第34条の2「申告」
厳密に言ったら、辞めた理由を聞かなくても申告をすることは可能である。
ただ、理由は知っておいたほうがいいに越したことはない。だから私はルキアノスさんから退職理由を聞き出すこととした。
「ちなみに、このエルピダ商会というのはどのような仕事でなぜ仕事を辞めたのですか。」
「服の販売だよ。辞めた理由はどうだっていいだろ。」
「エルピダ商会とルキアノスさんの間にいざこざがあるのなら、あらかじめある程度聞いておかないと、適切に対応できない可能性があります。
できる限りで結構なので、話してくれませんかね。」
「会社の売り上げ持ってったのがばれたんだよ。
確かに俺が悪いかもしれねぇが……
でも、働いた分は俺がエルピダ商会にしたこととは、関係なくもらえるんだろ!?払うようにしてくれよ!」
厚顔無恥とはまさしくこのこと。この男の給料が1か月30万ドラクと言っていたので、それを超えていればエルピダ商会は当然、相殺を言ってくるに決まっている。
確かに、賃金債務と一般債権の相殺は認められていない。書面による賃金控除協定で給料から天引きすることも可能となるが、話を聞く限りそんなことはやっていないだろう。
ただ、この法律論に納得してくれるかは微妙なとこだ。
「それはそうですけど……持っていたのはいくらくらい。」
「――4000万ドラク。」
「は?」
「借金返さなきゃいけなかったんだよ!
それにこんな上物のエルフの女が手に入ってすぐに高値で売れるなんて滅多に――。」
「は?」
完全に2人の時が止まった。
私は無言でその男を見つめた。
その男は視線に気づいてすぐに目を逸らし、下を向いたまま固まった。
エルピダ商会で売っているのは服などではない。
エルピダ商会は反社会的な組織どころではない。
誘拐人身売買を行う犯罪集団がここカッサーラで活動しており、毎日行方不明者が出ているという報道は私も見ていた。
実態が見えず、警邏隊も犯人と思しき人物の見当すらできていないということだった。
その報道に載っていた組織かはわからないが、誘拐や人身売買を行う組織の1つがが明らかになり実行者の1名が今ここにいる。
しかもこの男が扱っていたのはエルフの女性。
カリカと知り合っていなければ、正直ここまでの怒りは生じなかったかもしれない。
だが今は、目の前の男を殴り飛ばして知っていることを全て話させ、被害の全容を明らかにしたうえで、被害者の倍の責め苦を与えてもまだ足りない。
この怒りは私の手を、唇を、震えさせている。
しかし、私は労基隊として今ここに座っている。
己の職務を全うしなければならない。
しかもこの男がここで言っていることには何も証拠がない。しかし、逃がすわけにもいかない。
どうしたらいいのか最善手を考えるべきだが、怒りで何も考えられない。ただ無言だけがその空間を流れている。
「なんだよ。俺を捕まえるか。」
「私にはその権限はありません。申告は受け付けますので処理はします。
しかし、今すぐにここを出て警邏隊の元に自らの足で向かうことを強く求めます。」
また無言。これ以上のことを私は今は言えるべくもない。
「とりあえず、頼む。」
そう言って男はカッサーラ所から出て行った。その後どこに行ったかはわからない。
この話はカリカにすべきではないだろう。彼女の繊細な心を傷つけることになる。
事案が事案だけに、私が一人で処理しなければならない。
日本では、刑事訴訟法上、公務員が犯罪があると思料するときは、告発しなければならないことになっている。この国ではそこまでの規定はない。
とはいえ、この件を自分の中だけでとどめるわけにはいけないと思い、ひとまずはアレクシスに報告するすることにした。
「隊長、ちょっといいですか。」
「えぐちか。どうした。」
「エルピダ商会、って聞いたことある?」
トロニス=へラクレイオンにきて、一番仲良くなったのは意外にもアレクシスだった。
カリカは一緒に生活してそれなりに話して仲は良くなったが、仕事上の関係というところからいまいち色々話せない部分がある気がしている。
一方でアレクシスは、隊長と隊員という関係ではあるが、一緒に仕事をしないのでむしろ仲良くなった。
正確にはアレクシスの話し方は相変わらずで、私が一方的に仲良くなったと思っている。
だから勝手に仲良く話させてもらっている。注意もされないのでこのままでいいのだ。
と勝手に決めつけている。
それはさておき、私がアレクシスにエルピダ商会の名前を出したとき、少し眉毛が上がったように思えた。
「どこでその名前を。」
「今ね、申告者としてそこで働く労働者がカッサーラ所に来たんだ。で、その労働者の仕事内容が」
「人身売買。主にエルフと人間の若い女性を。」
「やっぱり知ってたか。」
私のやっぱりという発言に呼応するように、アレクシスは、手に持っていた書類を机に置き、腕を組んで、深い、深いため息をついた。




