第41条の2「労働安全衛生規則第107条」
2日後。
森園が工場で作業をしていると、仕事を初めて3か月目の技能実習生、サダナンダがまたエラーを起こした自動組み立て機の調整を始めているのを目撃した。
「工場長、あれって、ちゃんと停止スイッチ押してからじゃないとやっちゃいけんのじゃないん?」
「そなんすか?
でもこないだ監督署の人なんも言わんかったからいいしょ。」
という発言が終わると同時に、サダナンダの悲鳴が聞こえた。
木片を取り出した瞬間に自動組み立て機が動き出し、サダナンダの左腕を巻き込んだのだ。
森園は全力疾走で非常停止ボタンのところに行き、ボタンを押したが、もうすでに遅く、サダナンダの左腕は完全に切断されていた。
その日の午後、江口が櫨原監督署で労働安全衛生規則第107条の解釈を調べおえ、櫨原製作所に対して法違反を指摘しないといけないのだ、と気づいたころ、新ケ谷工場長が父親の新ケ谷社長とともに、櫨原監督署を訪れた。
「すみません、江口監督官はいらっしゃいますか。」
神妙な面持ちで2人は窓口に立っている。江口が窓口に行くとことの次第が説明された。
「この度はこちらの管理不行き届きで大変申し訳ありませんでした。」
そう謝る新ケ谷社長。
しかし、江口には会社を叱責する気持ちはなく、自身の見落としに対する絶望感でいっぱいになっていた。
なぜ見落としをした、なぜ危ないと思った時点で指摘をしなかった。
口頭でも指摘していればこの災害は防げたはずだ。自分はなんてことをしてしまったんだ。
そんな気持ちたちが洪水のようにあふれ、新ケ谷社長と工場長に何も言うことができない。
これからどうしていいかもわからない。
すべてがいっぱいいっぱいになったところで、上司である第2方面主任監督官に報告しなきゃ、ということにはたどり着くことができた。
事の次第を聞いた上野佳子第2方面主任監督官は、ただ淡々と
「してしまったことの反省は後で。
事故状況を聞いて、これから災害調査に行くことを伝えてください。」
温度のない指示が、江口の冷え切った心をさらに冷たくした。
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嫌な、けど忘れてはいけないことを思い出したな。
この1週間で誰も怪我していないことを祈るばかり、か。
私は沈黙しきってそんなことを思っていると、フェービからすかさず発言があった。
「そんな悠長なことしてていいんですか?
私、心配ですっ。早く子供たちを救わないと。」
「フェービさんの言いたいこともわかりますけど、これは私の軸足として動かないところです。
すみませんが、先に工場内を見て回らせてください。
うまくすればその時に労働者の顔を確認できますから。それをお願いします。」
「う~ん。わかりましたっ。」
「色々思うところはあろうと思いますが、まぁ、そこは従ってください。
一通り見てから、書類に移ろう。そこで全労働者の名前を控えられるといい。
と思いましたが、もしカリカとカーラがもっといい方法を思いついていれば、遠慮なくどうぞ。」
「はい。
先に書類でもいい気もします。
今回はあくまでも強制労働の実態と児童使用を確認するためなので、情報は多い方がいいと思います。」
「先に工場を回るなら、回るときに名前聞くのはどうでしょう?」
どちらからも遠慮ない意見が出てきた。
特にカリカからは私が考える順番を完全に否定された格好にはなったのは少しへこむが、無事に色々育っている証拠でうれしい限りである。
「先に書類か。確かに一理あるなぁ。
カーラが言うように回るときに名前を聞くのは確定として、どっち先にするのがいいかな。」
「私、先にみんなの顔を見たいですっ。もしかしたら知ってる子がいるかもしれません。
だめですか?カリカさん。」
「いえいえ。別にだめじゃないんですよ。
フェービ教会補佐がおっしゃるのもその通りだと思うので。そうしましょうか。」
「とりあえずその方針で。ちょっと考えますので、最終的な話は当日しますね。」
その言葉で打ち合わせは締めくくりとなった。
私は日本で労働基準監督官をしているとき、強制労働に遭遇したことはない。
児童使用は何回か出会ったことがある。フェービが気にしている通り、児童使用は問題だ。
しかしそれよりも強制労働の方が、問題視するべきと考えている。
給料が仮に払われていても自分の意思に反して働かされるなど、あってはならない。
奴隷時代に逆戻りだ。
だから、フェービには申し訳ないが、子供かどうかの判断よりも、強制労働があるのかの判断に時間を割かせてもらおう。
そう自分の中で結論付けてエルマーリ工会に行くことにした。




