第39条の1「自己研鑽の時間」
万感の拍手でもって演奏会が終わり、晩御飯のお店にふたりで歩いて向かっている。
「いやぁ上手だったね。いい演奏会だった。」
「すごかったですね。楽しんでもらえてよかったです。」
「いいものを聴いたあとは、いいものを食べないとね。」
私達は店に入り、飲み物を頼んだ。
カリカの家にいるときもそうなのだが、食前酒すら飲めない下戸なので当然ここでも、お酒以外を頼む。
「えぐちさんってほんとお酒ダメなんですね。」
「ね~。こればっかりは遺伝でどうしょうもないよね。」
「いでん?」
「両親から引き継いだ因子、とでも言うかな。
私の世界では、自分のもつ体質、見た目、能力を、両親から引き継ぐという研究結果が出ているんだ。
身体の中にその因子の情報が入ってて、それがあらわれてるんだって。
性格は遺伝するという説と、育て環境が決めるという説と、両方の因子が絡み合うという説があるから何とも言えないけど。」
「そうなんだ。
でも私はおじい様みたいに魔法は強くないし、お父様みたいに頭の回転が速くないから、ちゃんと引き継いでないのかも。」
「お母さんそっくりの美人じゃないか。」
「あ、ありがとう。」
照れる顔がやっぱりかわいい。
「それに一緒に仕事してて分かったけど、カリカは賢いよ。いちいち全部説明しなくても、ちゃんと色々わかってくれる。
勘が良いってやつだね。」
「ありがとうございます。ふふふ。」
照れる顔より、ちゃんと褒められたときに見せる笑顔のほうが可愛いかもしれない。
「ついていくので一生懸命だけど、頑張りますね。」
「カリカ。」
「どうしました?」
おそらく、この子は頑張っていることを認めてほしいのだろう。
自分に自信がない部分としっかりできていると思っている部分がきっとある。
そこをちゃんと評価してもらってこその笑顔の理由だと思う。
私はまだ部下のそこら辺の機微が分かっていない。
頑張っているのはわかっているから、そこは自信をもって欲しいし、そのために何か声掛けをしてあげたいと思って、名前を呼んだ。
名前を呼んだが、その先の声掛けは私がするべきことなのだろうか。
見た目と立ち位置から勘違いしがちだが、90年以上生きる先輩なのに、私が何か話しかけることがあるだろうか。
自分の思い上がりではないか。
という気がして次に何を言うか迷ってしまった。
「あぁ、ごめん黙って。
ありがとうね、色々してくれて。」
「ほんとですよ。もうあんな無茶しないでください。」
「はいすみません。」
「私だっておじいさまの孫なんです。魔法は少しは使えます。
それこそ、いでん、してますから。
だから、これからは私をもうちょっと頼ってください。」
「そうだね頼んないと。って魔法使えるの?」
「ええ。物を動かす魔法と、水・火・風を出す魔法ぐらいなら。」
「魔法陣も描かずに?」
「さすがに描かないと無理ですよ。でも覚えてますから。」
「すっごい。そしたらちゃんと頼ろうかね。」
「ええ。そうしてください。」
「ちなみに、火を出す魔法ってどれぐらい大変?」
「意外とできますよ。
あ、でも小石浮かせるのに苦労したえぐちさんには大変かも。」
「そっかぁ。僕も教わって使えるようになりたかったなぁ。」
せっかく魔法の世界に来たのだから、魔法っぽいのをできるようになりたかった。
正直な話、物を動かす魔法は、念力に近い気がして、魔法っぽくない。
火を出すとか瞬間移動するとか、そういう魔法を使えるようになりたかった。しかし、私の中の魔力量がそれを許してくれないらしい。
「剣術とか興味ないんですか?やってたりとか。」
「剣かぁ。剣道っていう私が居た国の剣術はちょっとやったけど……。」
ほんとちょっとだ。
趣味程度に監督官になってから結婚するまでの数年間に習っただけだ。
公式試合の経験はなく、二段審査に合格してやめてしまい、そこから10年以上やっていない。
「じゃあ労基隊のカーラに教えてもらいましょう!」
「カーラ。カーラ。」
「あのドワーフの女性の。
髪の毛短くて、ちょっとまったりなしゃべり方の。」
「あぁ!あの子か。え、剣強いの?」
「はい。強いですよ。カッサーラ所では一番かも。」
「マジでございますか。それはそれは。」
「そしたら、エルマーリ工会に行くのを少し延ばして、練習しませんか。」
「あんまり延ばしたくないんだけどなぁ。」
「私も一緒しますから。ね。」
「そう、だね。やりますか。」
強制労働の疑いがあるエルマーリ工会に対する臨検を先送りするのは、あまり得策ではない。
しかし一方で、人身売買に加担し、警邏隊の調査も切り抜けるような連中相手に、こちらの戦闘力が無いまま飛び込むのも二の舞になりかねない。
なのでほんの少しだけ先にして私の戦闘力を、上げることに決めた。
言ってもほんの少しだけ。
楽しいふたりの時間が過ぎていき、会計をして店を出た。
ふたりだけで外食するのは初めてだ。
それなりに色々話してきたがここでもまたカリカの知らない一面を知ることができた。
これが日本で、部下と飲みに行ったのなら別れ際に挨拶を、となるのだが、帰ってくるのは同じ家。
部屋の前でおやすみなさいとだけ挨拶をした。
楽しい気持ちと心地よい疲労の中、眠りについた。




