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第42条の2「労務関係資料」

 工場を一通り回った正直な感想として、安全講和で過去に訪れたことがある刑務所の作業場の雰囲気によく似ているということ。

 私が行った刑務所では、刑務官が作業をするわけではなく監視をし、それに従って受刑者が黙々と作業していた。

 ここでも同じように、4、5名いる各作業場の管理者が指示をするのみで作業しない。

 普通の工場ではありえない光景。そればかりか、受刑者もここまで委縮してはなかった。


 私が元々、強制労働をしているのであろうという色眼鏡をかけてしまっていることはわかっている。

 わかってはいるが、実際に見てみて眼鏡の色は濃くなるばかりだ。


 事務所に戻って労務関係書類を見て、話を聞くことになった。


 クリストドゥロス会長とドーラさんのほかに、ヴァイロン工場長、そして法弁士のオデラと名乗る女性が居た。

 法弁士は法律のことを学び、当事者に代わって法律について代弁する者で、弁護士や社労士の仕事と似たようなことをしている。

 これまでもいくつかの会に行ったときに法弁士に確認するという話を受けたことがあるが、実際に同席されたのは初めてだ。

 そして工場長が出てきたことから、ドーラさんの立ち位置が分からない。常についてきているが、仕事が不明だ。


「改めて。

 エルマーリ工会は家具などを作っている工場ということで見させていただきました。

 工場内で危ない機械がいくつかあったと思うので、それは指摘させていただいた通りです。後日、文書でつけてもらいたい安全対策などをお渡ししますので、対応をお願いします。

 そしたら今から、労務関係資料を確認させてもらいます。まずはエルマーリ工会で働いている方の人数をお聞かせいただきますか。」

「大体20名ですかねぇ。」

「具体的にお願いできますか。」

「2……3名ですかね。ヴァイロンさん。」


 クリストドゥロス会長は見た目から察するにおそらく人間。年齢も30歳前後で私より少し若いくらいか。

 二代目らしいが若くして会長をやっているということで、誰に対しても敬語で話している。


「おうよ。会長とドーラ姐さんを入れたら25名だな。」

「その言い方は嫌いだよって何回言ったらわかるんだい。まったく。」


 ヴァイロン工場長はおそらくオークの男性で声の低さが際立っている。

 一方でドーラさんは身長からドワーフだろうか。

 しゃがれた声が似合う男勝りの見た目だが、毛量の多いみつあみがまだ女性としての身だしなみを整えようとしている意思をこちらに伝えてくる。


 そんなことより、労働者数の回答は25名。

 隠してきたな。

 前回来た時には確実にそれ以上の人数が居た。

 その矛盾を今は指摘せずに、先に進めることにする。


「ということは、経営に携わっているのがクリストドゥロス会長とドーラさんの2名で、働いている方が23名ということですね。

 そのうち、18歳未満の方は何名いらっしゃいます?」


 日本では18歳未満の人を労働させる場合には、深夜労働が禁止されたり年齢証明を備え付ける必要があったりと規制が及ぼされている。

 この国の法律ではそこまで規制ができなかったが、今後、同様の規制を作っていくことを目論んでいることから、その辺の情報収集はすべての会に行くときにしている。

 だからここで聞くのも当然のことであった。

 そう思ってごく自然に聞いたのだが、全員の目つきが変わり、予想外の反応が返ってきた。


「それは答えなきゃなりませんかねぇ。なにか必要なことでも?」

「おうよ。なんでそんなこと聞くんよ。」

「各会にお伺いしておりますので、よろしければお答えいただけませんか。」

「居ませんねぇ。」

「わかりました。」


 確証がないのに、ここで粘っても仕方がない。


「そしたら次に、ここで働く上の決まりをまとめた文書とかないですか。」

「だから、なんでそんなこと聞くんですかねぇ。」


 日本では雇用契約は様式契約ではないので、書面による契約は不要だ。不要だからこそ補強するために、書面による労働条件通知書と就業規則の規定を置いた。

 一方でこの国では書面による契約が浸透していない。

 じゃあ補強で、となったが賃金控除だけは労働者保護の観点からねじ込めたが、それ以外の細かい規則の書面化はその重要性を理解してもらうことができず、先送りしてしまった。

 作成の義務はないとしても、あるかどうか聞くのは当然のこと。ここでも軽い反発を受けたことは、もはや驚きもしない。


「労働時間とか、給料とか、お休みとか、その辺の決まりって紙で定めてないですか。」

「ないですねぇ。

 労働時間は4時から9時まで、給料はそれぞれ違いますから。

 工場は年中無休ですが、1週間に2日ずつ休みを取らせていますねぇ。」

「と、言うことは休み表があるんですよね。交番表みたいなの。」

「ねえよ。口頭でいつ休みか言ってるからよ。」


 4時から9時までということは、日本時間に直して午前8時から午後6時まで。相変わらずこの計算には一瞬時間を取られる。

 完全週休2日制と申し立てたが、交番表を作っていないとの申立て。

 それはつまり休日を管理していないんじゃないか?口頭で回すなんて無理だろう。

 この疑惑は後で解消するとして、次に労働者名簿と賃金台帳。


「わかりました。では働いている方の名簿と過去6か月の給料の書類を出してください。」

「どうぞ。」


 渡された書類をカリカ達に渡して、すべての労働者の名前と金額を記録することと、さっき聞いた労働者の名前と突合するように指示した。


「このうち、先ほど工場で作業せずに指示だけしていた方はどなたになります?」

「おうよ。俺とアドニアとクリソストモスとコリーナとゲオルゲスだ。」

「ありがとうございます。確認しますね。――賃金台帳上はほかの方と給料変わらないんですね。」

「おうよ。みんな平等が会長の考えだからな。」

「労働者は宝ですからねぇ。」

「そうですよ。この会長はよくやってる方ですよ。」


 オデラ法弁士が口を開いた。

 私個人的な話だが、「よくやってる方」という評価をする社労士と、綺麗ごという奴が一番嫌いだ。

 しかも白々しい明らかに嘘と思えるような。


 ほぼ真っ黒なのにしらを切ろうとすることに対して、労働者をないがしろにし労基隊にも舌を出すこの発言に怒りしか湧かなかった。

 その怒りそのままに次の質問をしてしまった。


「で、今日の出勤者数と、この資料の労働者数と、前回私達が来た時に働いていた人数が違う理由は何です?」

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