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第34条の1「申告」

 その男は、カッサーラ所の閉庁時間間際にやってきた。


 ボロボロの布を頭から羽織り、手拭いのようなもので口元を隠している。

 体型が隠されており種族もわからない。ただ、身長は私と同じぐらいであるから、ドワーフではなさそうだ。

 肩の様子とから筋肉はかなりあることが見て取れる。


 その男は、一言。給料がもらえないから申告させろとだけ言って相談机に座った。

 羽織っている布の汚さに対して、指に光る金の指輪や宝石付きの指輪が異様にうつる。

 その男が履いている靴に目をやると、運動に適した靴で、もとはいい物なのだろうが、やはりこれもボロボロになっている。

 靴を見ればその人の人となりがわかる。真っ当な仕事はしてなさそうだ。


 申告制度というのは、日本であれば監督署、こちらで言えば労基隊に対して、労働者が、実名で法律違反行為の事実を申し立てる制度である。

 労基隊は申告を受け、その会に調査に入り、調査権限の許される範囲内で法律違反を確認したら、是正指導を行う。

 その反射効として申告をした労働者の権利が救済されるという制度である。

 正直、労働者の権利救済の直接の制度とは言い難い。


 これまでもカッサーラ所ではいくつもの申告を受け付け、是正指導を行ってきた。

 この制度は一定程度知れ渡っており、いきなり申告をしたいという労働者が来ることもある。


 これまで見たところ、その男の風貌や言葉ぶり、態度から通常ならざるのは明らか。何か問題が起こりうることを想定して私が対応することにした。


 予想通り、最初から対応は困難なものとなった。その男は名前を名乗ろうとしないのだ。

 場合によっては雇い主に誰から申告があったのかを言わずに調査に入ることはできる。

 しかし、私達に対して名前を言わずに申告することはできない。それをどれほど説明しても、無言、あるいは言いたくない、の一点張り。

 さらに、今回は相談者の給料が支払われていない、という問題なのだから、雇い主に名前を言わないことはできない。


 給料未払いの申告の場合は、誰それに給料を払うこと、という指導をしなければいけないからだ。

 追加でその説明をしてもその男は名前については言わず、辞める前2か月分の給料がもらえてない、労基隊に言えば払ってもらえると聞いた、払ってくれ、としか言わない。

 しかも雇い主が誰かも明かさないままに。


 30分以上の問答の末、私はこれ以上は対応しかねるので帰るように言ったところで、やっと男は色々話しだした。


「俺の名前はルキアノス。働いてたところは、エルピダ商会ってところで、会長は女オークのエルピダだ。

 辞める前の月分と最後の月がもらえてねぇ。

 辞める前の月の給料日に仕事で外に出てて、もらい損ねてた。最後の月は辞めたからもらってねぇ。

 エルピダ商会の住所は言えるが、俺のは言えねぇ。」

「それじゃあ、私達からルキアノスさんに連絡取れないじゃないですか。」

「いらねぇ。俺から定期的に確認に来るから。」

「かしこまりました。

 これからの処理ですが、記録を残すためにエルピダ商会に手紙を送って、ルキアノスさんの件で話があるということでここカッサーラ所に来てもらいます。

 そこで、エルピダ商会側が不払を認めたら、指導することになります。

 ただし、我々はお金を差し押さえる権限もなければ、強制的に支払う権限もありません。是正しないと言えば無理やり払わせることはできません。

 それになにより、不払の事実を認めなかったら、指導すらできません。」

「ちっ。なんだそれ。なんも意味ねぇじゃねぇか。

 ここに来れば払ってくれるんじゃないのかよ。」

「我々の権限の限界です。そもそも申告は肩代わりして払う制度ではないですから。」

「ちっ。いいよそれでも。やってくれや。」

「それともう一つ。給料は直接払いが原則です。

 なので、もらい忘れた辞める前の月の給料は指導できますが、まだもらいに行ってない最後の月の給料は違反状態になっていないので、指導できません。」

「は?なんだそれ。お前が受け取って俺に渡せばいいじゃねぇか。」

「それは直接払いの原則に反する違法行為ですので、こちらで違法行為をほう助するようなことはできませんね。」

「ほんと使えねぇな。でもいいよそれでも。

 どうせあいつら、違反行為をしてるって国から目を付けられたくないだろうから、調査が入れば誰か使ってでも払うだろうから。」


 随分と甘い算段だな。

 ただ、もしかしたら、エルピダ商会って、反社会的な組織かもしれない。


 暴力団よりもチンピラのほうがたちが悪い、というのが私のまわりでよく言われることだ。

 暴力団は目を付けられたくないから、監督署が行っただけですぐに支払いを行って、他の問題が顕在化しないようにしていると、私は感じている。

 別の違法行為を隠すため、なにかと動きやすくするためだろう。

 一方で暴力団になり切れない半グレとか言われる人物がかかわると、途端に話が進まない。

 法違反をすることこそが勲章だとでも思っているのか、違反行為であることがどうした、という態度を示す。

 この経験から、今回のエルピダ商会が何か良からぬことをやっていることを見込んだ。

 さらにこのルキアノスという男。重大なことを話そうとはしない感じがする。追加でもう少しきいてみるか。

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