第33条の2「行政指導」
「これもすべて――!ギルドの利益を上げて大きくするため!法律が変わって人件費がかさむのですから、仕方なくしたことです!
労働者には申し訳ないとは思ってましたが仕方なくっ……。」
「申し訳ないと思っている人が、労働者を集めてまで『残業申請しても意味ない』と指示しますか。
一言目には減給する、二言目には首にするよと言いますか。
ギルド長の署名を偽造してまで、労基隊に嘘の報告をしますか。
自身でも違法なことをしているのいう認識がしっかりと在ったのではないですか。
私が前にも言いましたが、その利益は労働者の犠牲の元に成り立っている利益であって、本当の利益ではないですよ。」
「ーー。」
「いかなる理由があろうと、不正は許さぬ。
えぐちよ。申し訳なかった。この件の処理はこちらに任せてもらえるか。
確かにここ数年、中央ギルドの利益は上がっていた。無駄を排除しただけだと報告を受けていたがそういうことだったとは。」
「ーー。」
「評価を高くしていたのも誤りであったな。」
「ーー。」
「私がお願いしたいのは過去の清算と今後2度と同様のことが起こらないための対策と情時間労働の是正です。
それが実現するのであれば、何も言いません。逆に言えば、実現するまで何年でも対応します。」
「よろしい。こちらもそのつもりでいる。
アルテミス。他にないか。」
アルテミス事務長は顔を隠したまま、無言で首を振った。
さすがにここで言うのは申し訳ないと思ったが、せっかくの機会なのでついでに話させてもらうこととした。
「こちらから1点。労働者への聞き取りで発覚したのですが、紹介料を3割中央ギルドでとっているとのことです。」
アポロ中央ギルド長とローデ中央ギルド次長の目が大きく見開き、アルテミス事務長を見た。しかし彼女は顔を上げることなく、そのまま動かなかった。
「全て確認する。またこちらから連絡する。」
「お待ちしております。では、今日はお時間いただきましてありがとうございました。」
挨拶をして、退出しようとすると私だけが呼び止められた。
アルテミス事務長に謝罪でもさせるのかと思ったが、アルテミス事務長も退出させられて、アポロ中央ギルド長とローデ中央ギルド次長の3名になったので、それは違う気がした。
唐突に、アポロ中央ギルド長が口を開く。
「どうだえぐち。この世界は。」
「この国、ではなくこの世界、ですか。やはり王族特務機関の方は私が異世界から来たことを知っているのですね。」
「やはり、とはどういうことですか。」
「コンスタンティノスさんが気にしていたんです。
私が異世界から来た時期が、ニコデモス王の指示と時期が近すぎると。」
「私の権限では何も言えませんが、大変な思いをしていないか心配していたところです。そういうのはないですか。」
ローデ中央ギルド次長は含みのある言葉を言うのみで具体的なことは何も言わなかった。
そのことが、逆に王族特務機関が私の異世界に来たことにかかわっていることを物語っていた。
大変な思い。何をもって大変とするか。
確かにこの世界に来て、文字を勉強しないといけなかったり、組織を一から作らないといけなかったり、それはそれは大変な思いをした。
しかし一方で、自分の仕事の内容を見直すいい機会になったとも思っている。だからただ大変なだけとは思っていない。
「大変というか、こちらに来て1年半、残してきた家族と会いたいというのはあります。
今何をしているのか、私が居なくてそれこそ大変な思いをしていないか。心配は尽きません。
だから早く戻りたいという気持ちはなくなっておりません。」
「我から、いつか戻ることができる、と約束させてもらう。」
「それは信じてもいいものですか。いらぬ期待は時として絶望を呼びます。」
「構わぬ。時期は明確に言えない、という条件付きであれば。」
「なんとも虫のいい話ですね。でもわかりました。
私に生きる希望を与えるやさしさと受け取っておきます。
最後に差し支えなければ、なぜ私なのか教えてもらえますか。」
最早何も包み隠さない。
全て公然の秘密であるとして聞いたが、「それもいつかわかる日が来る」とだけ言われてそれ以上は遮られてしまった。
2か月後、是正報告書をローデ中央ギルド次長が持ってきた。
まず、過去の清算。
これは労働者が申請してきた時間分すべて支払うということ。概算で3000万ドラクに及ぶらしく、今年度は赤字となるそうだ。1人30万ドラクと考えればまあ妥当な金額で有ろう。
今後の再発防止策として、アポロ中央ギルド長の名前で不正は許さないこと、賃金不払い残業があった場合には、上司の人事評価を下げるという文書を発出してもらった。
この人事評価に影響を及ぼすのは、常々お願いしてきたことで、実際に対応してもらえるのは非常にありがたい。
そのうえで、全員に適正に申請するように指示したらしい。
半年に1度に聞き取りや資料の突合を行って調査することで再発防止を徹底してもらえる。
長時間労働の対策は、掲示の時期を3営業日後とすること、冒険者の登録の人員を増やすこと、そして、週に1日休業日を定めること。
この週に1日の休業日は全ギルドで実施することにするらしい。
その結果、全員が完全週休2日になるように勤務予定表を組めたそうだ。
休日出勤が無くなるだけでもかなり心身への負担が減るので今後は休日出勤をしないように口頭で私からお願いした。
最後に、アルテミス事務長とクリストス事務次長は辞表を提出し、事務長にエラスミオスさん、事務次長にヴァンゲリスさんを据えることにしたと、口頭で報告があった。
不正にもらっていた紹介料は連絡が取れる限り冒険者に還元すると公示を行っている。
まだ休憩の問題が残っていたりするが、一応の決着を見た。
どこから広まったか知らないが、このことは国内で大きな話題を呼んだ。
私は話題になった喜びよりも、ニコレッタさんが送ってきた手紙に「まだ完全にはなくなっていませんが、かなり働きやすくなりました」と書いてあったことに、今回の指導が不充分だったことに対する後悔が、これでよかったのかという不安が、胸に去来している。
しかし、行政指導、相手の任意による協力となると、これが限界なところがある。
やれることとやれないことを見極めながら最大限の効果を生まなければならない、と思い自分を切り替えることにした。
気持ちだけでなく、実際に切り替えるために、次の案件の書類に目を通した。
この案件は、人身売買組織で働いていた労働者が、自身が誘拐してきたエルフの少女を売ったお金を持ち逃げして給料がもらえてないので、支払うように指導してほしいというもの。
そこに労働基準法違反がある以上、指導しなければならない。しなければならないがこれは――。




