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第6条「囲い等を設ける等の対策」

 かれこれ10分以上、囲い等の必要性を説いているが、理解はしてもらえても納得はしてもらえない。


「だから、俺以外の下手な奴がやる時だけでいいすよね。それの何が駄目なんすか。」


 厳密にいえば、ヴラドは事業主であるから、それでいいのかもしれない。

 しかし、ここでひきさがっては安全に対する意識改善はできないし、これまで話してきたことが無意味になる。


「危ないというのは分かってもらえたなら、とりあえず、取り付けてほしい囲いがどういうものかだけ説明させてください。

 方法は二つあります。

 一つには盾を手で持たないこと。なにか挟むものを作ってそれで固定してもらうことで金型の間に手を入れずに済むようにしてください。

 二つめは金型から30センチほど離れたところに木かガラスか金属で、材料しか入らないくらいの隙間を残した状態で囲いを作ってください。

 材料を入れるのはその囲いの外から持つか、あるいは魔法で動かしてください。どちらのほうが可能ですか?」

「せんち?」

「あ、30センチは手首から肘ぐらいまでの距離です。それだけ離れていれば、金型まで手が届くことはないと思うので。」

「魔法で盾を動かすんすか?一度に2個のものは動かせないっすよ。」

「それなら金型を固定しましょう。金型を一回上にあげたら、棒か何かで固定してもらって、盾を金型の隙間において、金型を固定しているものを、金型の下に手が入らないようにして外して、金型をおろして、また取り出してとできるので、差し当たりは安全です。」

「連続してできないじゃないすか。」

「そもそも連続で何枚も使いますか?一回やって次のやつをまたやるまでに時間がかかるでしょうし、何より、ずっと金型を浮かしておく必要がないので疲れないじゃないですか。」


 いや、魔法を使うと疲れるかは知らないが、とりあえず思い付きでそのように返してみたら意外とこれがはまったようだった。

 安衛法の安全囲いの措置の前提として「危険を防止するため」「労働者の安全を確保するため」という文言がつく。

 だからきっと、金型が絶対に落ちてこない状態にしておけば、囲いがなくても大丈夫なはず。

 両手操作式の理屈と同様の考え方に近いので、きっと大丈夫なはず。

 そう思いながら提案した安全対策だった。


「確かに疲れないすけど、一つ作業が増えるし……」

「時間についてはそう長くありません。ぜひしてみてください。」

「はぁ……ちなみに、囲いを作れば固定はしなくていいすか。」

「もちろんいいですよ。」

「囲いでで盾が見えなくなるのは嫌なんで、金属じゃなくて網でもいいすか。」

「えぇ、指が入らないくらい目が細かい奴なら大丈夫です。」

「わかったっす。」

「では、やっていただけますか。」

「やるっすよ。」


 最終的には、対策をしてくれると言ってくれた。

 もしかしたら根負けしただけで、本当はつけてくれないかもしれない。

 でも、今ここでつけさせるのでないならば、信じてまた来た時につけてなかったら怒るしかない。ここで疑ってくどく言ったところで関係性を悪化させるばかりだ。


「ありがとうございます。ほかにも本当はいろいろしていただきたいことがあるのですが、まずは囲いから始めてください。」


 最終的には信用するということでヴラド工会を後にした。

 その様子を見ていたアレクシスは「ついて来い」とだけ私に指示をした。どこに行くのかわからないが私はアレクシスについていくばかりだ。

 カリカと特にやり取りをせずに同じ方向に向かっているので、私がヴラドとやり取りをしているときに話をしていたのであろうが、にしても無言は楽しくない。


 しかし奇妙な都市だ。全員人型ではあるが、エルフのような見た目、ウルクハイのような見た目、普通の人間、さまざまがお互いに普通に話している。小売店もあれば町工場もある。

 そしてどこも住宅が二階に併設されているようだ。飲食店もあるし、商業地区と工場地区と住宅地区が一同に会している感じだ。


 周りをきょろきょろしながら進んでいくと、宮殿についた。

 そう宮殿としか言いようがない。

 町の中にあって城壁に囲まれており門があり門番が立っている。その中に立ち入った瞬間、本省時代に叙勲のために皇居内に入ったときのような、えも言われぬ緊張感が私に去来した。


「これは宮殿……?」


 私は質問とも独り言ともとれる大きさでつぶやいた。


「王に会うのではない。貴様の処遇を決めるために、警邏長に会わせる。」


 詰所には警邏長がいないのだろうか。確かに、警察庁長官は警察署にはいないのでそういうことなのかもしれない。


 城門をくぐると、美しい左右対称の宮殿が見えた。

 真ん中にはドーム屋根をもつ高さ20メートルほどの建物。そこから左右に一段低い建物が美しく100メートル以上伸びていた。

 ベルサイユ宮殿はこんな形ではなかっただろうかと思いつつ、向かって右側の建物に向かう二人の後に続いた。建物の一番端にある入り口から中に入ると、事務所棟のようになっていていくつかの執務室になっていた。

 その建物を4階まで階段で上がり、一番奥の部屋の前に来た。


「警邏長、中央地区警邏隊長のアレクシスです。すでにうちの隊の者から報告させていただいたとおり、かの者を連れてきました。」


 そういう挨拶をしてアレクシスが先に入り、カリカと2人で待たされた。


「あの、カリカさん。」

「なんですか。」

「ここは、警邏長の部屋ですか?」

「今は答えません。アレクシスも警邏長も色々考えているでしょうから、その指示次第です。」

「そうですか。すみません。」


 せっかく2人になったので話をしてみようと試みたがすげなく断られてしまった。

 そう長くない沈黙の後、アレクシスが部屋の扉を開けて、中に招き入れた。

 入って、「キリアキ警邏長」と紹介された人物は、部屋の奥の執務机の椅子に腰かけており、おそらく50歳後半から60歳前半の男性。見た目からは人間であると思える。

 ただ、肩幅と腕のおこりから、かなりの筋肉が服の下に隠されていると思われる。


 その男性は、少し白髪交じりの頭をかいて私に話しかけてきた。


「よくおこしなすったね。なんか、別の世界から来たとかうそぶいとるらしいが、どうやらアレクシスの気に入ったようだね。」

「えっ、そうなんですね。それが本当ならありがたい話です。」

「ん。で、何でここにきたんだね。わけわからない道具を持って。カリカは君のことを、フランク・ゴディオン人の可能性もあると言っていたがね。

 どうも最近巨人族が体を小さくするすべを身に着けたらしいんだね。それの偵察第一号の可能性もあると私はにらんでおるんだがね。」


 どこまでアレクシスから話が行ったのかわからないので、私はもう一度労働基準監督官の仕事を説明しようとした。


「私は、労働基準監督官と言って――」

「その話はもう報告を受けておるんだがね。それで実際に工会に連れて行ったら、安全が一番大事だの至極全うな話をしたらしいじゃないかね。

 でもそれは同時に作業効率を下げる話とも聞く。しかも入ったのがヴラドのところ、陸軍用の盾の御用達のところじゃないか。

 人畜無害なふりをして、きっちりこの国の要を抑えに来ておるじゃないかね。盾製造の工会の効率が下がれば武器の供給が減り、国力がそがれる、そんな絵図を描いておるんじゃないかね。

 こことは違う世界、それも『にほん』という架空の国からきた、それも国家から雇われた人間らしいじゃないかね。

 すべて嘘をついていては見抜かれるから、一部は本当のことで一部は嘘をつく、実に合理的な話じゃないかね。まったく違う世界から来たのであればなぜ言葉が通じているのか説明がつかないじゃないかね。」


 警邏長は座ったまますらすらと私に話しかけた。

 話しかけた?問い詰めたというほうが適切かもしれない。

 しかもヴラドを案内したのは、アレクシスだ。確かにあのとき、「ここをどう思う」としか言わなかった。


 わざと軍用品の工場に連れて行って私の反応をみていたのか。


 あのときは全く気付かなかったが、それも考慮したうえで選定したのか。

 そう思って振り返れば、いきなり臨検監督と同じことをしてしまったのは、大失敗だったかもしれない。

 しかし、こうやって上に連れてきてもらっている。

 だから、ある程度の信用は得られたのだろうと考えることにする。


 このように多少前向きにとらえたとしても、きつく問われると、私はなんてこたえるのがいいのかわからず完全に黙ってしまう癖があり、今回もそうしてしまった。

 こういうとき、沈黙は是ととられるのはわかっている。何も答えられないのは図星だからだと。

 しかしそうではない。

 私の癖なのだが、知らない人、それも一方的な決めつけをしてくるやり取りの中に置かれてしまうと、すべてのこたえに対して最適解を探そうと押し黙ってしまう。若いころはすぐに「いや」「違う」と言っていたのだが、否定から入ることで相手に悪印象を与え幾度となく、揉めてきた。

 だから、押し黙って回答を探そうとするくせを意図的に身に着けた。

 結果の沈黙だが、できる限りの整理をして、私は口を開いた。

「確かに荒唐無稽なことを言っているととられるのはわかります。でももちろん違うと否定させていただきます。

 日本は架空の国ではなく、確かに存在する国です。証拠は私という存在です。服装、道具、考え方、すべての文化が違うことは見て取っていただけるかと思います。

 そして、国力を削ぎに来たことも否定します。

 なによりヴラド工会で説明した、『安全第一』という考え方は、効率が下がるものではありません。

 昔、怪我や死亡災害が多かった工場を抱える代表者が、働く人が仕事に来たままの姿で家まで帰ることを最優先にすべきだ、という考えのもと、安全第一の方針を導入しました。

 そしたら、結果として、効率もよくなり品質も向上したそうです。

 なぜなら安全第一の考え方は、単に慎重に作業をするというだけでなく、安全で適切な作業方法ということも含まれますし、怪我をすることで生じる人的損害を抑えられることのほうが、結果として効率的になります。」

「ふむそうかね。」

「警邏長――」

「うむ。わかっておるよ。確かにこの者は嘘はついてないことがわかったかね。

 そのうえで、質問があるんだが、なぜそんな仕事をするものが国に雇われる必要があるのかね。その理念は工会の中にあってこそ発揮できるのではないかね。なら国に雇われる必要はないんじゃないかね。」

「それの説明の前になぜ、嘘をついていないと?」


 もちろん嘘などついていないが、あれだけ理路整然と疑ってかかった人が、一回の説明で信じてもらえるのも疑問でしょうがなかった。

 だからこのようなことを言ってしまうと逆に疑われるのがわかっていても、質問しないと気が済まなかったのだ。すると警邏長はまっすぐこちらを向いて少しやわらかい顔で答えた。


「私はね、そこにいるアレクシスやカリカほど腕っぷしが強くないし、威圧的な話し方もできないんだよね。

 でも、その人が嘘をついているのか本当のことを言っているのかは絶対に見抜くことができるんだね。その力でもって警邏長にまでならせてもらっているのだよ。」

「それだけではなく、人格も素晴らしく、そして物事を見通すことは誰よりも長けてらっしゃることを付け加えておく。ゆめゆめ勘違いするな。」


アレクシスさん、補足されずとも薄々感づいていますがな、と思いつつ。


「買い被りだよね。さて、そんなわけで私に嘘は通じない。それを理解したうえで説明してもらえないかね。」

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