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第59条「足場」

 先のことが確定したわけではない。

 しかし、すっきりとした気持ちではある。

 おそらくニコデモス王から高評価を頂いたことが自己実現の欲求を満たすことに繋がったのだろう。

 そんな気持ちで今、建設現場の安全衛生巡視に来ている。


 いや、そんな気持ちだった、が正確だ。

 現場に着くなり、私の気持ちは目の前の足場にかき消されてしまった。


 私を出迎えてくれたのは、抱き足場だった。


 建物を囲う4面のうち、3面が抱き足場で、手すりも中さんも筋交いもない。

 建地と呼ばれる支柱に両側から水平材を括り付けただけの足場である抱き足場は、本足場でない。

 したがって、労働安全衛生法上は、多くの規制が及ばない。


 そもそも、抱き足場は作業床と認めていいものか気になるところだし、場所も狭くないのになぜこの足場を採用しているのか。

 正面は本足場で階段までしっかりある。木組みなのが不安なのはさておき、本足場を作る技術と知識はあるはずだ。


 それなのになぜ。


 という疑問を持って通常の臨検監督なら指摘をするところだ。

 しかしこれまた、今回は「随行」に過ぎないし、この場では私は下っ端だ。

 ヨルゴス治水土木隊長とパルテニエ所長が楽しそうに現場代理人や店社責任者と話している様子を後ろの方から見るよりほかないのだ。


 おそらく最後に意見を言う機会があるだろうから、そこで指摘をできればいいやと思い、手元の手帳に「抱き足場」とだけ記載して先に進む。


 鉄骨造、壁面はレンガ。

 この国の建物の多くと同じような作りだ。

 5階建てらしく、現在4階部分まで終わっている。


 物を動かす魔法を使って、さながらクレーンのように荷を吊り上げ、既設の支柱の位置まで持って行く。それをボルトで連結している。

 鉄骨造の上棟作業としては通常のものだが、大問題が一つ。


 さっきから、当然のように労働者の頭上を鉄骨や梱包されたレンガが通過していく。

 労働基準監督官をやっていて身についた常識は、吊り荷は落ちるし、クレーンは倒れるし、地面は沈む、ということ。

 なのでこの光景は怖くて怖くてしょうがない。

 今度は「荷の下の立ち入り」と記載して先に進む。


 建地が木製の足場は上ったことが無い。

 強度計算がこの国にあるか不明だが、耐荷重表示なんてされていないので、不安しかない。

 しかし、労働者が上に居る以上、行かないといけないので、仮設階段を上った。


 布に置かれただけの木の床材はガタつくし、何名乗れるのか不明だし、不安が大きい。

 せめて番線で固定してくれていれば。

 床材が40cm以上ありそうなのは、偶然か狙ってかは不明だ。

 しかし、2枚並べたところで、固定もされずに動くのだから、2枚並べて置かれている床材の隙間が見た感じ10cmはあるし、躯体との距離が非常に遠くなっているところもある。


 この国に労働安全法的なものとして、墜落防止は作成したが、足場の細かい規定は作れていない。

 この国の技術水準が不明なので、どこまでの規制が実現可能なのかわからずに作れなかったのだ。

 床材の隙間の法違反は指摘はできないので、「床材固定」とだけ記載して次に進む。


 ヨルゴス治水土木隊長もパルテニエ所長も気にせずに進んでいくがよくできるなほんと。

 なんならカリカも気にしていない様子。


 治水土木隊のティモテアさんだけが唯一おっかなびっくり歩いている。

 ドワーフなので、身長も小さくまるで子供が建設現場に迷いこんだみたいだった。


 その様子を見てふと気づいたことがある。

 手すりの高さは90cmで良いのだろうか?


 日本の規制で90cmとした根拠を聞いたことはないが、ドワーフ、つまり身長120センチ前後の人間を想定してその高さにしたわけではないだろう。

 彼らにとって90とは例えば私で言うと、130cmくらいの高さに手すりがあるようなものだ。

 それでは簡単にくぐれてしまう。

 こんなところで、規制を考える上での難しさに遭遇するとは思わず、同時に、ティモテアさんがおっかなびっくり歩いている気持ちが良く分かった。


 仮設足場の一番上に上がったところで、現場代理人がパルテニエ所長に話している内容が衝撃的だった。


 曰く、本足場を作るのは時間と工賃がかかるから、省力化で抱き足場を3面に設置している、と。

 上がるのは本足場の階段でできて、抱き足場は下りる時しか使わないから、問題ないんだ、と。


 話している様子から、心の底からそう思っているようだ。


 足場の規則を作って日本に帰るべきかとも思ったが、こんなことをしっかりと言いのけてしまう方が居る世界で、運用したことがない状態で丸投げするのもどうかと思う。


 などと、悩んでいると、ヨルゴス治水土木隊長が抱き足場に足をかけた。

 安全帯を使用しているとは言え、明らかに危ないし、作業性の悪さがすさまじいだろうにと思っていると、店社責任者が危ないですよと降りるのを止めようとしている。


「いや、危ないんだったら、そんな足場を組まずに本足場を組みなさいよ。」


 一瞬、心の声が漏れてしまったかと思ったが、発言したのは私ではない。

 ヨルゴス治水土木隊長だ。


 続けてヨルゴス隊長は、お金をかけてでも足場を組みなおすように指示した。

 店社責任者は施主との折衝がとか言っていたが、それも一蹴してくれた。


ここまでしっかりと言ってくれるのであれば、むしろ規制を作って私が居なくなってから任せた方がいいかもしれない。

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