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第55条の2「在留資格」

 かれこれ20分ほど一緒に庭を歩き回っているが、会話はない。

 エウスタキウスさんは隣に立たず一歩下がったところでついて来ている。


 沈黙も落ち着かなくなってきた頃、何か相談してみようと振り返ったが、言葉が出てこない。

 目を合わせて少しすると、エウスタキウスさんが先に話し出した。


「えぇえぇ。左様で御座いましょう。

 突然のことで難しいことで御座います。

 えぐち様が悩まれる状況になっておりますこと、申し訳ない次第です。

 御滞在中、御不便おかけしましたが、残る御気持ちに、有難く感じております。

 過ぎたことを申し上げる無礼、御許しいただければと思いますが、えぐち様は御戻りになられる御気持ちが強いと、見受けさせていただいております。」

「え?どこからですか。」

「カリカ様の御気持ち。

 それを慮られる御様子はあまり無いものかと。」

「――っ。」


 エウスタキウスさんの発言に思わず息をつめた。

 確かに、仕事の同僚として非常に仲良くしていたカリカが、同僚以上の気持ちを私に向けていることは知っていた。

 そしてその気持ちを受け止めようかと思っていた時期もあった。

 一緒に仕事をするのは、楽しかったし、色々個人的な話もした。


 しかし、さっき自分の部屋で何時間も考えるとき、「カリカが私に好意を寄せてくれていること」を考慮しなかった。

 私のことばかりでいっぱいいっぱいになっていたから、という言い訳をする余地も、ここにはない。


 アレクシスとあれだけ仲良くなったのに、カリカにはどこか一線を引いていたことも同時に気が付いた。

 もしかしたら、エウスタキウスさんはそれに気が付いていたかもしれない。


「いつから気が付いてました?」


 カリカに対して一線を引いていたことにいつから気が付いていたか、と聞いたつもりだった。

 言葉足らずなので、私の帰りた気持ちが強いということにいつから気が付いていたか、ということに受け取ったかもしれない。

 そう思って補足をしようとしたが、エウスタキウスさんは案の定、私が聞きたかったことを汲み取ってくれていた。


「度々、御二方で外出なさったときで御座います。

 御帰宅なされたカリカ様はそれはそれは楽しそうな様子にございました。

 えぐち様の御顔を拝見しておりますと、レフテリス様と同じ御表情をなさっておいででした。」

「そう、ですか。」


 これもまた私のなかで感情のもつれを解く一言だった。

 カリカのことが好きだし愛情もある。

 この気持ちは嘘ではない。

 しかし、それは父親のような、兄のような立場から見ている気持ちだということに気付かされた。


 カリカの失敗も成功もすべて微笑ましく思えて仕方なかった。

 私がいなくとも独り立ちしてほしいという気持ちを持って色々話してきた。

 何かあったら責任を私が取るのだという思いで一緒に仕事をしてきた。


 これらは、恋人のために尽くしたいという気持ち、恋人を守ってあげたいという気持ちではない。

 エルマーリ工会の一件でも、仕事を任せた部分もあった。おそらくその仕事ぶりをみて、任せていけると思った。

 だから、今回仕事を残して去る可能性について何も心配を持たずに済んだのだろう。


 そしてなによりも、独り悩んでいた時に彼女のことが出てこなかったのは、私の気持ちの真ん中に彼女が居なかった証拠だろう。


「カリカは、気付いてました?」

「私から申し上げるところでは御座いません。」

「そうですよね。でも彼女は察しがいい子なので、たぶんわかっていたんでしょう。」


 そう言った瞬間に、今日、私の部屋に来なかった理由もはっきりとした。

 私の中に彼女が居ないことに気が付いた結果に他ならない。

 私の行動の結果とはいえ、カリカが一歩下がったことがわかり、一気に胸の中の寂しさと、申し訳なさがこみ上げてくる。

 その気持ちが抑えきれず、両腕を抱え、下を見た。


「御伝えなさる御言葉は『ありがとう』がよろしゅう御座いましょう。」


 謝罪をどうやって伝えようか考えているとその思考をエウスタキウスさんが遮った。

 私の目線は地面から動かすことができない。

 すべてが見透かされ、そしてそのすべてが私のせいだと突き付けられている。


 でも。


 現実問題そうなのだ。

 妻とカリカを両立させることはできない。

 不必要な期待を持たせても泣かせてしまうだけだ。


 いや、泣かせるなどおこがましいかもしれない。

 総合的にまとめて「ありがとう」でいいのだ。


 今はまだ足元が震える考え方しかできていない。

 しかし、次の進めるべき一歩は見えた。

 私は日本に帰りたい。ここに残る選択肢は取れない。


「まずはエウスタキウスさんにありがとうを伝えます。」

「勿体ない御言葉に御座います。」


 私が深々と頭を下げるのより深くエウスタキウスさんは頭を下げた。

 無言のまま屋敷までもどり、エウスタキウスさんと別れ、独りで部屋まで戻った。

 階段を上がる足取りは思いのほか重くはなかった。


 1週間後、魔法部隊の方がカッサーラ所に来て、アエネアス魔法部隊長からの聞き取りの日を告げた。

 コンスタンティノスさんの目算よりも少し早い時期だったが、そう過たない時期であった。


「魔法部隊から私個人あてに呼び出しがあった。

 アレクシスだけに話しておくけど、元の世界に戻る話らしい。」

「なっ――。」


 アレクシスは少し取り乱したが、そうかとだけ言い、仕事の話を続ける。


「今指導中の事案があろう。それの引継ぎを行う時期を考えねばならぬな。」

「そう、だね。まだ具体的な時期がはっきりしたわけではないから、今は多くの方に言うべきではないけど、アレクシスだけには言っておきたくて。あ、カリカは知っているよ。カリカというかカリカの家族全員。」

「わかった。所長にも一言頼む。」

「それも、もうちょっと後でもいい?」

「――よかろう。」

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