第48条「労働基準法を施行する者」
今回の件で、アレクシスとある程度は普通に話していたのだが、カリカの家での晩御飯は沈黙に包まれていた。
冒頭、レフテリスさんから話は大体聞いた、大変だったな、というねぎらいをもらい、それにお礼を言う会話があった。
そこからなんとなく話を続けられずにいると、そのまま全員黙ってしまった。
ほとんど手が付けられていない主菜が下げられるのを見ながらカリカが話し始めた。
「こんな、きれいな家できれいな食事をしていていいんでしょうか……。」
「どういうことだいカリカ。」
「ガラテアちゃんだけじゃない、10名近い子がいまだにエルマーリ工会で、脅迫され充分に食べさせてもらうことができずに、給料もなく働いているんですよ。
それを知りながら、私が食べる権利なんてないんじゃないかと思って。」
ガラテアにずっと付き添っていたのは、フェービ補佐で、カリカはあまり近くに居なかった。
だからこそ余計に哀れみに似た感情で支配されているのではないかと心配になる。
当事者から話を聞かない限り、その人のおかれた位置は絶対に理解ができない。それを勝手に想像して同情して憐れむのは、筋違いではないか。
性格が悪いのかもしれないが、私はそういう考えを持っている。
一方でカリカの性格を知っているので心の底から心配しているのはわかる。
だからこそ、カリカに対して心を落ち着かせる一言を発したいとは考えている。
しかし、筋違いだろうという考えが表に出ないようになんて言ったらいいのかわからず、私は黙ってしまった。
そこにすかさず、コンスタンティノスさんが発言をしてくれた。
「ほっほっほ。いい子に育ったの。カリカや。
その子がエルマーリ工会に来た経緯、残っている経緯はわからぬ。
わからぬからこそ不憫な考えが沢山よぎってしまうじゃろ?それでええのじゃ。
だがの、次に何をするかを考えねばならぬ。
救うことか?罰することか?カリカこれからするべきことはなんじゃ。
自分がしたいことと、できること、その2つの均衡が取れたところが、カリカのするべきことじゃ。」
「したいことと、できること――。」
「できることについて一言言ってもいいかな?」
コンスタンティノスさんの言葉は私にもすとんと来るものがあった。
そのうえで、私なりの言葉で、カリカに伝えられることを伝えようと思う。
「監督隊は救うことが仕事ではない。
労働基準法に対して公正中立であり続け、法を施行する者として指導と罰を与えるための捜査を行うことが仕事だと信じている。」
その言葉をカリカはまっすぐと私を見ながら聞いてくれた。
そして、自分の中で納得をつけたかのように話し出した。
「そう、ですね。
私はエルマーリ工会がガラテアちゃんにした仕打ちを許せません。
保護して救うことは教会の方に任せます。
そのうえで、エルマーリ工会とクリストドゥロス会長にしかるべき罰を受けさせます。
やっぱり許せない気持ちがあるので、それを根拠に動いてしまっているので、公正中立じゃないかもしれませんけど。」
「いいんじゃない?
こいつは絶対に罰を受けさせるべき奴だ、という気持ちがない限り、これから待ち受ける仕事の大変さには耐えられないよ。
罰を与えるというのはそんなに簡単なことじゃないからね。」
「はい。ありがとうございます。」
「僕からもお礼を言おう。お父さんもありがとう。」
「ほっほっほ。儂はなにもしとらせんわ。」
カリカの気持ちが少し上向きになったようだった。私が声から察するに、だが。
食事は終わりお風呂から上がって部屋に戻っていると、部屋の前にカリカがいた。
「やっぱり。」
思わず口から出た私の独り言でカリカを驚かせてしまった。
「ごめんごめん。急に声かけられたらびっくりするよね。」
「はい。いや、それだけじゃなく、『やっぱり』って?」
「食事の最後に私のほうを見てた気がして。勘違いだった?」
「――いえ。」
気付かれていたことが恥ずかしいのか、私の発言をうつむいて肯定した。
「よかった。来てくれたら嬉しいなって思ってもいたから。」
「え、何でですか?」
「う~ん。
格好つけて『救うことは仕事ではない』とか言ったけど、本当に罰を与えるだけでいいのかな、労働者を救うことはできないのかなとか、これから何をすべきかな、とか悩みは尽きないからちょっとでも誰かと話すことができればな、なんて思ってたから。」
「ふふふ。どうしました?
えぐちさんらしくない。」
「いつも自信満々なのにぃ、みたいな?」
「はい。」
「そう見えているなら、私の虚勢を張る演技もかなりの質だね。」
「虚勢だったんですか?」
「自信が全くないと言ったら噓になるが、満々に見えるようには立ち振舞っていたつもりだからね。」
「意外です。私みたいに不安だらけとは真逆と思っていましたから。」
「不安だらけなの?」
「はい。自分のやるべきことがやっぱりよくわかってないんです。
ガラテヤちゃんの怪我やミハリスさんの状況、あまりにも酷くて。
私は、働くことって収入を得るだけじゃなくて、自分の成長の場だったり、やりたいことをやる場だったりって考えていたんです。
それが、あそこで働く方々にはその気持ちを一切持つことなく働かされているのだと思うと、どうしても落ち着かなくて。」
「なるほどね。ちょっと厳しいことを言ってもいい?」
「はい。」
「うんとね、今のカリカの発言は、全員がやりがいを持っていないと決めつけていないかい?
ちょっとガラテアの話は斜に置くとして、労働者の中には現状で良いと本当に思っている方がいるかもしれない。
そうであれば、決めつけはよろしくない。
でも、11歳の子が指を落としてまで労働させられている状況はとてもじゃないけど許されたものではない。
11歳は事理の分別がしっかりついてはいないだろう。
だから、ガラテアが本当に現状で良いと思っているのであれば、それは意思を抑圧された結果であり、それは正してあげないといけない。
でもそれは、教会の仕事であって我々の仕事ではない。
この考え方、私の国では『縦割りだ!』と言って批判する人がいるけれど、一方で餅は餅屋という言葉もある。
専門的な知識と権限を持った者がその専門分野でできうる限りの仕事をする。
そうすることで、適切な保護を国民に与えられると考えるんだよ。
そして、労基隊の仕事は、労働基準法の施行だ。
ガラテアをあるべき道に正してあげるべき、というのは感情として持っていてもいい。
だが、それを実行に移すことはできないのだと言い聞かせないと。
なんか、話がちらかっちゃったな。
無理やりまとめるなら、『しかるべき者にしかるべき救済としかるべき罰を』といったところかな。」
「――正直納得はしてません。はい。
でも、お話ししてくれたことで、今迷ってる私の道を少しでも前に進めることができそうです。ありがとうございます。」
「ごめんね、なんか偉そうで。」
「いえ。……えぐちさん。」
「ん?」
「帰ってほしくないです。一緒仕事してたいです。」
「――っ。」
私は急に放り込まれた一言に言葉が止まってしまった。
できるものならそうしたい?私もだよ?なんと言うのがいいのか。
日本に戻れることになったら、私は日本に戻り妻の元に帰る。
なので、だから、できるものならそうしたい、も、私もここでずっと一緒仕事したい、というのは空手形であり、その場しのぎの方便だ。
じゃあ明確にそれはできないというべきなのだろうが、気持ちをまっすぐにぶつけてくるカリカにそんな返事をする勇気がなかった。
結果、言葉に詰まるという最悪の手になってしまった。
「ふふふ。冗談です。前もこんな話しましたもんね。
そのときからえぐちさんの反応は変わってないです。」
言葉に詰まった私を見てカリカはすべてを察したように笑顔を取り繕った。
「あ、いや――。」
違うんだ?何が?続ける言葉を探して見つけられなかった。
「キリアキ隊長がおっしゃってましたけど、ほんとえぐちさんって嘘がつけないんですね。
だから魅力的なんですけど。
今聞いたことは忘れてください。ほんとに。」
「――わかった。カリカの気持ちがとてもうれしいから、一緒に仕事するあいだは私のできる限りのことをさせてもらうよ。」
「はい。それで充分です。ありがとうございます。」
カリカにお休みの挨拶をして、一人の時間になった。
カリカへの対応をどうすればよかったのかと悶々と考え続けるが答えは出ない。
私の性格上、仕事は割り切って前に進めることができるが、対人関係はどうも粘着してしまう。
ああすればよかった、こうすればよかった、と。
私自身で悪い癖だと思いながらもどうしても考えまいとしても考えが湧いてくるのだ。
どうしょうもないところで考えを巡らせていたところ、疲労感からくる眠気がすべてに打ち勝ってくれたことに感謝した。
コロナでダウンしてたので土日の更新も無理かもです。




