第56条の1「帰郷旅費」
魔法部隊への呼び出しを告知されたのち、努めて普通に仕事をした。
意図的に呼び出しのことを考えないようしていたわけではないが、日々、臨検監督を行い、申告の対応をし、災害調査を実施している中で、なんとなく考えずに済んだ。
ただ、カリカとは口数が減ったのは間違いない。
仕事の話以外をしなくなってしまった。
私の方からもカリカの方からも何となく話しかけないのだ。
そうして3週間が過ぎ、ついに呼び出された前日になった。
夜の食事も普通に終わり、カリカは部屋に帰った。今日を逃すともう話ができなくなる気がして、私からカリカの部屋の扉を叩く。
「あらえぐちさん。どうしました。ふふふ。」
前までと変わらないカリカだ。
真っ白な生地に金糸の刺繍があしらわれた長袖の寝巻で、カリカの体型に沿うように作られており、その美しさを際立たせている。
「ごめんね遅い時間に。ちょっと、話をしたくて。」
「いいですよ。入ります?」
「ありが、とう。」
初めてではないが、久しぶりに入った。
相変わらず綺麗な部屋だ。
掃除が行き届いているということだけではなく、調度品の一つ一つが美しい。
「前から気になっていただけど、ここのはカリカの趣味?」
「はい。めっちゃ綺麗じゃないですか?」
「うん。いいね。いい趣味だ。」
「一番気に入ってるのこれなんですよ。」
カリカは、机と椅子を触りながらそう説明した。
真っ白なその机は木製で、天板は平らだが、脚が弓なりになっており、彫刻が施されている。
椅子も同じような使用になっている。カリカが持っているからか、非常に女性的な印象を受ける机だ。
「相変わらずいい感性だ。
なんか、いいね。」
「ありがとうございます。
どうしました?緊張してます?」
「うん。してる。
なあにから話せばいいのやら、と思ってね。」
「ふふふ。そういえば聞いてくださいよ。
こないだ、アレクシスから呼ばれたんですよ。」
「え、なんで?」
「なんか、警邏隊に戻らないかって。
ダミアノス補佐がからすごく高い評価してもらって、警邏隊で働いてほしいって言われちゃいました。」
「カリカは仕事ができるからねえ。」
「ふふふありがとうございます。」
「カリカと会って3年か。
最初はめちゃくちゃ怖かったんだよね。」
「あの時は、不審者でしたもん。えぐちさん。」
「ですよねぇ。大変失礼しました。
それで、一緒に住むことになって。
あのとき、最初にここで住みますかって言いだしたのなんでだったの?」
「え?単に使用人がいるから見張れるなってそれだけですよ。」
「そっか。で、色々話してくれて、色々出かけて。
仕事でも遊びでもね。
このまま一緒に仕事し続けていくのも楽しいなって思ったんだ。」
「はい。」
「だから、カリカが『一緒に居てほしい』と言ってくれた時は本当に嬉しかった。」
「はい。」
「んで。なんて言えばいいのか。ごめ――。」
『御伝えなさる御言葉は『ありがとう』がよろしゅう御座いましょう。』
「――ありがとう。私は日本に帰る。」
「はい。知ってます。知ってますっていうか、わかってました。
私もえぐちさんの事好きですよ。
それは間違いないです。
好きですけど、今はそういう気持ちじゃないなって。
それに、えぐちさんには家庭がありますしね。」
『今は』というようになった経緯は、きっと私が原因だろう。
それもおこがましい考えかもしれないとは分かりつつ、そう思わない訳には行かなかった。
「こっちこそありがとうございます。
色々教えてもらって勉強になりました。」
「どういたしまして。でも、お礼を言いたいのはそこだけじゃなくてね。」
「――この数日、気にはなっていました。帰るのかどうか。
でも、今言われて気になってたことは、帰るのかどうかってことじゃなくて、私のことはどう思ってるのかな、なんだなって。
そもそも、エルフですし死ぬまで一緒ってのは無理じゃないですか。
だから、どこかで別れがあるのはわかってるんです。
でも、言われないのは嫌だなって思ってたみたいです。」
「そうなんだね。」
また、ごめんねと言いそうになって止める。
「整理に時間がかかってしまったな。」
「ふふふ。戻ってどうするんですか?」
「この仕事を続けたいんだけど、それができるのか。
3年も行方不明だから、たぶん辞めたことになっているか死んだことになっているか。」
「そうなんですね。それでも戻りたいんですね。」
「う、ん。」
ここで、「いや居たい気持ちはあるんだよ」とか取り繕って何になる?
しもしないことを一生懸命言って何になる?
相手はその言い訳を求めているのか。
求めていやしないだろう。
じゃあ何を言うのが最適なのか。
そういう逡巡が、沈黙を作り出した。
「いいと思いますよ。それで。
理由が説明できないってことは、気持ちがそう言っているってことじゃないですか。
やりたいことやるのが一番ですよ。」
「カリカは大人だねって、年上だしね。」
「はい。意外と。」
「意外と。」
ふっと息を吐き、口角をあげてカリカを見つめる。
カリカは、笑顔を崩さずずっと私を見てくれている。
その美しさ。
その愛おしさ。
それらを隠すために軽口を叩く。
「でもな~一緒に仕事してて楽しかったから、どうにかして仕事をし続ける方法ないかな。」
「私も、にほん、に行きましょうか?」
「え、来てくれるの?」
「えぐちさんと同じで3年だけなら。」
「そだねぇ。一緒に働けてもそれぐらいだしね。」
「え、そうなんですか?」
「うん。日本の労働基準監督官はね、2年とか3年で異動があるんだよ。
だから、一緒に居れても2年だし、同じ労働局の中でも一緒に仕事しないまま、辞める人もいっぱいいるし。」
「そうなんですね。じゃあ行く意味ないじゃないですか。ふふふ。」
「そうだね。あとどれぐらい居られるかわからないけど、最後までよろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。」
また笑顔になる。
カリカから色々話してくれたおかげで、何となく砕けた雰囲気になってくれた。
我をして境を出づるに後顧の憂へ無からしむ、とはまさにこのことと、再度カリカにありがとうを言って部屋をあとにした。
私の部屋に帰る足取りは非常に軽かった。
明日何が起ころうと、何でも対応できる気がした。
更新頻度は低くなりますが、最後に向けてゆっくりと進めていきます。




