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第7条「国家公務員」

 やはり怖い。

 謙遜に見せかけた脅しだ。

 もしかしたら嘘を言っていると分かった犯罪者には、容赦なく拷問をしてきて、様々な犯罪を防いだり重要な情報を引き出したりしてきたのかもしれない。さらには、嘘だけでなく私の性格もすべて見抜いたうえでどういうに言えば内心に思っていることをすべてさらけ出すかをわかって質問してきているのかもしれない。


 半ば恐怖に似た感情が体の中を支配しだしたが、ここで黙っていても仕方がないという気持ちが自分の唇を動かした。


「私達は、工会に雇われているとできない仕事をしているのです。先ほどらい、安全の話だけをしてきましたが、労働基準監督官というのは安全だけでなく働く人の最低限度の労働条件を定めた法律を、事業主に守らせるのが仕事です。

 日本という国においては、働く人たちが危険にさらされ、強制的に働かされ、搾取され、長時間働かされ、といった歴史がありました。そんな強制労働をする者に対しては、外側から規制をしないと、内側から指摘してもだめなんです。

 雇う人を規制するために法律を作りましたが、法律の実効性を担保するには、予告なく事業場に立ち入り、作業場や書面の確認、関係者からの聞き取りを行い、法律違反の有無を確認し、その結果で指導を行い、場合によっては処分や逮捕や送検手続きを行う、専門の者が必要で、これらを一体不可分なものとする必要があります。

 労働基準監督官はこのような仕事なので法の番人として公正中立な立場である必要があるので国の役人であることが求められるのです。」

「逮捕かね。」

「逃げ回る代表者限定ですが。」

「そうけんてつづき、というのはなにかね。」

「少し端折った説明をするならば、罰を与えることです。」

「それで、強制的な働き方や長時間はなくなったのかね。」

「残念ながら……」

「ならば先ほど説明した内容は理想論かね。」


 ――理想論だ。

 年間1,000人近い労働者が労災で死んでいるし、長時間労働はなくならない。労働基準法は道路交通法と同じぐらい国民の遵守意識が低い、と揶揄されたこともある。

 遵守意識を上げるために、様々なことを行っていて、一番いいのは労働基準監督官が全事業場に調査に行くこと。とはいえ事業場の数はあまりに多すぎて、行けないのが現実だ。だから法違反をなくすというのが理想論といわれても何も反論ができない。


 だがそれでもなけなしの反論はしたい。


「理想論ではありますが、決まりが決まりとして存在していること、罰を与えることで強制力を持つことは非常に重要です。なぜなら――」

「待ってくれないかね。ここで長々と議論することが目的ではないのでね。」


 是非もなし、かと思い一瞬息が詰まった。次の警邏長の発言で半分落ち着くことができたが、半分は緊張を強めた。


「君が嘘をついていないことは分かったんでね。これから処遇をどうするかは、隊会長連絡会を開催して諮ってみるかね。」

「た、隊長!失礼ながらこの者を隊会長連絡会に出席させるのですか?」

「まさか。私が説明してくるだけだね。」

「いやそれでもこの者の処遇のためにそれまでする必要はないではないですか。警邏隊で尋問して、裁判隊に引き渡すだけで充分ですよ。アレクシスもそう思うでしょ?」

「――隊長、何かお考えが?」

「うん。まず、この者が持っている道具はいずれも我々では作りえないものなのが気になるんだね。嘘をついていないのはわかるが、トロニス=ヘラクレイオンに害を与えるものなのかそれとも利益を与えるものなのかまだわかりかねる状態でね。

 利益を欲する理由は、巨人国との緊張感が高まっている今、国益になることはすべて使いたいというのが、先日の族長会議からの指示なんだね。

 そしてもう一つ、最近、働いている人の怪我や子供たちへの隷属的な働かせ方が問題になっているね。国益を考えたときに対策は必要ではないかということが、実務者連携会議で出てきていたんだね。

 そこにこの者の登場だ。時機が良すぎる気もするがそれはそれとして検討の俎上に載せる価値はあると判断したんだね。」

「なるほど。ご随意に。」

「うん。じゃあまた呼ぶからそのときにね。」

「はっ。」


 隊長室を出てそのまま宮殿を後にし、私は2人について通りに出た。2人で何か話をしているが通りの喧騒で私のところまでは聞こえてこない。


「貴様、住むところはないということで間違いないか。」


 アレクシスが振り返っていきなり聞いてきた。


「はい。こういう街であれば宿などあるのでしょうが、私の持っているお金ではおそらく使えないのでしょうから、宿に泊まることもできないと思います。」

「ならば再び隊長によばれるまでは我々の家に居てもらう。」

「ほんとですか?住所不定の人間ですので、てっきり警邏隊の詰め所で拘束されるものと思っていましたが。」

「犯罪者ならばそうするが、隊長からはそのような指示はなかった。かといって所在が不明のままというのは到底認められない。

 だから私かカリカが引き取ることにした。好きなほうを選べ。」


 好きなほうをと言われても女性を選ぶ選択肢はあるのか実質的に考えて。あれだけ体格が良ければ力勝負で私はカリカに負けてしまいそうだが、そうではなく。

 単純に私が人見知りであるうえに、女性の家に居るなど、緊張が激しくて気が休まることは絶対にないだろう。ということで、アレクシス一択であると返事をしようとした直前。


「さっきはどちらでもと言ったんですが、私の家であれば、使用人がいるんで、ずっと見張ることができます。アレクシスの言っていた方法で監視しても逃げないでしょうが確証がないと思うんですよね。

 私の家にしませんか。」

「確かにカリカのいうことには一理ある。」


 使用人にずっと見張らせるというのはどうする気だろうか。24時間勤務でもさせる気だろうか。一方でアレクシスのほうだとおそらく使用人がおらず、何らかの方法で監視する気なのだろう。

 気を使う量が減る方を取りたいので、監視の方法がわからないにせよ、アレクシスの方が気は使わないだろう。

 ということで、お断り申し上げる方法を選択したいところだが、アレクシスがカリカの案に同意している現状、私に決定権があるとは思えない。


「では、お言葉に甘えましてそうさせていただきます。」

「わかりました。ならこっちです。ついてきてください。」

「カリカ、よろしく頼んだ。何かあればすぐに私か詰め所に連絡するように。」

「了解です。ではいきますよ。こっちです。」


 そこから二手に分かれて街をすすんでいく。


 私が最初に落ちてきた通りまで戻ってきて、さらに進んでいくと、店がなくなり住居らしき建物ばかりの雰囲気に変わってきた。きっと住宅街に当たるのだろう。

 その住宅街に入り少し進んだところにある大きな建物の前でカリカが立ち止まった。その建物は、この世界にきて初めてみる3階建てで、幅はほかの建物より3倍ほどある。扉もこの家だけ観音開きだ。

 カリカが扉につけられた叩き金をたたいた。


「おかえりなさいませお嬢様。」


 中からは老齢の襟付き上着を着た執事が出てきた。そして、お嬢様とそういったのだ。


「帰ったよ。事前に連絡してたとおり、うちで預かることにしたよ。」

「はい。諸々備えてございますので。」

「客じゃないんだし、適当に扱っていいんじゃない?身の回りのことも自分でさせて。」

「左様でございますか。よしなにさせていただきます。改めまして私、レフテリス様のお家の執務全般を預からせていただいておりますエウスタキウスでございます。」

「初めまして。江口将臣と申します。レフテリス様というのは?」

「レフテリス様はコンスタンティノス様のご子息、カリカ様の父上、私奴の主になります。」


 コンスタンティノス・・・?皇帝だったか。世界史は真面目に勉強していなかったので全くわからないがどっかの皇帝だったと思う。

 こちらでもやんごとない身分の人の名前なのかもしれない。


「そうなんですね。短い間ですがよろしくお願いします。」

「では部屋に案内いたします。こちらでございますので。」

「あ、エウス。」

「ごもっともです。なので、3階の角の間へのご案内をいたします。」

「そう。よろしくね。」


 エウスタキウスさんの動きは、執事として理想的で、落ち着き払った様子。さらに、カリカの求めるところを理解しているようで、準備が早い様子だ。

 真面目そうなカリカがため口で話しているということは、カリカが子供のころからこの家に仕えているのだろう。

 ただこんな老人に24時間監視をさせるとは思えないので、彼が執事長ということで部下がいてその人が対応するのかと思う。


 玄関ホールは3階の天井までの吹き抜けで螺旋階段が3階まで続いている。その螺旋階段でエウスタキウスさんと3階に上がり、廊下を少し進んだ一番奥の部屋を案内された。


「こちらが、えぐち様の居室にございます。」


 部屋はほぼ正方形で7畳ほどの1間。監督官になりたてのころに住んでいた官舎がちょうどこのぐらいの広さだと思う。

 扉と反対側の壁に木の扉が観音開きになっている窓があるだけで、3面は閉ざされている。

 あまり換気がよい状況ではない。

 それでも掃除が行き届いているのか埃っぽいにおいはしなかった。その窓を見て左手に寝台、右手に書斎机、その横に棚が置いてある。家具はそれだけだがいずれの家具も強固なつくりで綺麗な細工が施されていた。

 机の上には万年筆のような筆記具と紙、そして燭台がおいてあるだけで、特別なものはない。


「ありがとうございます。ちなみに、私の国では室内は靴を脱いで動き回るのですが、それで差し支えないですか。」

「結構にございます。私奴どもの清掃で足らぬところがあったらお申し付けください。」

「いえいえ、充分です。」

「左様で。お手洗いは一度出ていただいてこちらの部屋、浴室はこちらにございます。お風呂のご準備整いましたらお声掛けいたします。食事はお部屋にお持ちします。

 至極不便をおかけしておりますが、ほかのところへは行かれぬませぬように。」

「一切ですか。」

「さよう。そのとおりでございます。

 私奴から説明申し上げることは以上となりますことなにとぞご理解のほどいただきますようお願いいたします。」

「あ、念のための確認ですので。大丈夫です。」

「ご賢察痛み入ります。では失礼いたします。」


 そういうとエウスタキウスさんは、丁寧に音もなく扉を閉めて退室し、室内には無音の時間が広がった。

 そろそろ日が沈む様子。

 おなかがすいた気がするし、まだな気もするがなによりも、疲れている。

 眠い。

 安全靴を脱いで入口の扉の横に置き、靴下をその中に入れた。

 そして私はきれいに整えられた寝台に体を預けて寝ることとした。



――あけますよ。

少し強い声と共に扉が閉まる音で目が覚めた。


「扉をたたいても返事がないので入りましたけど、まさか寝ていたなんて。」


 がばっと体を起こして部屋の入口を見てみると、普段着を着たカリカが、配膳を持って立っていた。

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