第54話の2「公判請求」
直会が、エルマーリ工会の対応を決する前に、判決が出てしまった。
想定していた手順が狂っているので、報告に併せて調整もかねてカリカと一緒に直会に来ている。
来ているのはいいが、エリナ直会書記官の隣に予想外の方がいる。
「お母様?」
「あら、えぐちさんにカリカ。こんにちは。ごめんなさいね。
昨日の夕食の席でお会いした時にご説明すればよかったかもしれませんのに。」
「いえいえ。
どうかされたんですか?」
「あ、ちょうどよかった。
今回の裁判の結果を受けて、エルマーリ工会の会長をキシリアさんにお願いしようと思ってるの。
間違いない方ですし。」
「あ、ご存じでしたか。
それは願ってもないですが、ドーラさんは杖打ちなのにそんなことできるんですか。」
「うん大丈夫。ドーラさんね、エルマーリ工会辞めてどっか行っちゃうって。
だから、会長指名候補から外れて、誰でもいいってなったんだけど、事情が事情だけに、公募はしないことにしたの。
それで、私が話をしたら快諾してもらって。」
この言いぶりから察するに特例的な措置なのだろうが、それを実行するにはある程度の根回しは必須なはず。
判決が出たのは昨日。
それで動きが決まっているのは流石に仕事ができすぎるんじゃないだろうかこの方。
と、唖然としていると、カリカが横から入り込んでくれた。
「お父様には話を通しているの?」
「まだよ。でも、だめっては言わないだろうと思って。
カリカはどう思うかしら。」
「それはお母様がやってくれれば安心ですけど。
別にこれまでのエルマーリ工会の方針を踏襲しなければならない訳ではないんでしょ?」
「そうよ。もし踏襲しないといけないんだったら断ってたわよ。」
「ならお願いします。
あの子たちを助けて下さい。」
そう言ってカリカは深々とお辞儀をした。
これはおそらく娘としてのお願いではなく、監督隊の一員としてのお願いだろう。
そう感じ取った私からも同じように深々とお辞儀をしてお願いをする。
「大丈夫です。安心して。って私が言うのも違うかもしれないけど。
私の友人の中でもキシリアさんはめっちゃいい方だから。任せていいと思う。」
「ありがと。えぐちさん。
今回のこと、色々大変でしたね。
あとは私がさせていただきますわね。」
「改めてありがとうございます。」
手続き的なことはよくわからないので、エリナ直会書記官に任せることにし、教会にはなんと説明すればいいかということの調整をつけた。
翌日、教会に向かった。
「現状についてご報告しますエレフテリア教会長。
まず、エルマーリ工会のクリストドゥロス会長は追放刑になり、ドーラさんは杖打ち10回になりました。
ドーラさんはエルマーリ工会には戻らないということで、直会はエルマーリ工会の会長にカリカさんの母君であるキシリアさんを指名するとのことです。
近いうちにエルマーリ工会は通常に戻ると思うので、今保護していただいている労働者は、ちゃんと給料をお支払いすることを約したうえで、一度寮にお返ししてはいかがでしょうか。」
「ありがとうございます。
そのようなご提案であれば、お戻りいただいていいと思います。
えぐちさん。色々な調整本当にお疲れ様でした。」
「労い頂きありがとうございます。
あの、ちなみにガラテアはどうなりますでしょうか。」
エルマーリ工会で働かせられていた子供は沢山いるが、どうしても最初に接触した彼女のことが一番気になってしまう。
「ガラテアさんは、お母さんの元にお帰りいただいて、学校に行ってもらいます。
学校を卒業した後は、エルマーリ工会でまた働きたいというのが本人の希望らしいですわ。」
「そう、ですか。あんなに怪我をしてしまっているのに――。」
「そうですね。
仲間が優しくしてくれたのがありがたかったみたいです。」
給料をちゃんと払って自分の意思で働くのであれば問題はない。
しかしそれでも指を落とすほどの怪我なので暗い影が付きまとってしまう。
重たい空気にはなってしまったが、無事に学校教育を受けて、社会復帰できるのであればそれで良しとしよう。
労働者には私から経緯を説明し、通常の状態に戻すことを約束した。
その場に、ミハリスさんは居なかった。奥さんのメランタさんとともに、元居たカルナックに戻ったそうだ。
同じような境遇の者も去っており、また、夜のうちに逃げ出した者も居た。
そうして寮に戻ったのは15名。労働者は減ったが遵法状態にあるのが一番である。
長くしんどかったエルマーリ工会の1件はこれで終わった。
これは氷山の一角なのだろうか。
それとも、弩級の問題で、他のはないのだろうか。
私はこれで終わりではなく、同様のことが多くあるのだろうと思うことにした。
日本では性善説で法律が作られていると感じることがある。
しかし世の中そんないい人ばかりではないということを、この仕事をしていて感じた。
同種犯罪の一般予防として、エルマーリ工会のことは直会から広く知らしめてもらった。
労働基準監督官が、司法警察員としての資格を持っているのは、行政指導の効果を上げるうえで、いわば伝家の宝刀である。
これを手放すわけにはいかないと改めて痛感させられる出来事となった。
その日の夜、カリカの家で食べるご飯はとても美味しかった。
酒はだめなので勝利の美酒、とはいかないが、それでも大いに食事を楽しんだ。
キシリアさんにもしっかりとお礼をしたところで、さて、とコンスタンティノスさんが話し出した。
「えぐちくんや。いつ日本とやらに帰りたい?」
和やかな雰囲気がその一言でぴりついた。




