第35条「エルピダ商会」
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「売りモンにすっから殺すなよ。」
本拠地に現れた不審者、そう、エルピダ達からしてみたら、不審者でしかない男であるえぐちが締め上げられるのを見ながら、エルピダは平然と指示をしている。
「なんなんすかこの男。」
「知らん。人間なんだろうがな。持ち物確認してみろ。」
「へい。」
身長4キュピ。2メートルを超え、顎から真っ赤な髪の毛の生え際まで傷跡が残るオークの女性。
それがエルピダ商会の会長であり、腕っぷしで誘拐と人身売買組織の頂点に立つエルピダに他ならない。
そのエルピダに指示されて唐突の来訪者であるえぐちの持ち物をまさぐっているのは、組織の2番手であるアントニス。
このふたりは、誘拐してある10歳の女の子の買主との交渉に出かけ丁度帰ってきたところだった。
エルピダ商会が、人身売買を行うにあたって足がつかないようにしている方法は2つ。
被害者には何も見せないということと、交渉相手には顔を絶対に出さないということ。
警邏隊が被害者から、エルピダの特徴を聞き出した過去から、顔を見せないことはより徹底するようになっていた。
「名前が分かるものは持ってねぇです。なんか変な道具はいっぱいありやがりますがねぇ。
身分が分かりそうなのはこの徽章ぐらいすか。」
「これは。労基隊だ。見覚えがある。」
労基隊を立ち上げたとき、えぐちは直会を通じて全ての会に周知を行った。
エルピダ商会は表向きは服の販売を行っており直会に所属しているので、当然この知らせは来ていた。
もっとも、その服の一部も誘拐された被害者から剥ぎ取ったものなのだが。
「まずいじゃないすか。」
「なに、ここまでたどり着いた証拠はねぇだろ。
こんな奴ここには来なかった。
それより一個気になるな。おい、アンブロシア呼んで来い。」
「へい。」
えぐちは、倉庫の中に連れていかれ、椅子に座らされ、縛られている。
壁沿いには小型の檻が並べられ、エルフと人間の女性が10名いる。
まだ買い手が決まってない者、決まっている者、いずれもエルピダ商会の“商品”である。そこへアンブロシアが倉庫の中に入ってきた。
「どうされましたの。」
妖艶なこの女性は、相手をだましてここまで連れてくる詐欺師。
化粧を施したその顔は、誰にでも化けることができ、顔を覚えられても捕まることはない。
今のエルピダ商会にあって、顔を露出できる者が数名いるが、それは全てアンブロシアの化粧の技術によるものだ。
変装もさることながら、アンブロシアの実力は4段の冒険者。
狙った相手が言うことを聞かないとなれば、証拠を残さず消すことも可能だった。
「お前、中央ギルドでこの男の顔を見なかったか。」
「あら。えぐちさんじゃないかしら。ほら、労基隊を作った人で有名になったでしょ?」
「ふっはっはっはっは!マジか!これはいい商品が手に入った。」
「どこで手に入れましたの?」
「さあな。ひとりでこの倉庫の前に立ってやがったからな。」
「じゃあ仕事で来てたのかしら。」
「あぁ。こいつは高値でうれるぜ。ランブロスを呼びな。
あと、念のために数日は人集めとけ。誰か来た時用にな。偽装の準備もしとけよ。」
「へい。」
そして、えぐちには他者従順の魔法がかけられた。
そのほぼ同時刻。
カッサーラ所では、えぐちが帰ってこないことに、カリカが不安を覚えていた。
通常であればえぐちは何も言わずに臨検することはなく、必ず誰かに言って行く。
しかし今回は、黒板には「臨検 8時30分戻り」とある以上の情報を誰も知らない。
定時までには戻ると書いてあるだけだ。
今は9時。
日も暮れてしまい、職員が次々と帰りだすのに、えぐちは戻ってこない。
「どうしたカリカ。帰らないのか。」
「アレクシス!えぐちさんが戻らないんです。
誰もどこに行くか聞いてなくて。」
その発言でアレクシスは全てを察した。
えぐちがカリカに何も言わなかったのはエルピダ商会で行われている犯罪が、カリカには言うべきではないと判断したことも含めて。
しかし、カリカとて子供ではない。この段になってまで隠したところでいずれ気付く。アレクシスはそう思いすべてを説明した。
そのうえで、こう付け加えた。
「今の段階では、何も証拠がない。警邏隊に話は入れておくが、すぐ動けるか保証はできぬ。」
「私、今からエルピダ商会に行ってきます!」
「ならぬ!
これまでの人身売買と同じ犯人であれば、カリカは真っ先に捕まり売られてしまう。
2次被害を出すわけにはいかぬ。隊長命令だ。」
「そんな――そんな!」
「いいから、今日は家でえぐちの帰りを待て。警邏隊には私が掛け合う。」
アレクシスはすぐに警邏隊本部に行った。
キリアキ隊長が対応したが、強硬手段に出ることは否定的であった。
先の大戦で、エルピダは勲章を受けている。
その信頼でもってエルピダ商会を立ち上げ、直会でもそれなりの信用がある。そこに可能性だけで突入するのは無理だ、というのがキリアキ隊長の判断だ。
「その申告に来たというルキアノスを絞り上げれればいいんだがね。連絡先が分からんのだろう?」
「はっ。現時点で明らかなことは何も。」
「んじゃあとりあえずそっちを調べなよ。
エルピダ商会にはとりあえず数名送り込むから。アレクシスは報告をこの建物で待つかい?」
「はっ。そうさせていただきます。」
アレクシスは、できるだけ早くカリカに話を伝えてあげたいと考えており、その場で待つこととした。
キリアキ隊長は、警邏隊を3名集め、エルピダ商会の倉庫に向かうように指示した。
警邏隊3名がカッサーラ東街区にあるエルピダの倉庫についたのは10時。倉庫の中を呼び出したが、応答がない。
周辺をくまなく見たが、人が来た痕跡すらなかった。
「外に警邏隊が来てますぜ。」
「心配するなアントニス。あいつらは、何も出来やしないよ。
外には跡隠しの魔法を施しているから、誰か来たとも思わないだろうよ。」
すでにエルピダ商会には魔法使いが4名と戦闘要員が5名集まっている。
果たして、警邏隊の3名はここには誰も来なかったのではないか、という判断を下し、その日の調査は打ち切りにし、翌日、周辺で聞き込みを行うこととした。
「えぐち!?」
アレクシスの訪問にえぐちが帰ってきたと思ったカリカが飛び出してきた。
「すまぬ。」
その絶望顔をみたアレクシスは謝ることしかできない。
アレクシスは、えぐちがエルピダ商会に行っていないはずはない、エルピダ商会に何かされているに違いない、そう信じている。
信じつつも、警邏隊の対応を経緯を説明した。
しかしそれはカリカからしてみたら到底受け入れることはできない話だ。
カリカとえぐちは知り合って2年近くなる。
これまで何も言わずに帰ってこなかったことは一度もなかった。
それが今回初めて帰ってこない。カリカは不安に駆られて寝ることができず、居間で待っていた。
レフテリスは、ただただ泣く娘のそばに立ち、きっと大丈夫だ、明日父さんが帰ってきたら話をきいてみよう、何か知っているかもしれない、という言葉をかけることしかできない。
それでカリカが泣き止むべくもないのはわかっていても。
翌日、カリカは仕事を休んだ。
コンスタンティノスが帰ってきたらすぐに話をするためだ。
昼になってようやくコンスタンティノスが帰ってきたので、カリカは事の次第を説明する。
コンスタンティノスは表情を変えずに聞いている。
「エルピダ商会じゃったか。そうすれば話に説明がつく。」
「おじい様!?何か知っているんですか!」
「うむ。あの店に『娘の服が売っていた』、という相談をとあるエルフから受けたことがあっての。
そのときは警邏隊に報告したが証拠はなかった。
しかし今はこれだけ状況証拠がそろっておるのだから、間違いあるまい。」
「それなら、再度警邏隊に言ってきます!」
「待つのじゃカリカよ。今警邏隊に言ったところで、腰が重く動いてはくれまいよ。」
「なら、ならどうしたらいいのですか?私もう……。」
警邏隊に行こうと立ち上がったカリカをコンスタンティノスは止めた。
止められたカリカは泣き崩れ、その場に大きな泣き声が響いた。
今度はその泣き声を止めるため、コンスタンティノスはこれまでにない厳しい声で、しかし重々しくしっかりとこう言ったのだった。
「わしが行く。」




