様式。

 安衛法便覧や労働基準法解釈総覧は法律を作ったり実際に臨検監督に行ったりする中で、何回も開いたからボロボロになっている。

 しかし、是正勧告書は机の中にしまわれたままであった。

 ただ少し埃がかぶって色褪せている。


 そして監督官証票。

 この小さい手帳も机にしまったままだったが、汚れるのが嫌で、紙でくるんでいた。

 この手帳の文字がすり減るとき、監督官としての成長を感じていくことができる、という監督官も居たなと思いだした。


 一通りの道具を持って、屋敷の地下に降りて行った。

 ここは初めて通される部屋で、窓も何もない、がらんとした一部屋だ。


 この部屋は既視感がある。

 魔法部隊の実験室だ。

 あの造りとそのまま同じ部屋をこの屋敷の地下に準備して、コンスタンティノスさんは研究を続けていたのだ。


「ふぉっふぉっふぉ。すまぬのこのような部屋で。」

「いえいえ。全然大丈夫です。

 むしろ、私のわがままを聞いてもらってすみません。

 ありがとうございます。」

「うむ。それじゃあの、まずは荷物からじゃ。

 そのあと、えぐちももとに戻すのでの。

 荷物をすべてそこにおいてもらっていいかの。」


 指示に従い、魔法陣の真ん中に荷物を置いた。

 王族特務機関で見た転移の魔法陣が、直径4メートルくらいの円形をしていたのに対し、この魔法陣は直径8メートルを超え、円形ではなく六芒星のような形をしている。

 内側や縁に書かれている文字数も段違いだ。

 物を動かす魔法以外、あまり触れてこなかったのでこれがどれほどすごいかはあまりわからない。

 しかし、複雑な魔法陣ほど難易度が上がるというのは、以前コンスタンティノスさんに聞いた。

 今この床に書かれている魔法陣の複雑さから、超級の難易度であることは想像に難くない。


「はじめるかの。」


 そう言って、コンスタンティノスさんが力を込めると魔法陣が光りだして、私の道具たちが宙に浮いた。

 道具の1つ1つに光の輪が通っていく。

 光の輪を通った部分から、色褪せや傷がすべて無くなっていく。

 見た目に大きく変わらない物ばかりなのが残念だ。

 ぼろぼろになった物をこの魔法にかければ、逆再生みたいに治っていくのだろうと、それを見たかった。


「ふう。次はお主じゃ。」

「あ、はい。」


 今度は私が魔法陣の真ん中に立った。

 また魔法陣が光りだし、私が宙に浮く。

 そして、現れた光の輪が足元から頭に向けて、私を通っていく。

 腰、胸元、首、顔と来た時、コンスタンティノスさんが大声を出した。


「忘れておった!この後しばらく寝るぞ!お主が!」

「え?」


 私はその発言を最後に気を失った。



「起きましたか?ふふふ。」

「カリカ――。」

「おじいさまったら、何にも言ってくれなかったんですね。

 丸1日も寝てましたよ。」

「そんなに!?

 いや、ほんと、こんな気を失うなんて初耳だったよ。

 あっ。」

「どうしました!?」

「あ、いや、大丈夫うん、髪の毛がね。」


 ふと手を頭に当たとき、気絶する前後で、髪型が全く違っていたのに気づいて驚いた。

 正直肌の感じはよくわからないが、髪型が全く違うので、元に戻ったのを実感できる。

 いや、確実かと聞かれると、あまり自信はない。

 なぜなら、昔の髪型なんて覚えていないからだ。


「変わりましたもんね。

 おじいさまが、『皮膚の感じも変わっているはずだから無理せずゆっくりしていた方がいい』ですって。

 そんな大事なことは始める前に言うべきですよね。」

「確かに。」

「ふふふ。」


 思わずふたりで笑みがこぼれた。


「そんなわけで、今からこちらに食事をお持ちしますね。

 プラトンには私から言ってますから大丈夫ですよ。」

「ありがとうごめんね。」

「いえいえ。」


 そう言ってカリカは部屋を出た。机の上には、私の道具が綺麗に並べられている。

 起き上がって手に取ってみると、確かに「元に戻す魔法」だった。

 わかりやすいのが保護帽で、傷は減ったが、無くなったわけではない。

 日本からこちらに来たときの状態に戻ったのだろう。


 保護帽を机に置き、本当に帰る日が近づいてきたのだと、一つ大きく息を吐いた。


 次の日、起きて執事たちの部屋に行って、朝ごはんの準備を手伝わせてもらった。

 といっても、配膳程度ではあるが。

 食事が終わると、プラトンさんに呼ばれた。


「少々、力仕事をお願いしたいのでよろしいですか。」

「あ、はいやりますやります。」


 そう言って、食事を食べていた大きな部屋の片づけを始めた。


 普段食事している長机は、机の上を綺麗にするだけでなく、それ自体を撤去していく。

 さらに床の拭き掃除をした。

 こんな広いところの雑巾がけなんて、剣道を習っていた時以来だ。

 とはいえ、その頃は、地域の小学校の体育館を借りていたが。


 そんな感慨に浸る暇もなく、今度は円卓をいくつも準備する。

 そして、高砂席のようなものを設置した。

 ただ、通常高砂席にあるべき机はないし、円卓の周りに椅子は置かない。


「結婚式でもあるんですか?」

「え!?あ~いや、違いますよ。

 ちょっと偉い方が来られて、晩餐会を開かれるということで、その準備をしているところです。」

「あ、そうなんですね。」


 手伝いを申し出てすぐに仕事ができた理由が分かった。

 その晩餐会でいろいろ裏方をやってほしかったのか、と。

 自分で勝手に腑に落ちながら、手伝いを続けていく。


 円卓に綺麗な布をかぶせ、見た目を華やかにしたところで昼ご飯になった。

 この部屋で取れないからと、自室で取るように指示された。


 昼ご飯が終わると、今度は、晩餐会の部屋から屋敷の入り口へ続く動線の掃除、さらには赤い絨毯も引いていく。

 埃を払ってしわを伸ばし、部屋から屋敷の入口へと綺麗にしていく。


 ちょうど、絨毯を綺麗にしおわったとき、外を見ると雇われの庭師が庭を綺麗にしている横から、3名の男性が大仰な荷物を台車に入れて近づいてくる。


「ちょうどよかったです。どうぞこちらへ。」


 プラトンさんがその3名を調理場に案内する。

 晩餐用に呼んだ料理人3名だそうだ。

 ほんと本格的な晩餐会になるんだなぁと思いながら、屋敷の中に戻った。


 部屋で燭台や花を飾るという段になって、エウスタキウスさんに呼ばれた。


「えぐちさま、御着替えを。」

「あ、はい。」


 それはそうか、給仕をするにせよ、普段着ではまずいであろう。

 事前に執事用の服に着替えておかないと、とまた勝手に納得していた。

 そう。勝手に。

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