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第58条の3「勤労感謝」

 ニコデモス王は、オークと人間の混血と聞いていた。

 人間で言えば50歳ぐらいの男性。

 白髪交じりの髪は、短く綺麗に切り揃えられている。

 オークとの混血ということから予想通り、非常に筋骨隆々の体型ではあったが、顔はそれに似合わず非常に優しい表情を浮かべていた。


「初めまして。私がニコデモスです。」


 まさかの低姿勢の挨拶に驚かされた。

 国家元首と話した経験は当然無く、人生で話したことのある一番偉い人で国会議員だ。


 私は国王というものに勝手な印象を持ち、一人称は「予」や場合によっては「朕」と言うかと思っていた。


 しかし、実際会ってみてどうだ。

 物腰は柔らかく、敬語まで使ってくれている。


「江口将臣でございます。此の度は直接拝謁申し上げる機会を賜りまして至極恐縮でございます。」

「そうかしこまっていただかずに結構ですよ。えぐちさんはおいくつですか。」

「ありがたいお言葉です。今年で39歳になります。」

「39歳ですか。ということは、36歳から39歳までの働き盛りの3年間を、我が国の労働者の安全安心に貢献いただいたことに深く敬意を表しますとともに、深い反省を申し上げます。」

「もったいないお言葉でございます。」


 正直びっくりだった。


 謝罪の弁ともとれる言葉を国王自ら発するとは。


 びっくりしすぎて思わず謙遜したが、ちょっと冷静に考えてみると、元をたどれば自分は被害者なわけで、色々言いたいことが出てきた。


「なにか、おっしゃりたいことが御座いますか。」


 流石に表情は崩していないはずだが。

 私の心の内を見透かしたように質問されてしまった。


「――僭越ながら、申し述べさせていただきます。

 経緯の説明を賜ることができれば幸いです。」

「経緯、ですか。」


 ニコデモス王は立ち上がり窓の方に行った。

 窓の枠に手をついて窓から外を眺めながら、そのまま私に話しかけた。


「この建物、立派と思われませんか。

 王宮殿は私が即位した記念に立て直しが行われました。

 以前の王宮殿が取り壊され、新王宮殿ができるまでに、12名の工夫が、建設中の事故で亡くなったと聞いております。

 私の執務室は12名の国民の犠牲に成り立っているのですよ。

 それも、大義がない死です。

 私は亡くなった方に哀悼の意とご遺族へのお見舞いをしたいと言ったのですが、王族特務機関の方々は『栄誉ある死であり、かけるべき言葉は哀悼ではなく、職務遂行に対する敬意だ』と。

 私は非常に違和感を覚えました。

 私は我が国の発展と国民の幸せを希求しております。

 発展のために必要な労働力が、その労働の中で失われるというのは我が国にとってどれほど大きい損失か。

 どれほど無意味なことか。

 そしてそれに違和感を覚えないという状況が起こっているのは異常ではないか。

 そう考えておりました。

 この私の気持ちを、王族特務機関にぶつけたところ、家臣の1名が、労働者を守る組織を水鏡で見たと、述べました。」

「まさかそれが私……?」


 振り返ったニコデモス王に笑顔はなかった。

 まっすぐとこちらを見つめている。

 憂いを含んだその表情は、しかし威厳を失うことはない。


「ええ。

 そのような組織が我が国にも必要だということで指示をしました。」

「それで、召喚されたわけですね。」

「ええ。その事実を知ってすぐに元の世界に戻すように指示をしました。

 しかし、すぐにはできないとの報告、そして今、ようやくできるようになったという報告が先だって、届きました。

 えぐちさん。

 ここに、過去を顧み、深い反省の上に立って謝意をお伝えします。」


 ニコデモス王は、頭を軽く下げた。

 再度、ニコデモス王から謝罪を頂いた。

 さっき私の中に起こった気持である、私は被害者であるという感情、そして、ニコデモス王が発言にはどこか他人事感が否めない感じが醸し出されている、というのが正直な感想だ。


 確かに下の者が暴走した結果ではあろうが、ニコデモス王の指示の影響が非常に大きいのは間違いない。

 そのことに対しては腹立たしく思う。

 しかし、ここでそれを追求しても意味がないし、一国の王にここまで直接言ってもらっているその事実で充分な気もしている。


 ただ――。


「重ねてもったいないお言葉頂戴し、至極恐縮でございます。

 もしかしたら聞き及びかもしれませんが、私の望むところを申し上げる許可を賜りたく。」

「もちろんです。」

「はい。2つあります。

 1つは戻る場所と時刻です。落ちながらこちらに召喚されたので、本来だったら落ちているであろう場所とその時点に戻していただきたい。

 そしてもう1点。3年前の状態にすべての物を戻していただきたい。

 私も含め。」

「良いかと思います。

 そのように指示いたしますしそれが実現することを切に願います。」

「ありがとうございます。」


 ここで、嫌味の一つでも言おうと思ったが、止めておくことにした。

 嫌味を飲み込んでお腹をくだすわけでもなし。

 私の口から出た言葉は、お礼のみ。

 しして、その場を退出することにしたとき、ニコデモス王から最後に、とコンスタンティノスさんに対しての言伝を預かった。

 それは


「改めて、本日はありがとうございました。

 どれくらいの期間この国に居られるかは不明ですが、できる限りのことはさせていただきます。

 先ほどの労働者へのお気持ち賜った時に、何と崇高な考え方だと思ったのが正直なところです。

 どうかその考え方をお忘れなきよう、私が居なくなったあとの労働基準行政をよろしくお願いします。」

「ええ。来ていただいたのが貴方でよかったと、改めて思いました。」

「三度、もったいないお言葉です。失礼いたします。」


 正直、日程が決まらないことなど、心の中のもやもやは残る結果だったが、晴れやかな気持ちの方が大きい。

 あれだけ気を付けて気を付けて言われたのが完全な杞憂だった。

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