第61条の1「事務所則」
自分の方針を決めた以上、やることは一つ。
引き継ぎ書を一生懸命作るということ。
今持っている案件を色々な方に振りつつ、やるべきことを次から次に書面に残していく。
その仕事でかなり忙殺されるだろう。
忙しさは、色々考えることを忘れさせてくれるのでとてもいいことだと思う。
そう思って仕事に向き合っているが、さすがに仕事を無くしていくのは、傍から見てもおかしいだろうから、アレクシスとパルテニエ所長には説明すべきであろう。
ということで、隊長室にやってきた。
「そんなわけで、近いうち、1か月ぐらい後には日本に帰ると思う。」
「そうか。それで?」
「うん。今もっている案件で、臨検監督のしかかりとか、是正報告書の提出を待っているところとか、他の方に担当してもらいたいんだ。
けど、なんで?ってなるかなって。その説明をどうしようかと思って。」
「なるほど。パルテニエには言ったのか?」
「まだなんも。
てか、パルテニエ所長は私が異世界から来たって知らないんじゃない?」
「知っておる。労働基準監督隊を立ち上げるときに、私から伝えた。」
「え~。言ってよ。ひた隠しにしてきた意味!」
「む。すまぬ。」
「大丈夫冗談。
で、パルテニエ所長はいいとして、他の隊員にはなんて説明しよう。」
「うむ。王族特務機関への異動となった、と説明してはいかがか。」
「それはいいかもしれないけど、そんな例ってあるの?」
「労働基準監督隊ではないが、警邏隊のときはあった。
他の隊でも、ありうることだ。」
「ふうん。んじゃ、むしろ、ニコデモス王かアエネアス魔法部隊長にお願いして、ちゃんとした異動の指示出してもらった方がいいんじゃない?」
「む。それもそうだが、そんなことが可能か。」
「『できる限りえぐちの望むようにしろ』と言うのがニコデモス王の指示らしいよ。
アエネアス魔法部隊長から言われた。
それに、召喚魔法があることを公にしたくないんだったら、あっちが色々考えてするべきでしょ。
すでにこっちが配慮してあげてるんだから。
てか、そもそも、私を日本に帰すってことはつまり、人員を減らすってことなのに、一言もないのもどうかと思うし。
もしかして、私が自主退職するって扱いになっているのか?それでもいいんだけど、退職の理由を言っていいのかな。」
「ふ。相変わらずえぐちらしい。よかろう。
こちらから、王族特務機関に話を通してみる。」
「よろしくです。」
「えぐちよ。」
「ん?」
「吹っ切れた顔をしているが、何かあったか。」
「そうですねぇ。何かあったわけではないけど、自分のやるべき方針を決めたってところかなと。
私は、悩むときはうじうじ悩むけど、決めたら進む人間なんでね。」
「そう、か。いいように取り計らおう。」
アレクシスと吹っ切れた会話をして3日が経って、また王宮殿にやってきた。
今回は、独りではなく、コンスタンティノスさんと一緒だ。
もはや座り慣れた王族特務機関の会議室の椅子に腰を掛けている。
こちらには、コンスタンティノスさんが同席している。
相手は、これもまた見慣れたアエネアス魔法部隊長と、法律を作るときに顔を見た、副部隊長のアヴラアムさんとフィリッパ副部隊長。
そして、真ん中に女性のエルフが座っているが、この方は初めて見た。
人間であれば50歳前後の見た目だが、美しさはこれまでのどのエルフにもかなわない。
カリカのお母さんのキシリアさんでもここまでは美しくなかった。
それだけではない。
全身白のワンピースは、他の方が着ている法服とは意匠が異なり、金糸の刺繍が施されている。
それを見ただけでおそらくそれなりの地位の方だとわかる。
「アエネアスは老けたがシーマは変わってないのう。」
「先生もご健勝のこと、何よりです。
えぐちさん。初めまして王族特務機関首脳のシーマと言います。
先生、いえ、コンスタンティノスさんの下で働いておりましたの。」
「あ、はい、初めまして。」
20代でも信じるような鈴なりの美しい声に、しかし迫力がしっかりと乗っかったその声に私は圧倒されてしまった。
「では、私、フィリッパより、本日お越しいただいた件について話させていただきます。
我々は、つかぬ事から、今の世界と異なる世界があることを知り、異世界を見る水鏡の魔法を完成させておりました。
そこで、えぐち様がいらっしゃった『にほん』の様子をずっと見ておりました。
国益の発展のため、見た映像をもとに技術や制度を取り入れてきましたが、見るだけではわからないことが多くありました。
その中で労働者の命を守る対策をする様に勅令を賜りました。
我々は『にほん』から誰かこちらに召喚することで制度導入をしようと考え、研究を加速させ、召喚魔法を数年前に完成させました。
水鏡の魔法や研究をしていたことは、コンスタンティノスさんもご存じの事かと思います。
お恥ずかしい話ですが、召喚することはできても、こちらから異世界に物を送ることはできないままでした。
その後も研究を続け、こちらから異世界に物を送る魔法陣を作り上げたのでございます。」




