第58条の2「勤労感謝」
治水土木隊との調整が終わったのちは、淡々と仕事をしている。
ニコデモス王への謁見が控えているのもあって、意図的に平常でいようと心がけて仕事に向かっている結果だ。
謁見も1週間後に迫った日、家に帰るとエウスタキウスさんに声をかけられた。
「御帰りなされたところを御邪魔申し上げます事、どうか御許し下さい。
王への謁見への正装の仕立てを申し付かっておりました件で御座います。
本日仮縫いの目途が着いて御座いますので、御合わせを頂きたく御座います。」
「あ、わかりました。荷物置いたらすぐに行きますね。」
「御部屋でも差支えございませんので。」
「道具とか持ってくるの大変でしょう。行きますよ。」
私の部屋は2階の端にあるが、エウスタキウスさん達執事の部屋は、ちょうど屋敷の対角線にあたる1階の端にある。
屋敷が大きいので、距離があり、衣装や縫製道具を持ってきてもらうのは申し訳なさすぎる。
そう思いながら、執事の部屋に行くとそれは立派な衣装が木の人型にかけられて準備されていた。
前回作ってもらった服装とは全く違い、光沢のあるベルベットのズボンに、金や紫で花のブーケ模様の刺繍が施された薄い緑地のコート、その中には白い花の刺繍が施された薄い紫色のウエストコートが仕込まれ、胸元と袖口にはひだのついた白いレースが見えている。
ウエストコートは腰が隠れるほど長く、ボタンが襟元から裾近くまで施されている。
コートはさらにそれより長く作られ、両脇から背中にかけてプリーツがたっぷりとある。
そして、袖口には大きなカフをつけている。
中世の貴族とかこんな感じかなと思いながら、着替えると非常にぴったりとした着心地。
「前回の服装よりかはだいぶ豪華になりましたが、これって?」
「前回は文官様が御召しになる服装で御座います。
こちらはレフテリス様などが王の前で御召しになられるのと同様な服装で御座います。
この度、レフテリス様より、正式な謁見の場でのしかるべく服装をとの御指示頂戴いたしましたので、この装いを準備させていただいております。」
「なるほどですね。相変わらずぴったりですが、ちょっと肘が曲げにくいかもしれません。こういう仕様で?」
「御不便おかけしてしまい至極恐縮の限りで御座います。すぐに対応申し上げます。」
「ありがとうございます。
前回も思ったんですが、これってエウスタキウスさんが作っているんですか?」
「前回は、手前どもで御準備致しましたが、今回は専門の者にさせております。」
「そうなんですね……。高いですよねこれ。」
「レフテリス様より頂戴しております。
御気遣い恐縮の限りで御座います。」
「わかりました。今日にでもお礼を言っておきます。
ほんと……いつもありがとうございます。」
「勿体ない御言葉に御座います。」
「――またしっかりとお礼をさせてください。」
この3年間、私の世話を色々としてくれたことはもちろん、カリカのこともエウスタキウスさんが助言してくれたから、うまく行ったと思っている。
感謝の気持ちは言葉では言い表せない。
そう思うと色々な感情がこみあげてきて思わず泣きそうになり、お礼がしたいというまで、少し間ができてしまった。
エウスタキウスさんはおそらく色々察したのだろう。
深々とお辞儀をするにとどめてくれた。
相変わらず素晴らしい方だと思う。
今一度豪華な衣装に身を包んだ自分を鏡で見る。
おそらく、ニコデモス王への謁見の1回しか着ないだろう。
日本に持って帰ることもできないだろう。
だからこそ、しっかりと目に焼き付けておきたい。
こんな格好をしていた自分が居たという事実を。この国で何かを成し遂げてきたという事実を。
なんとなくこの服装がその集大成のような気がした。
謁見当日の朝、出来上がった衣装に着替えると肘の動きは非常に滑らかになっていた。
どこをどう変えたのか見た目ではわからないが、とにかく素晴らしい服装だ。
王宮殿から迎えの車が屋敷の前に停まる。
御者が扉を開き中に乗り込む。
緊張がだんだんと高まっていくのが分かる。
見送りに来てくれたキシリアさんやコンスタンティノスさんの顔を見てもその緊張がほぐれることはない。
出発し揺れる車の車内で独りで居るせいで、心音が大きくなっていくのが分かる。
何を言われるのか。
何をするのか。
一切分からないまま王宮殿が近づいてくる。
これまで何回も見ているし建物の中にも入っているのに、今日は余計に威圧的に見える。
魔法部隊長と話した会議室に行った時の入り口とは別の、正面入り口の前出車が停まった。
扉を開けられ、階段を上がっていく。
2階、3階。
階が上がるごとに、ただでさえ大きかった心音がさらに大きくなる。
3階に上がったところで廊下に入った。
廊下を歩いた先にある部屋の扉を案内してくれた方が3回叩く。
中から返事はないが、彼はそれが当然と言うがごとくそのまま扉を開けた。
「陛下。えぐち様です。」
それだけ言って案内してくれた方は部屋を出た。
ここは謁見用の部屋というよりも、王の執務室のように思える。
部屋に居るのは王と私。
それとおそらく警備であろう者が2名。
王は机に向かって何かを書いている。書きながら
「ちょっと待ってくださいね。」
と言ってこちらに一瞥もしない。
口調からは怒っているようには感じなかったが、その態度が、ニコデモス王が発する王たる気品が、威厳が、私を委縮させている。
「終わりました。さ、おかけください。」




