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第31条の2「労働時間の適正な把握」

 私は、書類をもらえば中央ギルドが行っている法違反の一端を見ることができる。

 そこから全体に波及させていけばいい。


 中央ギルドに再度来るまではそう思っていたが、そううまくはいかなかった。


 アルテミス事務長がこちらの指示に従わない姿勢を見せて来たのだ。


「ギルドにとって依頼内容と冒険者への支払内容は、絶対に外部に漏らせない情報です。

 それを見せることはできません。」

「我々には守秘義務が課されております。したがって、我々が見たとしても外部に漏れることはありません。

 それより、先ほども説明したとおり、聞き取りにより出勤簿以外の時間に働いている事実が確認できました。

 それを裏付けるために依頼や支払いの書類を見る必要があります。

 いいですか?あなた方が賃金不払い残業を指示しなければこのような調査をすることもなかったのですよ。」

「だから、指示なんてしていません。労働者が勝手にやったことです。」


 賃金不払い残業の指示を認めるはずはなかった。しかし、私は聞き取りの結果、確信を持っていた。

 だから、本来するべきではないのはわかっていたが、決めつけて発言をした。

 当然、アルテミス事務長からの反発はすごかった。


「勝手にやったのならばなおのこと正さねばなりませんな。

 全数とは言いません。今回聞き取りをした32名が処理した案件を見せてください。」

「無理です。」

「それは紹介料を本来の規定より1割多く中央ギルドが持って行っていることが明らかになるからですか。

 報酬金額は掲示されないことをいいことに?

 幸いなるかな我々は労働基準法しか所管していないので、他の法律や規約違反は一切触れません。

 そこでどのような不正があっても何も言いませんから。さ、見せてください。」

「なんの話をしているのかさっぱり分かりませんが、それが理由ではないです。

 見せられません。

 労働時間が出勤簿と違うならこちらで調査して適切にお支払いします。」

「それは調査してもらいますが、案件を見ないと法違反が確定しません。

 見せてください。」


 色々言ったが折れてはもらえない。

 これ以上説得材料が見いだせず、言いあぐねていたら予想外にも、イリニが追撃をしてくれた。


「それで見せなくても?強制的に捜査できるんじゃないですか?」

「そんなことないでしょ。何を馬鹿なことを。」


 イリニの頼もしい一言に感動しつつ、クリストス事務次長は「馬鹿なこと」って言葉好きだな、なんて思いつつ。

 とにかく私はイリニの言葉に乗っかることにした。


「そうですね。現段階ではまだ考えていませんが、罰を与えるという判断をした場合には強制捜査として差し押さえますね。」

「横暴だ!そんなの!」

「権限です。」


 クリストス事務次長は二の句が告げられず、その場で固まってアルテミス事務長を見た。

 アルテミス事務長は、一度目をつむり、沈黙ののち、口を開いた。


「本当に労基隊限りとしていただけますか。」

「もちろん。ご希望とあれば、この建屋からは持ち出しません。」

「――わかりました。

 では、部屋を用意しますので、そこで確認してください。」

「ご協力感謝いたします。」


 そこから数十分待って、聴取した32名のうち、受付業務を行っている26名が処理した書類を出してきた。

 私達はそのすべてに目を通し、受付の時刻を控えた。


 そこから1週間後、中央ギルド長を宛名とした是正勧告書と指導票を交付した。

 ギルド長の同席を求めたが、当然拒否された。

 仕方なく、アルテミス事務長に全てを話した後、私はまた一言を付け足した。


「ここに書いているのはあくまでも私達が確認し、確実に時間外労働を行っているとわかる時間の法違反のみです。

 ここに書いていない時間でも、施錠の記録や私達が張り込みをした結果、出勤簿と矛盾があるところが多くあります。

 この矛盾点を解消する必要がありますので、中央ギルドで1か月分調査を行ってください。

 繰り返しになりますが、聞き取りを行ったすべての労働者が、仕事もせずに残っていた時間はほとんどなかったと言っています。

 中央ギルドでの調査の結果、仕事をしていなかった、という報告は受け入れられないとここで申しあげておきます。

 そして、もう二度と賃金不払い残業が発生しないような対策を講じて、中央ギルド長の署名でもって報告してください。

 労働時間を短くするように指導票に指示しています。これは今すぐにやっていただくのではなく、労働時間を適正に把握した後です。

 把握もしないで労働時間を短くしようとすると歪が生じます。

 いいですか。

 今の中央ギルドの利益は労働者の擬制のもとに成り立っているんです。

 残業代を正しく払って初めて正しい利益が見えてきます。

 それを忘れないでください。」


 日本では、労働安全衛生法で客観的な記録に基づいて労働時間を把握するように定めている。

 また、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも客観的な記録を原則とするようにしている。


 この国にはその決まりを置かず、自己申告する場合の措置のみ書いた。

 タイムカードもオンラインの記録も取れないので、客観的な記録を義務付けても仕方ないからだ。


 私は、中央ギルドに対して、自己申告する場合に必要な措置である、適正な自己申告を行うように労働者に説明すること、阻害要因を排除すること、定期的に実態調査を行うことを求めた。


 王都カッサーラに帰る道中、カリカがあまり浮かない顔をしたのでどうしたのか聞くと、休憩時間について気にしていたようだ。


「休憩は指摘できませんでしたね。」

「難しいし、正直言ってまだその段階じゃないと判断したんだ。

 1年後か2年後、より良くして行くべきと本気で中央ギルドに考えさせることができるようになってからかな。」

「ふふふ。そこまでえぐちさん居てくださいね。」

「逆だよ。

 そのころには私は隠居できるぐらいにみんな成長してもらわないと。」

「はい。頑張ります。」


 私は、非常ににこやかに、充実感を持って仕事を終えたと思った。


 2か月後、中央ギルドからの報告で、私は大事なことを思い出した。

 労働基準監督官で一番大変なのは違反の指摘をすることではない。どうやって是正させるか。


 アルテミス事務長があり得ない報告書を持ってきたのだ。

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