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第50条の1「逮捕の理由」

 この国の裁判隊は日本の裁判所の構造とちょっとだけ違う。


 二審制であるとか、刑事部・民事部の概念がない、とかぐらいだ。

 逆を言えばそれ以外は同じで、中央裁判隊が裁判の最高府で、その下に、全国中小の裁判隊が80ほどある。

 そして裁判隊は政府から一定程度独立して裁判をつかさどっており、王の下ではどの代表とも対等な立場にある。

 つまりは、イウリオス裁判隊長は、日本で言えば最高裁判所長官なわけである。

 さらには、裁判所は裁判所内に事務局を構え、事務官が事務処理を行っているように、裁判隊も裁判隊内で一定程度の事務処理は完結している。


 このような前提で言うと、逮捕の許可であれば、最高裁長官に相談に行くなんてことは絶対にありえない。

 日本では簡易裁判所が窓口なるように、下っ端の仕事だからだ。

 絶対にありえないのだが、なぜか私はイウリオス裁判隊長が来るのを裁判隊事務局で待っている。


 確かに、私が来たのは、中央議場庁舎にある裁判隊の詰所だ。

 中央議場庁舎にあれば、それが中央裁判隊でもおかしくはない。

 私は、意図的に中央裁判隊を狙ったわけではなく、どこ行けばいいのかわからなかったので、それを聞くのも含めてとりあえず、来馴染みがあったここに来たわけだ。

 まさかイウリオス裁判隊長が来るとは思っていなかった。


「方々、動き回っておるようだな。話は聞いておる。」

「ありがとうございます。そこまで話が届いているとは意外と言いますか。」

「謙遜せぬのだな。まあよい。

 貴様に聞きたいことがある。コンスタンティノス先生とはどういった関係か。」

「せん、せい。」

「われが、王族特務機関におったときに、仕事について色々教わったのだ。

 人格、能力いずれも素晴らしいお方であった。

 そのお方が、貴様を救うために、エルピダ商会を壊滅させ、裁判にかけるだけの証拠を集めておられる。

 貴様はコンスタンティノス先生の何なのだ。聞かせてもらおう。」


 私は堅物の印象しかなかったイウリオス裁判隊長があまりに俗的な話をしだしたので笑ってしまった。


「貴様愚弄するか!何を笑う!」

「そうですね。イウリオス裁判隊長でも、公務の時間に雑談するんだな、と。」

「雑談だと!?」

「そうでなければ、権限の濫用ですかね。

 どのような公務の必要性をもって個人的な話を聞きだそうとしているのですか?

 しかも私だけの事であれば答えられもしましょうが、相手がいる話を相手の了承もなしにこたえよ、と。」


 イウリオス裁判隊長はあからさまにしまったという顔をした。

 賢い方ではあるので、正論を指摘されて激昂する様子はなかったが、どう収集すればいいかわからなくなっている様子だった。


 私がこちらの世界に来てすぐに実務者連携会議で見せた融通の利かない印象はそこにはなく、正直に生きている男がそこにいた。


「では、仕事の話をしましょうか。」


 イウリオス裁判隊長は無言で頷かざるを得なかった。

 そして、私がこれまでの経緯と、エルマーリ工会のクリストドゥロス会長を逮捕したいことについて説明し、それを表情を戻しながら聞いた。


「では、こちらも、裁判隊長の立場上言おう。現状で逮捕を認めることはできぬ。」

「現状で、とは。」


 このくそ石頭がことは急を要するのがわからんのか、と叫ばなかった私を褒めたい。


「貴様の国がどうであるかは知らんが、この国では、逮捕するには2つの理由がいる。

 犯人の可能性が一定程度あることと、逮捕しないと犯罪が消されてしまうことだ。これを今回にあてはめると、いずれもない。

 会長が否認しているのであれば、それが真実であれば、犯人ではない。

 よしんば犯人であっても、何かが消されるか?被害者は大量におるし、逃げる気配もないのであろう。

 であれば、その心配もない。よって、逮捕は認めぬ。」


 その原則は日本でもそう大差ない。

 それはわかったうえで、それでも私がイウリオス裁判隊長に事情が事情であることを説明しても、一切曲げようとしなかった。

 こうなってくると、このお役所仕事が、と思わず罵声を浴びせたくなるものだ。


 私の職業を棚に置いて。


「わかりました。説得する材料を探してきます。」

「説得ではない。できぬのだ。」

「つまりは、逮捕の必要性が確認できる証拠を集めてくるということです。

 わかっております。

 イウリオス裁判隊長を説得できないのは。」

「貴様。」

「ここで言い合っている時間ももったいないので、失礼します。」

「待て。」


 だんだん苛々して来て語気が強くなった自覚はあるが、さすがに呼び止められて振り切るまではできなかった。


「なんでしょう。」

「貴様のいう通りだ。私事で話をしてしまった。失礼した。」

「いえ、私も交渉をうまく進める切り札的に取っておこうとしてしまいました。

 コンスタンティノスさんは、私が居候させていただいているご家庭の、ご隠居様です。」

「そうか。お孫様が。」

「はい。」

「貴様が誤りのない仕事をしようとしておるのは知っておる。裁判隊である以上、原理原則に従って飲み動く。

 それは王でも異なることはない。」

「でしょうね。むしろそうあり続けてください。そうしないとこちらも困りますから。」


 なんとなく性格がつかめたところでその場をあとにした。

 私も偉そうなことを言ったが、何があれば足りるのかよくわかっていない。

 しかしとにかく情報を集めるべく、ミハリスの話を聞きに、同じ建屋内にある警邏隊本部にそのまま向かった。

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