第30条の1「労働者に対する尋問」
「やっぱり矛盾があるね。」
「え、どこですか。」
「ほらこの日。出勤簿上は最後まで残ってない労働者が鍵閉めしてる。この日も。」
カルナック所で中央ギルドから受け取った資料を確認していると、退勤しているはずの労働者が最後まで残っている日を見つけた。
このような矛盾がある日は多くはないものの、出勤簿が正確ではない証拠になると考え、私は誰が残っていたか記録した。
さらに、これまで2回にわたって臨検した日に出勤して作業していた労働者で、出勤簿に名前がなかった者も確認できた。
「さて。問題はここからですよ。」
「え~?これがあれば違反の指摘?できるんじゃないですか。」
「昨日会って話したときに、アルテミス事務長が『無駄に残っている者が居る』って言ってたでしょ?
残ってるだけじゃなくて、仕事をしていたということを認めさせる証拠はまだない。
これを認めさせないといけないのが大仕事。
さらに、鍵を閉めた何時は書いてないから、何時まで働いていたかが分からない。」
「臨検した日に働いてた労働者が居た、じゃダメなんすか?」
「それは『たまたま書き忘れですすみません。』で逃れられちゃうかもしれないからね。
思いつく言い訳は全て潰しておきたい。」
おそらく、アルテミス事務長は全てわかっていて、残業代を支払わないということをしているのだろう。
どうにかして、アルテミス事務長の指示だったということを認めさせないといけない。
……いや、賃金不払い残業があったことさえ認めればそれでいいか?
支払うべきものを支払って時間を短くしていくことを約束してもらえれば、今後、中央ギルドで働く人たちの権利は守られるか?
しかしそれでは根本的な解決にはならない気もする。
とりあえず、今は賃金不払い残業があった証拠を集めるよりほかにない。
「ちょっと中央ギルドに行こう。」
「え、どうしました。」
「お願いごとをしに。
カリカさんもついてくるかい?」
「はいっ。」
昨日の今日だが、電話がないこの世界では直接行ってこちらのしたいことを伝えるしかあるまい。
そう思って中央ギルドを尋ねたところ、アルテミス事務長は居なかったが、クリストス事務次長が居た。
私はクリストス事務次長に、出勤簿に記載がない労働者が居ること、我々が臨検した際に仕事をしていた労働者が出勤簿に記載していなかったことを伝え、労働者に対して大規模な聞き取り調査を行いたいことを説明した。
「え、そんなことありましたか?どれですか。どの日ですか。誰ですか。」
「例えば出すけど、この日。
エルピダさんが鍵閉めしてますが、彼女は9時に帰ったことになっている。
けれど、他の3名が10時まで残っているんです。てことは、エルピダさんが10時以降まで残っていた証拠ですよね。」
「それはだから、事務長が言っていたように友人を待って残っている人がいるからで――。」
「はい。それを確認させてください。私達で。
あと、クリストス事務次長にお会いするまで2度、中央ギルドにお伺いしていますが、出勤を我々が確認したヴァンゲリスさん他数名の名前が出勤簿にありませんでした。」
「そ、それは、その、え、そんなことありますか。」
「あったんです。理由を直接私達で聞きたいので。
その他、諸々で30名ほどからお話を聞きたいので、事務長とお会いする2週間前までに日程を組んでいただきたいのです。私はいつでも大丈夫ですから。」
「……とりあえず事務長と話して返事をします。」
「お待ちしております。聞き取りをしたい労働者名一覧はこちらに。」
ほんの10分程度で話は終わり、カルナック所に引き返した。
「予定組んでくれるといいですね。」
「ね。でも多分一度断ってくるんじゃないかな。
人数が多いとか、猶予期間が短いとか。」
「え、そうなんですか。」
「多分。アルテミス事務長の感じから察するにそんな気がする。」
果たして、2日後、クリストス事務次長から、数を絞ってほしいという申し出が来た。
私は当然断った。
理由は2つ。時間がおかしい全員を聞いておかないといけないと思ったから。
そしてもう1つは、できる限り多くの労働者から聞くことで、誰が言っていたのかをうやむやにするため。
賃金不払い残業があると言った犯人探しが始まってはいけないので、その責任をできるだけぼやかすことが目的だ。
日本の労働基準法では第101条で労働者に対して尋問を行う権限を認めている。尋問なんて文言を使用しているが、要は聞き取りだ。
その規定をこの国でも当然置いた。
それに従い、今回も聞き取り調査として中央ギルドにお願いした。
数名聞くだけなら、雇用主から「口裏を合わせているだけだ」と言われるだろうが、30名も聞けばそんなことは言われまい。
そう思って今回聞き取りに踏み切った。
おそらく、アルテミス事務長は私達が聞き取りできることは知っているのであろう。
だから全面的な拒否はしなかった。
ただ一方で数を絞ろうとした目的は、残業をあまりしていない者か、労基隊に嘘を言うように指示できる者に限ろうとしたのだろう。
これは邪推かもしれないが、ここまでくるとそういう考えも当然起こってくる。
だから一歩も引かなかった。
調整を続けた結果、こちらが提示した一覧の全員を1週間かけて聴取することになった。
「そしたら、私が10名、カリカさんが8名、テオファニス君とイリニさんが7名ずつ対応しましょう。
聞く内容は、ここに書いてある通りです。
今回、賃金不払い残業と長時間労働があるのは間違いないと思うので、この労働者たちはあくまで被害者です。
信頼してもらって本当のことを話してもらわないと、実態が分からないことに気を付けて、『ここで話したことは、絶対に中央ギルドに誰が何を言ったかはわからないようにします。』と念押ししておいてください。」
「わかりました!」




