第41条の1「労働安全衛生規則第107条」
見た目の判断が誤っていることを祈るのみ、か。
確かにその通りだ。確かに私も顔の感じだけで言えば幼いな、という気はした。
しかし、ドワーフはそもそも身長が低いし、逆にエルフはそもそも身長が高い。
だから私が見ても体格的にどうかとかは確証的なことは何も言えない。
カリカとカーラはそれぞれエルフとドワーフだからそこらへんはわかると思うが、普段から見ているフェービが確認してくれることで確実性が増すだろう。
エルマーリ工会に行く2日前になり、私とカリカとカーラとフェービで打ち合わせを行うことにした。
「まずは、何を確認するか、というところですが、全部見ます。」
「全部ですか?全部と言われても私わかりません。」
カリカとカーラは臨検をし慣れてきたので、大体わかってきたようだが、フェービは何をするかわかっておらず、まっすぐに質問してきた。
「うん。全部。
今回の情報は強制労働と児童使用の問題ですが、エルマーリ工会には、危ない道具がいっぱいあります。
実際、手を怪我している労働者も居たんで。
だから、まずは作業している状況を見せてほしいということで、工場内全体を見せてもらいます。
本当は最初に行ったときに工場内だけでも見せてもらいたかったんだけど、それも断られたからね。」
「危ない機械は見たいですもんね。」
「ね。書類とかはね、最悪何とでもなるけど、危険な機械は止めておかないと。」
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江口監督官は、櫨原労働基準監督署で働いて2年目になる。
労働基準監督署では、通常、1年間は研修期間として上司や先輩から教わりながら仕事をしていく。
そして2年目になったら独り立ちが認められ、1人で色々なところに行かなければならない。
その日、江口監督官は、木製のパレットを作っている株式会社櫨原製作所という会社に、臨検監督に来ていた。
突然の訪問だったので、最初に受け付けた事務の山本信子は、人事労務担当が居ないがどうすればいいかと江口に対して問いかけた。
「えっと、そうですね……。」
江口監督官が単独で臨検をした経験はまだ10社程度。
その10社では毎回会社主導で案内をしてもらっていたが、今回どうすればいいかと投げかけられたのは初めてだ。
当然、山本信子も困惑している。臨検監督を受けるのが初めてだったからだ。
そんな中、工藤署長が言っていた言葉を思い出した。
『書類は後で何とでもなるから、危険な機械がないかは必ず初回の臨検で確認しないと。
生命身体の危険は排除するべきだからね。』
工藤署長は安全衛生に特化した労働基準監督官として全国的にも有名な人だ。
だから、江口はその言葉をまっすぐに信じることにした。
「工場の中だけでも見せてもらえませんか?
工場の責任者に同行をお願いしたいと思います。
書類は後日でもいいので、今日はそれだけでも見せてください。」
「わかりました確認しますので、お待ちください。」
山本信子は、裏に下がり、館内放送で新ケ谷雅人を呼び出した。
「工場長、工場長。お客様がお見えですので、事務所までお願いします。」
5分ほどしたら新ケ谷工場長が事務所にきた。
「どしたの山本さん。」
「なんか、労基の方がいらしてて、労務管理資料は見なくていいから、工場だけ見せてくれって。」
「まじか。」
と、新ケ谷工場長は小さくこぼし、受け取った名刺に目をやる。
そして携帯電話を取り出して、社長に電話をした。
「あ、おやじ。なんか労基の人が来てて、工場見たいって。見せていい?」
「バカおめぇ早く案内しろ。
今から戻るけど、1時間ぐらいかかるからそれまでお前対応しておけ。」
「あいあい。わかった。――。
だって。今から出るわ。」
そう言って江口のもとにやってきて挨拶をかわし、2人は工場内に入った。
工場ではパレット用の木材を切るために、丸のこ盤、手押しかんな盤、面取り盤が設置してある。
そこで加工された木材は自動組み立て機のラインに流され、製品として完成する。最後に、顧客が希望した色に塗られ社名が記載される。
そんな説明を受けていると、新ケ谷工場長と江口の目の前で自動組み立て機にエラーが起こった。
木材が割れて詰まってしまうエラーだった。
江口は労働者が木材を取り出すために手を入れているのを見た。
機械に対して何ら措置をしないまま。
『あれ?
機械止めて調整をしないといけないってきまりがあった気がするけど、エラーで止まってる状態でもいいんだっけ?』
そんな疑問が江口の頭の中を駆け巡っている。
危ない気がしたが、確定的なことは何も言えずにその場をスルーした。
その後は、新ケ谷工場長の案内で製品が出来上がって搬出されるまでの流れを聞いて終わった。
この時江口は見落としをいくつもしていた。
機械の調整をするには機械の停止が必要でエラーで止まっている状態では足りない。
さらに、丸のこ盤にも手押しかんな盤にも安全装置が付いていない。
これらすべてについて労働安全衛生法違反の指摘をする必要があった。
そのことをわかっていたのは、工場内ではただ一人。熟練工の森園哲哉だけだった。
森園はほかの工場から3年前に転職してきた労働者で、櫨原製作所の安全意識の低さに不満を持っており、今回労働基準監督署の人が来た、と聞いてこれはいい機会だ、きっとすべて指摘してくれる、と期待していた。
しかし、目の前の監督官が指摘したのは、めったに使わない卓上グラインダーのカバーがないとかそんな話だけ。
期待は裏切られ、むしろ森園は自分の認識が間違っているのではないかという気持ちすら持ち始めた。




